無様に悲鳴を上げた侍女を細い腕が薙ぎ払う。
たおやかな白い手からは想像もつかない力が人一人を扉へと叩き付けた。
へたり込んだまま投げ飛ばされた同僚に視線を向け再び戻せば、主人の夜着が眼前に迫っていた。頭上から普段と変わりない主人の楽しげな声が降り注ぐ。
ねぇ、貴方はこの秘密を墓まで持っていけるかしら?
赤子ほどの大きさもある卵を抱えて皇妃は微笑んだ。
帝国には竜騎士がいる。世界最強のドラゴンを倒せるのはドラゴンしかいないんだ。そのためにはドラゴンを探し出して、契約し竜騎士になるしかない。そうしなければ国はすべて帝国に滅ぼされてしまう。
契約なんて馬鹿なまねだ。驚異的な回復、力の増大、契約モンスターの力、それは確かに得難いものだが、契約には必ず代償が伴う。過去の契約者たちの末路は悲惨だ。帝国の竜騎士の噂を知っているのだろう。慈愛の姫、第3皇女ユーフェミアが今では冷酷な殺戮者だ。お前は何を失う?
僕は何を失っても構わない。僕を拾ってくれた国とユフィを助けられるなら。
助けるなんて不可能だ。契約は死ぬまで続く。互いの命を交換しているんだ。契約の呪いから解放するには殺すしかない。ドラゴンを倒して第3皇女だけを救うなんてできないんだ。
そうだよ。でも彼女は殺戮なんか望んでいない。彼女を救う道がそれしかないのなら、僕はその道を進むだけだ。
お前はそれでいいのか。お前は彼女を選ぶのか。お前は俺の。
誇り高い天狼の俺が人間ごときの言うことなんか聞くわけないだろ。
僕も人間なんだけど。
お前はいいんだよ。俺の友だちだからな。人間だけど特別だ。狭い箱の中からやっと出られたとき、お前がいたんだ。キラキラした紫の目がすっげー綺麗だったんだ。後で知った宝石なんか比べられないくらい綺麗だ。お前は俺の友だちで宝物だからいいんだ。そうだ、大きくなったら契約しようぜ。今はまだ力が足りないけどな。契約すればずっと一緒にいれるし、力はいっぱい手に入るし。俺がずっと守ってやるよ。
スザク、契約だ。
ダメだよ。
このままじゃ死ぬぞ。
でも君が何かを失うよりはいい。言ったじゃないか、契約者の末路は悲惨だって。
そんなもの、お前を失うよりいい。死ぬな、スザク。
君を守ると約束した。
死ぬなスザク、もう、俺をおいていかないでくれ。