妄想にとらわれる 時々、全ては私の妄想なのではないか、そう思うのです。
現実の私は既に死んでいて、ライモンシティという場所も、私を兄と慕ってくれる弟も、ノボリを名乗る人間すら、全て偽りなのではないか、と。
しかし今私が生きるこの世界に、偽りの証拠はおろか、違和感すら存在し得ないのです。まるでこの世界は本物だ、と私に見せつけるように。
──兄さん。
後ろから声がかかります。
もしこれが本当に全て私の妄想なら、この声の主は書類の確認をしに来たクダリでしょうか。
──なんですか?
──シングルトレインに挑戦者が来たみたいだよ。
予想とは異なる回答。やはりこの世界は現実なのか、それとも、分かっていて無意識のうちに正解を避けてしまったのか。
──分かりました。準備いたします。
微笑み、そして返事をしました。そして特に目も合わせずに身支度へ移ろうとすると、再び、兄さん、と声がかかります。
──楽しいバトルが、出来るといいね。
そうですね、そう返すことすら信用しきれないこの世界では億劫で、また微笑み返しました。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
一定の揺れに、心地良いと感じる人もいるそうです。私は敷かれたレールの上にある幸も不幸もただただ気持ちが悪くて、せめて酔わないように目を閉じました。
揺れに合わせてか、意識を持ってか、腰にかけたボールがカタカタと音を立てます。まるで、楽しみで仕方がないとでも言うような、リズミカルで硬い音を。
思えば、ポケモンという存在も随分と都合の良い様に感じます。特別な力を持っていて、伸縮自在で持ち歩きに便利、更には人間に従順そんなオトモダチ。なんて都合の良い。
──目を覚ましたら、貴方達も居なくなっているのでしょうか。
現実を現実として捉えられない私を窘めているのでしょうか。そんな弱音のような呟きは、電車の振動音にかき消されました。
──“挑戦者が敗戦しました。次の駅はギアステーション、ギアステーションです。”
既視感、一言で言えばそれでしょうか。私の曖昧な世界は、いつもここで途切れるのです。何度挑戦者が現れようと、決して私の元へはやって来ない。
私がこの先にやってくるであろう感情を予想出来ていないから?
·····なんて、あまりにくだらない。