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    torimocchi1

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    ししさめバレンタイン

    Awesome day『バレンタインには好きな人にチョコを贈ろう。』
     BGM代わりにつけていたテレビから流れてくる決まり文句。そこでふと、今日がバレンタインデーだと思い出す。元々この日にあまりいい思い出などなく、幼少期はチョコすら満足に齧られない惨めな日であり。大人になってもお返し目的の女から適当に貰う程度の日。それこそテレビで言われているように恋人同士で贈り合うどころか、好きな人もいなかった自分には到底縁がない……そう思っていたのだが。うっかり巡り合ってしまった人を死に引きずり込む年上の外科医に、これまたうっかりと恋心を抱いてしまい、そしてそれに気がついたのが最近。とんとん拍子に下に落ちていっている気がする。それでも悪い気がしないのは、恋愛に脳をやられていると言ってもいいのだろう。
     バレンタインか。村雨はあの一見すると陰気な見た目に反してイベント事が好きなのだ。それこそ祭りやクリスマス等々を過ごしたが、表情は変わらなくともいつもよりも楽しそうにしていたのを覚えている。甘い物も好きな男だから、チョコレートの一つでも渡してやってもいいかもしれない。
     だが、いざ作るとなると何にするかという問題がある。腕の立つ外科医で外のツラを良くしているせいか何かしらの好意を向けられるあの男は、割とお高めの物を貰う時がある。チョコレートも恐らくはマルコリーニ、デルレイ、ブルガリといった所が最低ラインか。その中で手作りを渡すのだ、生半可にするわけにいかない。
     さてどうするか。悩んでいるとテレビでチョコレート特集が組まれていた。そこから探すのも良いかと見る。その中で一つ、目に止まった。――オペラ。
     このケーキには少し苦い記憶がある。まだ自分が見窄らしい子供だった時に通りがかったショーケースで眺めていた。親に言っても仕方ないと知っていたので見てるだけで満足して帰宅した。家では珍しく母親がリビングにおり、そこで食べていたのがくだんのオペラだったのだ。それがあまりに羨ましくなって。思わず駆け寄って一口欲しいとねだった。当然、母がくれるはずもなく叩かれて追い出された。
     目頭を押さえる。本当に忌まわしい思い出だ。だからケーキを食べる機会があってもこれだけは選ばなかった。しかし、子供の自分が一番綺麗で美味しそうだと思ったのもそのケーキなのだ。……もし、これを村雨に贈ることができたなら。そこで美味しいと言ってもらえたなら。こんな嫌な記憶もいっとう素晴らしいものになるのではないか。
     そう考えて動画をいくつか漁って試しに練習してみるが、チョコケーキの中でも難易度が高いと言われるだけあってちゃんとしたのを作るのは難しかった。しかし、村雨に食わせるのだからやり遂げたがった。
     そんなこんなでバレンタイン前日。俺にとっては本番だ。
     まずバター3かけとアーモンドパウダー、薄力粉にグラニュー糖をふるいで濾す。それと混ぜ合わせた全卵をボウルに入れてハンドミキサーで軽く混ぜる。粉っぽさが少なくなったところで泡立てる。
     次に作るべく卵白とグラニュー糖を今度は別のボウルに入れて混ぜる。ツノが立つ位にしっとりと重くなったところで1/3程を、全卵ボウルに入れてさっくりヘラで混ぜ合わて白が分からなくなったところで残りを入れる。再度白が見えなくなれば、今度は溶かしたバターを入れてまた混ぜる。終わったところで二つ用意した鉄板にそれぞれ流し込んで平に伸ばす。予熱で温めておいたオーブンにそれを入れて焼く。これで生地は完了。
     生地を焼き上げる間にチョコグレーズに取り掛かる。牛乳や生クリーム、水、水飴、三温糖を鍋に入れて加熱。沸騰したら火を止めてチョコレートを入れて溶かし、目の細かいザルで濾す。常温で冷ましたら冷蔵庫へ入れる。
     オーブンが鳴った。どうやら焼けたみたいだ。蓋を開けるとふわりとバターと糖のいい匂いがする。村雨がいたらご機嫌に鼻を鳴らしただろう。
     嗅覚が優れている村雨は肉や魚、スポンジだとかを煮込んだり焼いているとキッチンに近づいてスンッと鼻を鳴らす。そうして嬉しそうにきゅ、と目を細めるのだ。本人に言った事はないが、この表情が俺は特に好きだ。だから鍋やフライパンなど大丈夫なやつは、確認を装って少し蓋を開けて匂いが出るようにする。すると楽しみだとでも言うように上機嫌な雰囲気を纏うから、「大人しく待ってろよ」と追い出すようなフリをする。フリだと分かってる村雨はキッチンに居座るのだ。
     思考が脱線した。首を振って元に戻すと、生地を冷ましてこれも冷蔵庫にしまう。次はバタークリームを作らなければ。
     水と水飴、バニラペーストとコーヒー粉を入れて加熱。沸騰させたら卵黄を撹拌しながら加える。泡立たせたらバターを入れて再度混ぜ合わせる。滑らかになればバタークリームの完成だ。
     次にシロップ作り。水と砂糖とコーヒー粉を沸騰させた後に火を止めてラム酒を加える。周囲に漂っていた甘味の強い香りが苦味とアルコールに変わった。
     ここで思う。ここに村雨がいなくて良かったと。村雨は他の面子と違って基本的に行儀は良い方だがいかんせん食い意地が張っている。キッチンを覗いて料理がいい感じになっていると、直接手こそ出さないが「私はこれを味見してやっても良いぞ」と視線をよこしてくる。一応は突っぱねるが、尚もあのピジョンブラッドに見つめられると根負けして匙を差し出すハメになる。悔しいが、本当に俺はいろんな意味でアイツに勝てない。
     ……、また思考が逸れた。そういえばオペラ作りを始めてからずっと村雨の事を考えている。まあ村雨のために作るのだから当たり前といえば当たり前なのだが。なんとなく悔しい。アイツももっと俺のこと考えてくれてたら、いいのに。
     頭を振る。どうせ明日出す時も湿っぽくなるのだから作り終えるまでは。
     最後にガナッシュ。牛乳と生クリームを鍋に入れて沸騰させチョコレート、バターを順に混ぜる。滑らかになればこれで完成。あとは組み立てるだけ。
     生地を大小の正方形一枚ずつのセット、長方形の二枚セットになるようそれぞれカット。一段目にシロップを染み込ませるように塗り、バタークリームをヘラでならす。次にガナッシュを伸ばして生地を重ねる。それを二度繰り返し、最後の段にはガナッシュ以外を塗って一度冷蔵庫へ。クリームを固まった頃に取り出してチョコグレーズを表面に塗り伸ばし、四方の端を切り落とす。これでガトー・オペラの出来上がり。
     ツヤリと照り返すチョコレートは高級店とまではいかないが、人に出しても恥ずかしくはない。切り落としを齧る。味も悪くない、はず。村雨用に作ったので自分には少し甘すぎるが、村雨ならこれ位の方がいいだろう。
     これを渡した時、村雨はなんて言うだろうか。単に美味いか、はたまた合わなくて不味いと言うのか。
     ちなみに、以前失敗した料理を出して不味いと言われた時がある。(完食はしてくれた)美味しいものには当然賞賛をくれるが、ダメなものはダメとはっきり言うのが村雨の長所だ。無理に食べられて裏で何かを思われるよりよっぽど好感が持てる。そういった部分も含めて村雨に食事を出すのは嫌いじゃない。
     だが今回はちょっとした事情と加えて秘めた想いがある。村雨には言っていないのでそんなの知る由もないので仕方ないが、出来れば良い反応が欲しい。そうなるとやはり緊張する。味見をした様子ではそれなりの出来だと思っているが。
     服の裾を握る。どうか、上手くいきますように。

     あっという間に時は過ぎてバレンタイン当日。前日に送ったメッセージでは午前中は用事があるが、午後からは空いているらしい。ソワソワしながら時計を見ると時間になったため、急いで待ち合わせ場所に村雨を迎えに行く。指定場所に着いた時には村雨はすでに立っていた。近くに停めるとすぐに気がついたらしい助手席に乗り込んできた。見ると紙袋を持っている。
    「村雨」
    「早かったな」
    「お前の方が先だったけどな」
    「思いの外すぐ終わった」
    「それは何より。にしても荷物それだけか」
    「ああ、これを受け取るために来たようなものだ」
    「なんだよそれ。もしかしてチョコか」
    「あなたはこれがチョコレートに見えるのか」
     見せつけるように掲げられたそれは、真白でなんのロゴも入っていない。チョコを誰かにあげるわけでないのは安心だが、自分も貰えないとなるとそれはそれで複雑だ。まあ村雨らしいと言えばらしいか。
     帰宅すると紙袋はなるべく気温の低い場所に置きたいと言うので、少しどうかとも思ったが、コートラックの端にあるフックに引っ掛けた。玄関以外は寒がりの村雨に合わせてどこも気温を高めにしているのだ。仕方ない。
     手を洗い終えた村雨がソファーでちょこんと座っていた。ダイニングチェアを指してやると俺をじっと見て、そちらに移った。多分なんか出すのはもうバレてんだろうなと思いつつキッチンへ向かった。
     冷やしていたオペラを皿に乗せて周囲にリーフを模ったソースアートを描く。一応練習したにせよ、我ながら綺麗に出来たと自賛する。そして……少し迷ったが最後にハート型のホワイトチョコを乗せる。あえてこういった物を乗っければ最悪冗談として誤魔化せるか……。いや、全てを見透かすあの目にかかれば、一切の欺瞞など暴かれてしまうのだろう。俺の隠せていない秘密を、村雨はどう扱うのだろうか。これを出すことによって変化するかも知れない関係性が、土壇場になっても怖かった。
     
     一度リビングに戻れば村雨は行儀良く卓についたままだった。配膳の前にカーテンを閉めて、テーブルに置いたキャンドルに火を灯す。村雨はこちらを見たが何も言わない。さあ、満を持しての登場だ。
    「どうぞ、お医者先生。ド素人の作ったガトー・オペラ。恐縮ではありますが、どうぞご堪能あれ」
     オペラを村雨の前に置く。キャンドルの雰囲気も相まってそれなりのレストラン位にはなったのではないか。
     村雨は手を合わせて「頂きます」と言うと、丁寧な所作で食べ始めた。手汗がじんわりと滲んできた気がする。なるべく緊張を押し殺そうとするが、どうしても難しい。いっそ優雅にも見えるような動作でフォークを置いた村雨の様子をちらと伺うと……逡巡している。
     何か不手際があっただろうかと考えるが、違う。これは動揺、が含まれているように見える。
     ーーもしかして被ったのか。そんな些事を気にするタイプではないと思っていたが。
    「お前あんまりケーキ好きじゃなかったっけ」
    「いや、大抵の甘味は好きだ」
    「…うまく出来てなかったか」
    「それも違う、これはとても美味い。あなたの料理の上手さと努力が感じられる」
     首を傾げた。この言葉に嘘はない。流石にそれは分かるが、しかし村雨はまだ難しい顔をしている。何がどうしてコイツはこんな渋くなっているんだ。
    「すまない、今日は帰る」
     言うや否や立ち上がって玄関へ向かおうとする。その後ろ姿を慌てて追いかけ、腕を引っ掴むことで止めた。
    「離せ」
    「いやいやいやいや、ちょっと待て。オメーじゃねえんだからちゃんと理由を言っていけ」
     振り向いた顔はいかにも不機嫌と言いたげだが、これはあくまで引き留められてるのが原因だろう。どうにか振り解こうとするので一層力を入れる。片手だろうと筋力差が違いすぎるせいか結局無駄に疲労しただけで終わったようだ。肩で息をしている姿はなんというか、無様可愛い。顔を上げてキッと睨まれる。いつもより迫力がないからそれも可愛く見えてしまって、それを察知したのだろう頭を引っ叩かれた。
    「痛え」
    「さ、さっさと、はなせっ……」
    「だからよ、こっちもまずワケを話せって言ってんだろうが」
     村雨が視線を落とす。心情をスパッと素直に表すコイツらしくない。以前の俺なら手料理かバレた恋心が悪かったとしか察知できなかっただろう。しかしそれより『マシなマヌケ』になってしまった俺はもう少し感じ取れてしまう。コイツがケーキを食べて動揺したのには間違いはないのだろうが、それは負の感情が起因ではないのが分かっている。だからこそ尚更謎なのだ。
    「村雨」
    「……」
     つりあいが。
     小さく呟かれた言葉。つりあい、ってなんだ。
    「つりあい」
    「私は、今日あなたに告白をするつもりで来た」
    「は?」
    「あなたが私に恋愛感情を抱いている事に気がついているのはあなたも知っての通りだ」
    「……もしかして、結構前から知ってた感じか?」
    「当然だ」
    「ちなみに……」
    「はっきりと自覚したのはタッグマッチの後で、漠然としたものは数度遊びに行ってから」
    「うわ……」
     そんなに最初からバレてたのに、あんなに変わらなかったのか。それ普通に怖くないか。
    「どうせあなたは何かしらチョコレートを用意しても告白はしない。それで折角だからイベントにかこつけて私からあなたに告白をしてやろうと思った」
     急に色々と爆弾を投下するな、俺が焼け野原になるだろ。こっちはお前ほど優秀な頭してないんだから情報量が多すぎると処理しきれないんだよ。
    「マヌケ面」
    「マヌケ面で済んでることに感謝しろテメー。錯乱した俺が殴り掛かったらどうすんだ」
    「どうにかする」
    「まあそうだろうな……。んで、何がどうなってお前は敵前逃亡しようとしたんだ」
    「敵ではない」
    「あ、はい。いやそこじゃなくて」
     村雨は一度口ごもるが、ため息をつき。
    「あのラックに掛かっている紙袋はチョコレートだ」
    「あ?テメー、チョコなんて持ってないって」
    「私がアレはチョコレートではないと言ったか」
    「言っ……てねえ。てかあれくれんの」
    「……あれはあなたに差し上げる。元よりそのつもりだ」
    「じゃあ、ありがたく」
     何事か言いたげな村雨をとりあえず置いておき、紙袋を取りに行く。腕を離したのはあそこから逃げられても追いつける自信があったからだ。
     紙袋を手に戻ってみるとあれだけ抵抗した割に大人しく待っていた。随分な顰め面で。
    「開けていいか」
    「……好きにしろ」
     自棄っぱちの了承が返ってきたのでありがたく取り出す。箱は少し高級そうだがロゴは入っていない。開けてみるとチョコレートが四つ鎮座している。恐らくはプラリネ、トリュフ、ロシェ、ガナッシュだろうか。高級な形をしたその内の一つを口に含む。ビター寄りの味は見た目通りに高級な口当たりだ。
    「美味い」
    「そうか」
    「お前の手作りだったり」
    「まさか。私はあなた程に料理が作れない。それは贔屓にしているショコラティエに作らせたものだ」
    「へえ、お前が贔屓にしてるんだから相当なんだろうな。どこのやつ?」
     村雨が口にした店名を聞いて吐き出しそうになる。お前それ一般に開いてない店だろ、そこ贔屓にしてんのかよ。
    「俺の素人ケーキよりよっぽど良いもんだろ。ありがとよ」
     村雨はムッとした表情をする。いや誰だってそうなるだろ、なんで『あなたおかしいんじゃないか』みたいな顔してんだよ、おかしいのはテメーなんだわ。
    「あなたの作ったガトー・オペラは金では買えない」
    「そらそうだけど」
    「あれには私への想いと他にも何か思い入れがあったのだろう」
    「……さすが先生だ、その通りだよ」
    「これはそれに見合っていない」
     村雨は落ち込んでいるようだった。俺の作ったチョコケーキがこのいくらとも知れないチョコレートと釣り合わないと本気で考えているのだ。じわじわと顔が赤くなるのが分かる。コイツは本当に俺が好きなのだ。
     そう思うとたまらなくなって、チョコを大事に置いて村雨を抱き寄せた。
    「村雨。俺、お前が好きだ」
    「そうか」
    「だけど知ってて黙ってたのちょっとどうかと思う」
    「ヘタに言うとあなたは逃げるからな。臆病者を相手にする私は大変だ」
    「悪かったよ。……なあ、お前このまま帰ってどうすんだよ」
    「あなたに釣り合う何かを探して出直す予定だ」
    「そこまで言うんなら、今すぐアレに釣り合う方法を教えてやる」
    「……」
     頬に軽くバードキスを落とす。
    「先生が恋人としてメインに付くなら、俺のケーキ風情じゃあよっぽど見合わなくなっちまうモンに大変身だ」
    「……口じゃなくていいのか」
    「あいにくと俺は大変な臆病でね。返事がもらえなきゃ恐ろしくてキスすらできない」
     村雨は猫のように口角を上げると、俺の首に腕を回してくる。
    「それでは仕方ない。よく聞くように」
     ――あなたを愛している。あなたの告白を受けよう、どうか私の恋人に。
     先程よりもグッと引き寄せて、口を合わせた。村雨の唇はチョコレートよりもよっぽど甘く、しっとりとしていた。
    「バレンタインの贈り物をありがとよ。今日ほど最高の日は無いぜ」
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