「邪魔するぞ」
ゾロはおざなりに声を掛けながら船長室の扉を開ける。足を踏み出したゾロを待ち構えていたかのように、死角から伸びてきた手によって液体を吹き付けられた。
「うおっ」
首筋に広がる冷たい感触に思わずゾロは身を竦め、手の持ち主であるローを睨みつける。
「何しやがる」
殺気立ったゾロの剣幕も柳に風と受け流し、ローはにたりと嫌な笑みを浮かべている。ゾロは思わず眉間に皺を寄せたが、ふとその鼻先に涼やかな香りが届いた。気が削がれたゾロはぱちりと瞬きをして鼻を動かす。
「なんだこれ?」
「お前の香水だそうだ」
「香水?おれは香水なんか付けねェぞ」
「ンなこた分かってる。お前をイメージした香水、だそうだ」
「なんで勝手におれをイメージすんだよ」
「さあな。欲しい奴がいるんだろ」
「……へェ」
よく分からないが、まあ好きにすれば良い。ゾロは興味なく適当に頷いた。そのまま部屋に通されたので、勝手知ったる様子で奥にあるベッドに腰掛ける。ギシ、と音を立ててローは隣に座るとゾロの首筋に顔を埋めてきた。すんすんと匂いを嗅がれこそばゆい。
「おい、くすぐってェ」
「まあ待て。いい香りだろ?」
「悪かねえが……」
「香水は時間が経つと香りが変わる。最初とは違うのが分かるか?」
「……さっきより、甘いな」
くん、と意識して鼻で息をすると確かに先程とは違う甘い香りがする。甘すぎない穏やかな香りは不快ではなかった。
「あァ。鋭く爽やかなさっぱりした香りかと思えば、深いところに色気ある甘さが隠れてやがる。なかなかどうして良く出来てる」
「気に入ったならお前が付ければ良いだろ」
「おれが付けても意味ねェだろ。お前に似合う」
「おれだって付けねェよ」
「知ってる。まあ今だけで良い」
この香りを気に入ったらしいローは、飽きずにゾロの首筋に顔を埋めたまま耳朶に軽い口付けを繰り返す。
「お前が知ってるとは思わねェが。香水ってのはソイツの体臭と合わさってソイツだけの香りになるんだ」
「ふーん」
ローの語る蘊蓄に興味が持てないゾロは、このまま寝ちまおうかなと思いながら少し身体の力を抜いた。すると先程まで幼子のようにゾロの肩口に懐いていた男は、ここぞとばかりに体重を掛けてゾロを自らのベッドに押し倒し、身体ごと乗り上げる。両手を押さえ込まれたゾロが唖然としてローを見ると、にんまりと目を細め、猫のように笑いながらゾロを見下ろしている。
「なあ。体温が上がると、より香りが強くなるんだ。おれだけが知るお前の匂いを、おれのベッドに残してくれよ」
そう言って、甘く薫るゾロの首筋に獣のように噛み付いた。
了