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    晶からの届かない手紙

    想いを伝える―――――――――

    手紙を書くなんて久しぶりだから緊張します。
    お元気ですか?風邪は引いてないですか?
    お父さんはちゃんと薬を飲んでますか?寝る前に飲む薬をよく忘れているからすごく心配。ちゃんと飲まないとだめだからね。
    俺はというと、元気です。突然いなくなったことで、心配かけてると思う。本当にごめんなさい。伝わって欲しくて、届くといいなって、こうして手紙を書いています。

    ……なんか変な感じだな。こっちに来てから半年は経ったと思う。そっちの世界ではどのぐらい経っているんだろう?
    数日なのか、数年なのか。もし戻れたとしたら俺だけおじいちゃんになってたりして。現代の浦島太郎だなあ。同窓会に呼ばれても、俺だけ髪が真っ白だったり、その反対だったりしたら悲しいな。
    冷蔵庫に入れっぱだった牛乳とか大丈夫かな?学生の時、きゅうりを液体にしちゃったことがあって大変だったんだけど、冷蔵庫の中がどうなっているのか考えただけでも恐ろしいよ。
    仕事は無断欠勤になってるだろうし、家賃は滞納されてるだろうし、借りっぱなしだったレンタルCDの延滞料金……他にも恐ろしいことがいっぱいあった。普段は考えないようにしてるんだけどな。
    ごめん、話が逸れたね。
    俺は、この世界……名前はよくわかんないんだけど、魔法使いがいて、魔法が存在するこの世界で、なんとか元気にやっています。
    みんなよくしてくれてる。本当に。住む場所も、食べるものもちゃんともらってます。大丈夫。正直言うと、一人暮らしの時よりむしろいいぐらい。ご飯めちゃくちゃ美味しい。
    俺は何故か……賢者と呼ばれていて(本当に柄じゃないよね?)、その賢者の魔法使いと呼ばれる21人の魔法使い達と今は一緒に暮らしてる。年に一回襲ってくる月を撃退するために俺はここに呼ばれたみたい。
    本当に急だったし、突然そんなこと言われてもって思ったけど……。俺にできることが少しでもあるなら、魔法使い達の力になりたいって思ったんだ。
    本当は今でもちゃんと力になれているかはわからない。どうなんだろう……。なれてるといいな……。うーん、不安になってくるな。
    21人もとなると、一クラス並で毎日色んな騒動が耐えないよ。気付くともう夜になってる、みたいなかんじ。一日があっという間に過ぎていきます。
    でも、楽しいよ。これは本当。
    常識にとらわれて見てきた景色を、色んな方向からライトアップされてるみたい。
    学んだこともたくさんあるんだ。自分が情けなくなったこともたくさんある。できないことにもたくさん気付けた。
    できることも、少しは増えたといいな、と思う。
    本当は、お父さんにもお母さんにも会いたいです。オーロラは見たことある?ないでしょう。夕焼けが沈む瞬間の荒野の赤さが眩し過ぎて目を閉じたこととか、満点の星空をそっくり映した湖とか、まるで自分が宇宙の中をさまよってるみたいな気分になるんだよ。見せてあげたいなあ。
    お母さん、北海道にも行ったことないって言ってたもんね。
    ここには魔法使いがいるから、魔法を使って一瞬で移動できたりするんだ。だからちょっと距離感がわからなくなる時もあるんだけど、世界は多分思ってるより広くない。
    行こうと思えばどこにでも行けるんだって思った。
    帰ったらまずは北海道に行こうね。冬の海、本当に……覚悟しないとだめだよ。
    そうそう、みんな魔法使いだからほうきで空を飛ぶんだよ。俺も乗せてもらったけど、高所恐怖症の俺はいまだに悲鳴を堪えてるんだ。内緒だけど。
    空を飛ぶ体験って初めてしたけど、自分の影が畑や屋根に落ちてずっと着いてくるのが不思議な感じがした。鳥ってあんな気分なのかな?と思った。飛行機みたいに早くはないから、目も開けていられるし、当たる風も気持ちいいぐらい。魔法使いってすごいよね。
    みんないろんな魔法を使えるから、人生勝ち組なんじゃ?と思ったけど、そんな簡単にはいかないんだね。誰もが魔法を使えるわけではないから、ねたみもそねみも、自分達には理解できないというのが恐怖にもなるし、長生きした年月(数千歳の魔法使いもいるんだよ!)も、お互いの相互不理解としてすれ違ってくるのかもしれないと思った。
    本当に、俺にできることってなんなんだろう。毎日考えてる。
    でもいい人達なんだ。彼らの友達になるってことが、俺がここでできる第一歩だと思ったんだ。

    こんなに手紙書いたの初めてかもしれないな。修学旅行先で書いた絵葉書と、小学生の時の母の日ぐらいな気がするもんな。
    ああでも、まだ話し足りないことだらけだよ。どうしたらいいのか、何が彼らやこの世界や、いろんな人達にとって最善なのか、迷うことばかりで、相談に乗って欲しいことがいっぱいある。
    答えはまだわからない。
    でも、俺はお父さんとお母さんの子だから。
    信じたものを信じ抜きたいって思う。よく諦めが悪いと言われりもしたけど、今はそんな性格で良かったのかも……?とか、思ったりもする。なんてね。
    しばらくは会えないけれど、応援していてください。きっと、そっちに帰るから。
    あっパンケーキが焼けたって呼ばれた。三食におやつもついてるんだよ、豪勢でしょう(笑)
    そういえば、お母さん、あれから眼科行った?めんどうがらずにちゃんと行って診てもらった方がいいよ。
    どうか、健康でいて。長生きして。心配しないで……と言っても無理だろうけど、どうか。
    あっむぎにも俺のかわりにちゅーるいっぱいあげてね!!

    ではでは、帰る日まで。



    ―――――――――


    インクを付けたペンにもようやく慣れたように思う。初めの頃はインクをべちょべちょに付けすぎて墨だまりにしてしまったものだ。
    便箋としてもらった羊皮紙の丸まった端を伸ばすように指の腹で何度か伸ばしていると、ふいに、かすかなノックが聞こえた。
    「賢者様? 手が離せないならもう少し後にしましょうか?」
    「あっごめんなさい!」
    横に置いてあった化粧箱の蓋を取ると、出せなかったいくつもの手紙の一番上に、そっと乗せて蓋をしめた。カサリと鳴る箱を引き出しの一番奥へとしまいこむ。いろんな書類や宝物の、一番下に。
    「今行きます!」
    きっと届いていると信じている。
    俺は少しだけ目を閉じると、引き出しをしめ明るい笑い声のする廊下へ向かって足を一歩踏み出した。
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