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    ichijikyugyo

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    ichijikyugyo

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    ミスターアンドミセススミ…パロのカオ♀です めっちゃ厨二

    #カイオエ♀

    ノウノウ

    知らなければ良かったと、思うことがある。
    手汗ですべりかけた拳銃を、しっかりと握り直す。同じように銃を突きつけてくる、目の前の女を睨みつけた。世界で一番、愛していたのに。願うように呟く。
    「……おまえに俺は、殺せない」
    躊躇なく、彼女は引き金を引いた。弾は俺の髪を掠め、後ろの壁に穴を開けた。言葉より雄弁な否定に、唇を噛み締める。
    「もう一回言ってみれば?」
    冷たく微笑んだ妻は、銃を握り、俺の脳に照準を合わせた。

    ***

    冒頭より、15時間前。
    「ハニー、起きろって」
    カインはいつものように、なかなか起きようとしないオーエンを揺さぶっていた。
    「ハニー!」
    「ぅあ……」
    「よだれ垂れてるぞ!起きろ!」
    「たれてな……ねむ」
    「おい!今日は出社の日だろ!?朝ご飯、用意しとくからな……」
    そう言い残して、カインはキッチンに向かった。しばらくして目を擦りながら起きてきたオーエンが、ようやくテーブルにつく。バナナと、牛乳をぶっかけたシリアルのボウルを置いてやった。オーエンは嫌そうに首を振った。
    「しかし……暑くなってきたよなあ」
    向かいに腰掛け、頬杖をついて、カインはお伺いを立てた。
    「プールの水、入れてもいいか?」
    「駄目」
    にべもない。
    「……宝の持ち腐れだろ……」
    去年も数回しか水をはらせてくれなかった、とカインが口を尖らすと、オーエンは肩をすくめた。シリアルを、渋々口に運んでいる。
    「……今度ね。今週はダメ」
    「面倒くさがってるのか?掃除するのは俺なのに」
    オーエンは、カインの言葉を無視して、ほっそりした腕を伸ばした。
    「そこの砂糖取って」
    「ダメだ」
    「シリアルにかける」
    「ダメだ」
    カインは首を振って、砂糖の入った容器の口を手で押さえた。
    「オーエン。砂糖を直接かけるのは、どう考えてもやめた方がいい。かける量が……」
    「おまえだって、目玉焼きに塩かけるだろ」
    「塩は別にいいだろ!俺は適量だし」
    「僕も適量だよ。よこせ」
    「オーエン」
    「カイン。朝から、僕を怒らせたいんだ?」
    「いや、俺はおまえの健康を……痛ッ!?」
    テーブルの下でカインの思い切り足を踏みつけたオーエンは、涼しい顔で、長い手を伸ばして砂糖の容器を奪い取った。
    「なにするんだよ!?」
    「隙を見せた方が悪い」
    「隙?おまえが足を踏んだんだ」
    「ふん、この世はやるかやられるかだよ」
    「おまえなあ、暗殺者しか言わないセリフだぞそれ……」
    ぴくりと、オーエンの眉が動いた。砂糖の容器の蓋を開け、スプーンで、一杯二杯三杯と勢いよく入れていく。途中から何杯か数えるのをやめた。ものすごい勢いで砂糖の塊を食べるオーエンを遠い目で眺め、カインはコーヒーを啜る。しばらくしてから、立ち上がって、ハウスクリーニングの制服に袖を通した。
    「……よし、時間だ」
    カインは財布をスラックスのポケットに突っ込み、振り返った。
    「おまえもそろそろ、出なくていいのか?出版社で、会議あるんだろ?」
    オーエンは翻訳の仕事をしているのだ。普段は家で作業しているが、今日は出社と聞いていた。甘いシリアルを食べ終わったオーエンは、カインに続けて腰を上げた。二人で廊下に出る。
    「……まだ、時間あるから。洗濯物干す」
    「そうか、ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
    カインは元気よく言った。洗面所のドアに身体をもたれかけさせ、オーエンはそっけなく呟く。
    「そう」
    「あ、今日なんだが、依頼を受けているのが郊外の家なんだ。なんでもしばらく空き家だったとかで、大掃除になりそうだ。ちょっと遅くなると思う」
    「そう」
    オーエンは頷いて、洗濯機のある洗面所に入ろうとした。その白い背中を、呼び止める。
    「オーエン」
    オーエンは足を止めて、振り向いた。本気で面倒くさそうに、顔をしかめている。
    「なに?」
    「……いつものやつは?」
    「……はあ、」
    「してくれないのか?」
    頬をとんとんと、指で指し示す。渋々といった様子で、オーエンは歩いてきた。仏頂面こまま、カインの頬に、口付ける。
    「……オーエン、愛してるよ」
    いつものように言うのに、オーエンは、目を逸らした。最近はずっとこうだった。
    「……行ってらっしゃい」
    「ああ、行ってくる!」
    元気よく笑って靴を履き、ドアを閉めて、そうしてカインは、少しだけ項垂れた。
    結婚して、三年。たぶん、妻に飽きられている。もう、行ってらっしゃいのキスは頼まないとしてくれないし、つまらないことで喧嘩は増えたし、夜の営みは一ヶ月無い。自分とて、オーエンのことは好きだが、なんだか以前ほど魅力的に感じられない。出会った頃感じていた、ミステリアスで孤高な雰囲気が失われてしまったからだろうか。ガレージのシャッターを開けて、車に乗り込む。
    「まあ、でも……」
    生活とは得てしてそういうものだし、これは人間が二人で過ごすなら誰しもがぶつかる、ごく普通の問題なのだろう。不満な部分はあるが、総合的に言えば、幸せなはずだ。好きな人と結婚して、家も建てて、互いに仕事に精を出して、生活している。ただ、なにか、この退屈を吹き飛ばすような、そんな刺激的なことがあると良いのだが。
    「……なんて、贅沢な悩みか」
    カインは苦笑して、愛車のエンジンをかけた。

    ***

    『通話状態は?』
    『クリアだ』
    耳元に手をやるのは、素人だけである。カインはスーツのポケットに手を突っ込んだまま、リラックスしたふりをしてインカムに答えた。
    『警備は突破したんだな』
    少し低い、少年の声が聞こえる。同僚のシノだった。今回は会場の前に停めたケバブのキッチンカーの中で、バックアップを担当している。
    「ああ。ちょっと抵抗されて、殴りあいになっちまったがな」
    『バレてないか?』
    「多分な」
    『USBは?』
    カインはこれまた自然な動作で、胸ポケットの中のUSBの感触を確かめた。
    「手に入れた。このまま会場を出るよ」
    『しっかりやれよ、カイン。USBを持ち帰って、『アンノウン』の素性を突き止めたら、大手柄だからな』
    「分かってる」
    そう言った時、顔に傷のあるイケメンと、スーツの肩が触れ合った。男はそのまま、振り返らず堂々と歩いていく。カインは感心して、息を吐いた。
    「格好良いな。ここは、華やかな人たちばかりだ……」
    『ふん。好みのタイプはいたか?』
    「馬鹿。オーエンに殺されちまう」
    『オーエン……ああ、おまえのパートナーか』
    「そうだ。来月で結婚してちょうど三年だ。病院で初めて出会ってから、丸四年」
    『前に写真を見た。確かに美人だが、気が強そうだった。それに、ヒースの方が綺麗だ』
    「見解の相違だ。俺にとっては世界一……」
    カインは言葉を止めた。会場の真ん中あたりに、背中が大きく空いた、黒いドレスを着た女が立っていた。カインは、目を細めた。真っ白な背中に、目が吸い寄せられたのだ。
    『どうした?本当に好みなタイプでもいたのか』
    「いや……」
    首を振る。確かに、目は引き寄せられた。だが浮気ではない。それは多分、愛する妻に似ているからである。というか、
    「そっくりだな……」
    細身のシルエット、身長も体重も同じくらいだろう。肉付きが悪いわりに尻だけは丸く、手足はすらりと長いのだ。髪は暗い銀色で、首はほっそりしている。これがドッペルゲンガーかとカインは感心した。後ろ姿だけだが、本当に似ている。
    女が横を向く。横顔がきれいだ。好みの顔つきをしている。
    「……え?」
    ぎょっとして、カインは目を見開いた。見間違えるはずがない。ドレスを着た美人は、自分のパートナーだ。
    『おい、どうした』
    カインはインカムをミュートにして、呼びかけた。
    「オーエン!?」
    オーエンは振り向き、カインを見て、目を丸くした。
    「えっ」
    「おまえ、なにやってるんだ!?」
    「は?カインこそ、なんで……」
    「……こっち、来てくれ」
    「え?」
    「早く!」
    死角になる壁際に引っ張ると、カインはオーエンの両肩を掴んだ。彼女の見たことのないピアスが揺れ、きらきらと、シャンデリアの光を受け輝く。剥き出しの両肩を掴んだ。
    「……どうしてここにいるんだ!」
    「痛っ……」
    オーエンは、整えられた眉をひそめた。ハッとして、肩から手を離す。少し跡がついてしまっていた。
    「悪い、強く掴みすぎた」
    「なにするの……」
    自分の身体を抱くようにして、オーエンが後ずさると、胸に谷間ができた。こんなに露出したドレスを着ているところを見るのは、結婚式以来ではなかろうか。カインは思わず、赤面して目を逸らす。
    「すまない。だが、なんでこんなとこにいるんだ?おまえ……出版社で翻訳してるんだよな?」
    目が合うと、オーエンは、面倒臭そうにため息をついた。
    「……通訳を頼まれたんだ」
    「通訳?」
    「うん」
    「聞いてない」
    「言ってない。僕も今日、社長に言われたんだ」
    「それで、ドレスを着るような、こんなパーティに呼ばれたのか?」
    「そう。おまえこそ、どうしてここにいるんだよ」
    「お、俺は……」
    カインは言葉に詰まった。彼女を問い詰めてばかりで、自分の設定を考えていなかった。
    「そ、掃除に」
    しばらく、沈黙があった。オーエンの刺すような視線に耐えきれず、カインは目を逸らした。
    「それより、ここはおまえが来ていいような場所じゃない。早く出ないと……」
    「出る?なんで?」
    「一見ただのパーティだが、裏世界の大物が集まってる。大きな商談が行われる予定で……その、掃除中に聞いたんだが」
    「そうなんだ」
    「ああ、なんでも、マフィアがこう……うじゃうじゃいるらしい」
    「うじゃうじゃ」
    「しかも、ただのマフィアじゃない。国際的犯罪組織だ。しかも、今日はその組織に属する凄腕の暗殺者が紛れ込んでいるらしい……奴に出くわしたら危ない」
    「へえ。すごく怖いね」
    「ダーリン、頼むよ」
    手を合わせ、カインは懇願した。焦っていた。
    「嘘じゃない、本当の話なんだ。おまえの身にもしものことがあったら、俺は耐えられない。お願いだ、先に家に帰ってくれ」
    オーエンは困ったように、斜め下を向いた。可憐な睫毛が、上下する。
    「……僕には仕事がある。終わるまで、帰れない」
    「ああ、おまえの仕事熱心なところは魅力的だよな……だが、今は困る。訳があって俺は家までは送ってやれない。いい子だから……」
    「おまえらしくないよ。噂なんて、本当に気にしてるの?」
    「オーエン……」
    「そんなに怖いなら、先に帰ったら?」
    「いや、俺はまだ……」
    「ねえ……僕、今夜のデザート、まだ買ってない。 ケーキ屋が閉まっちゃうから、お使いしてきて」
    「悪いが、その……やることが、あるんだ」
    「へえ。掃除って、そんなにかかるもの?」
    「あ、ああ。ダクトの中とかな……色々、奥深いんだ」
    「ふうん……掃除、」
    オーエンは、目を細めた。カインを頭のてっぺんから爪先まで、ゆっくりと見るので、ぎくりとする。彼女が、軽蔑する時の仕草だ。
    「おまえ、スーツ着てるけど」
    カインは戦慄した。
    「そっ……それは、」
    「ひどいな。僕に、嘘つくんだ」
    「いや、その……ほら、こういう席だからさ、営業も兼ねてる。そうだ!あれだ、金持ちの、別荘の掃除を提案しに……」
    「浮気?」
    「違う違う違う!」
    凍りつくような視線で、オーエンは舌打ちした。
    「最悪……油断してた」
    「違う!断じて違うからな!?」
    必死に彼女の白い手を、両手で掴む。すると、オーエンが眉を上げた。
    「なにこれ」
    反対の手で腕を掴まれて、掲げられる。シャツの袖口を、じっと彼女は眺めた。カインも気が付かなかった、小さなシミがついている。
    「赤い。口紅?」
    「そ、それは……」
    「違う……血……?」
    そう呟くオーエンを見ながら、カインはハッとした。先ほど遭遇した警備員を殴った時、付着した血だ。
    「怪我してる?」
    「いや……ええと、」
    「どこ?誰にやられた?」
    「違う、やられてない、が……」
    「本当に?」
    オーエンはカインの身体を触り出した。腕から胸、腰をなぞっていく。どきりとした。
    「や、やめろって……」
    静止の声も聞かず、流れるような仕草で、彼女はそれを取り出した。やけに手慣れていた。
    「なんで銃なんか持ってるの?」
    カインは思わず、片手で顔を覆った。
    「あー……」
    「グロック17……おまえ、銃なんてろくに使えないだろ。ハネムーンのハワイで、射的場で外しまくって……」
    「えっと。おまえだって、外してた」
    「そんなことどうでもいいだろ!」
    オーエンは足を持ち上げ、カインの後ろの壁に叩きつけた。
    「答えろよ。銃は苦手だって言ってたおまえが、なんで持ってるの」
    「そ、それは……」
    カインは逡巡した。本当のことを言うわけにはいかない。
    「カイン!」
    オーエンが唸る。その瞳には怒りと、必死さが浮かんでいた。
    「……刑事なんだ」
    「え?」
    「黙っていて、すまなかった」
    カインは深く、頭を下げた。もう仕事柄慣れてきたはずなのに、罪悪感で、喉の奥が苦かった。
    「……刑事、」
    顔を上げる。オーエンの瞳は揺れていた。目元が翳り、一瞬、闇のような絶望が映った。だが次の瞬間、あれは見間違いだったかもしれないとカインは思った。壁についていた脚を下ろし、満足げに微笑んで、オーエンはカインの腰に手を回した。
    「あは、やっぱり」
    「……え?」
    その顔を見るのは、久しぶりだった。カインは息を呑んだ。初めてキスをした時のような、プロポーズをした時に見せたような。満足げで、嬉しくて仕方ないとでも言いたげな、そんな顔。彼女の左右違いの目が、きらりと輝く。甘えるように首を傾げて、囁く。
    「……やっぱり。おまえはただの掃除夫じゃないって、思ってた」
    「え、ええと……」
    カインは冗談めかして、笑ってみせた。
    「ほ、惚れ直したか?なんて……」
    「うん、すごくね」
    「そっ、か……」
    今はそんな場合ではないのに、カインは頬が緩んでしまう。意地っ張りなオーエンだが、こうやって、たまに素直になる時がある。そういう時は貴重なので、一日中ずっと、機嫌が良いのを察知するとカインは、できるだけ二人でいられるように、時間を作っていた。
    今はまったくそんな場合ではないのだが。
    「オ、オーエン……そういう訳だから、この会場が危ないのは本当なんだ。だから、先に帰ってくれるか?」
    「嫌」
    「ありが……え、なんで!?」
    「だって、カインが守ってくれるでしょ?」
    無邪気にオーエンは微笑んだ。
    「なら平気だよ。じゃあ、もう行くから……」
    去りかけたオーエンの背中を、カインは抱きしめた。
    「待て」
    「なっ、なに……?」
    びくりと、オーエンは身体を震わせた。カインは耳元に息を吹きかけながら、彼女の身体のラインを辿る。
    「気になっていたんだ、このドレス」
    「あ、やっ……」
    さっきオーエンがしてきたように、腕から胸、腹をなぞるように触っていく。細い腰、尻、そして、太もも。長いドレスに隠れて、ホルダーを付けていた。そこから、目当てのものを引き出す。
    「なんで銃なんか持ってるんだ?」
    目の前で揺らしてみせると、オーエンは、呆然と唇を開けた。
    「答えてくれ、オーエン。銃は重くて扱えないからいらないって、そう言ってたおまえが、なんでこんなもの持ってる?」
    「そ、それは……」
    白い喉が動く。唾を飲む音まで聞こえた。
    「オーエン!」
    「……警備の、仕事をしてる」
    「警備?」
    カインは、聞き返した。オーエンは静かに頷く。
    「僕の生まれた地域は、治安が悪かった。昔から家に銃があって……扱いには、慣れてたんだ。でも本当のことを言ったら、物騒だって、嫌がられるだろ。だから……」
    そこまで言ってから、オーエンは、怪訝な顔をした。
    「カイン?」
    「ああ、いや……なんていうか……」
    きょとんとカインを見つめていたのだが、不意に、彼女はにやりと笑った。
    「へえ。惚れ直した?」
    「ああ……」
    「はは……おまえの好みって、変」
    「あんたもな。普通、隠し事をされたら怒るもんだ」
    「まだ怒ってるよ。でも掃除夫より、警察官の方が僕のタイプなんだ」
    「職業じゃなくて、俺自身のことは?タイプじゃない?」
    「どうかな……おまえは、翻訳家は嫌い?」
    「まさか。どっちのあんたも最高だ」
    「嘘。態度が変わった」
    「そんなことないって」
    二人は、微笑み合った。互いに知らない一面があったことに驚き、ときめきを感じていた。
    「あっ。そういや俺、さっき、あんたの仲間を殴っちまった」
    「いいよ」
    「いいんだ……」
    「じゃあ、僕は仕事だから。持ち場に行かないと」
    「ああ……俺もだ。また家でな」
    「うん」
    「……愛してるよ。どうか無事で」
    「おまえこそ」

    ***

    もちろん、カインは刑事ではなかった。諜報局に所属している諜報員である。彼の胸ポケットに仕舞われているUSBは、 『ノーザンカントリー』という名の巨大犯罪組織のものだった。この組織は、クライアントが抱える後ろ暗い問題を非合法に解決するため、盗み揺すりたかり強盗暗殺などさまざまな手段を使用することで、悪名高い。その組織の中でもカインが長年追い続けているのが、『アンノウン』という通り名で呼ばれるメンバーである。数々の殺人事件への関与が疑われているが、全く正体が不明、つながるような証拠も出て来ない。
    だが今日のパーティでは、組織のメンバーの経歴などのデータを入れたUSBが、営業目的で一部のクライアントに配られるという。その情報を得て、カインは潜入捜査を行なっていた。
    「まさか、オーエンが警備員だったとはな……」
    マイクをオンにすると、シノの声が入ってくる。
    『おいカイン、さっきマイクが切れてた。大丈夫か』
    「ああ、問題ない。ちょっと……想定外のことがあっただけで」
    『トラブルか?俺が行こうか?』
    「いや、問題ない」
    カインは元気よく首をふりかけて、必死でおさえた。動揺からか、ミスが多い。
    「よし。USBを手に入れた次は、CD-ROMだよな……」
    『そうだ。これは監視ルームまで取りに行く必要はない。配布されるらしいから、このままホールで待っていてくれ』
    「こんなこと言いたくはないんだが……前時代的じゃないか?今さらCD-ROMって、ありなのか?」
    『まあ、あるんじゃないか。役所はまだ使ってるらしいしな』
    「そうなのか……」
    『話は変わるが、おまえ、前にアンノウンとやりあったことがあるんだろ。どうだった?』
    「顔は見ていないが……恐ろしく有能だった」
    カインは、目元を険しくした。
    「奴とは、撃ち合いになったんだ。それで死にかけた。俺の弾が当たっていると良いと思っていたが……最近の活動を見る限りでは、元気そうだ」
    右目を撃ち抜かれたカインは、生死の縁を彷徨った。以来彼の右目は、義眼となったのである。
    『大変だったな』
    「ああ。それにしても今日のオーエン、綺麗だったな……」
    『カイン』
    「なんだ?ちゃんと聞こえてるよ」
    『こっちにも聞こえてる。集中しろ』
    「悪い、気を抜くとつい……」
    カインは、唾を飲み込んだ。5メートルほど離れた黒いスーツの男と、目が合ったのだ。こちらをじっと見ている。数秒後、その理由に気がついた。
    「おっと、まずいな……やらかした」
    素早く踵を返す。人混みを掻き分けながら、カインは足を早めた。
    『どうした、カイン』
    「すまん、耳元に手をやっちまった」
    『マジか』
    「マジだ!」
    ちらりと、カインは振り返った。サングラスをしたスーツの男たちが小走りでやってくる。慌てて自分も走り出す。
    「まずいな……!」
    人混みの中、身を屈めながら進む。ふと目をやると、従業員用の部屋のドアが、少し開いていた。

    ***

    もちろん、オーエンも警備員ではなかった。彼女は犯罪組織『ノーザンカントリー』の一員であり、『アンノウン』の異名を持つ殺し屋である。一度決めた獲物は逃さず、証拠も残さないことで名高い。
    「まさか、カインが刑事だったなんて……」
    思わず呟くと、インカムからやかましい声が聞こえる。
    『おい。なんの話だ』
    「なんの話でもないよ」
    『カインって、てめえの結婚相手じゃねえか。それがなんだって?』
    「結婚してない」
    『なら薬指の指輪はなんだよ。舐めてんのか?』
    「どの指にしたっていいだろ。たまたまサイズがあったのが薬指……」
    『あー分かった分かった、いいからさっさとこの仕事終わらせろよ』
    「うるさい」
    今日は苦戦していた。こんなに上手くいかないのは、人生で二回目だ。嫌な予感がしていた。一回目は敵と撃ち合いになり、オーエンの右目は義眼となった。
    「誰だよ……『ナイト』って……」
    ターゲットを探し出せずに、彼女は舌打ちした。GPSが上手く作動していないに違いない。なぜかカインの近くで反応するから、どうしても視界に入るのだ。うろちょろして仕事の邪魔をしてくるから、端的に邪魔だった。
    「それらしい人間もいないし……」
    『ぐずぐずしてんじゃねえよ』
    インカムから、男の声が流れた。
    『さっさと片付けたらどうだ。できねえのか?』
    「は?殺す。おまえが囮用のUSBにちゃんとGPSを仕込まなかったんだろ」
    『ああ!?俺様の仕事にケチ付けんのか!?』
    「大体、今時CD-ROMとかUSBに個人情報なんて入れる訳ないだろ。いくら公安でも、馬鹿正直にそれを盗みに来るなんて思えないんだけど」
    『そのまさかだろ。目標は、分かりやすくすしてやる方が良いからな』
    「嘘。だって……あ」
    『どうした?』
    オーエンは、瞬きした。いつのまにかカインは持ち場を変えたのか、いなくなっていた。代わりに、ふざけた黄色いカナリアのキャラクターの着ぐるみが、会場を歩いている。子供たちに風船を配っているらしい。そしてそれに、GPSが反応していた。にやりと微笑む。
    「へえ、こいつが……」
    オーエンは、着ぐるみを観察した。こいつが、ナイト。風船を子供に渡すとき、恭しい仕草をしているのが不愉快だ。妙に様になっているし、誰かに似ている。
    『オーエン、見つけたか?』
    「うん。今、この着ぐるみに隠れてる」
    『当たるか?てめえの場所からだと、遠いからな』
    「なに?馬鹿にしてる?」
    『いや?当たらねえなら、仕方がねえって話だ。俺様が代わりにやってやるよ』
    「ふざけるなよ。この距離で僕が外すわけないだろ」
    オーエンは、スコープを覗き込んだ。
    「騎士様はカインで十分」
    『カイン?』
    「そんなコードネームにしたこと、後悔させてやる」
    標的を捉え、引き金を引く。銃声が一つ。素早くスコープを覗き込み、舌打ちした。信じられなかった。
    「外した……!」

    ***

    「外れた……!」
    悲鳴をあげる参加者たちが逃げ惑う。カインは冷や汗をかきながら、辺りを見回していた。追ってから逃げるため従業員の着替え部屋へ入り、着ぐるみのキャラクターに扮してホールへ出てきたところ、どこからか、狙撃されたのだ。
    「危なかった……」
    嫌な予感に咄嗟に身を屈めていなかったら、確実に頭を撃ち抜かれていた。カインは声を張り上げる。
    「出口はあっちだ!早く逃げてくれ!」
    会場はごった返していた。客を外へ誘導しながら、ぐるぐると会場を見渡す。人が多いからないとは思うものの、どこからどう狙撃されるのか、分かったものではない。よほどのプロなのか、スコープの反射光も見当たらない。
    「誰だ?見当たらな……」
    そこで、はっとする。オーエンはどこだ?カインは着ぐるみを脱ぎ捨て、出口へと走った。警備員の肩を掴み、揺さぶる。
    「オーエンはどこだ!?」
    「な、なんですか!?」
    「俺の妻だ。探してる。今日の警備を担当してるはずだ」
    「オーエン……?」
    「知らないのか?美人で、オッドアイの……」
    警備員は首を振った。耳を疑うような言葉を吐く。
    「今日のシフトに、そんな名前の人はいませんけど……」

    ***

    「た、ただいま……」
    カインは冷や汗をかいた。玄関で出迎えてくれたオーエンは、一度も着たことがないエプロンをして、微笑んでいる。その手には鈍く輝く、包丁があった。そこから目が離せない。
    「おかえり、カイン」
    「あの、えっと……ありがとうハニー。その包丁は……」
    「ああ、これね」
    笑みを深めたオーエンはくるくると、包丁を回し、弄んだ。カインは思わず、身をすくめた。
    「料理したんだ。夕ご飯、できてるよ」
    「え……?」
    耳を疑った。結婚してこの方、オーエンは食事の支度を一度もしたことがない。
    「ええと……ウーバーイーツを皿に載せてくれたのか?助かるよ、ありがとうな!」
    「は?馬鹿にしてる?」
    「いや、おまえ料理できないだろ!?」
    「やらないだけ。ほら、おいで。今日はおまえの好きなベーコンがあるよ」
    オーエンは包丁を戯れに回しながら、ダイニングルームへ颯爽と向かうので、その後を恐々と着いていく。オーエンは、わざわざ椅子を引いた。
    「どうぞ、カイン」
    口の端を引き攣らせながら、恐る恐る、カインは腰掛けた。テーブルの上には、豪勢なご馳走が並んでいる。ピザ、ローストチキン、クリームシチュー。いちばん手前に、厚切りのベーコンが皿に載っていた。カリカリに焦げ、油を光らせていて、美味しそうだ。
    「ほ、本当に、どうしたんだ……?」
    「はは……嫌だな。僕がおまえのために作ったらおかしい?」
    「い、いや、嬉しいが……」
    「なら食べて」
    有無を言わさぬ口調である。カインはフォークを手にした。ベーコンを刺して、口に運ぼうとして、ぴたりと動きを止めた。
    「どうしたの?カイン」
    オーエンが目を細める。カインは、フォークを置いた。
    「……匂いが、変だ」
    「へえ。せっかく僕が作ってあげた料理に、文句をつけるんだ」
    「違う、文句じゃなくて……この匂いは……」
    カインは言葉を切った。嗅覚には自信があった。記憶を辿る。
    「嗅いだことがある」
    「へえ。どこで?」
    「……どこだったか……」
    カインは、目を閉じた。
    「とある、現場だ」
    「続けて」
    「被害者は毒殺されていたが……目撃者、証言、証拠が、不自然なほど、なにも見つからなかった」
    瞼を開く。オーエンの赤い目は、ぎらついていた。続きを無言で促している。
    「……この案件は、一連の不可解な殺人事件と因果関係があると見られている。殺害方法は違うものの、全く痕跡を残さない手口に共通点がある」
    「へえ」
    「俺は、その犯人と思われる人間に、一度撃たれてる。四年前……結婚する前のことだ。生死の縁を彷徨って、意識を取り戻した時、俺の右目は使い物にならなくなってた。今嵌めているのは義眼だ。交通事故で視力を失ったっていう、あんたと同じ」
    「……そう、偶然だね」
    「しばらく同様の殺人事件は起こらなかったが、一年ほど前からまた、活動が活発になった。一切の正体が不明なことから、事件の容疑者は、こう呼ばれている……」
    「『アンノウン』」
    二人の声が合った。次の瞬間、カインはテーブルの下に滑り込んでいた。オーエンが投げたナイフが、背後の壁に突き刺さる音。白い脚が、階段の方向へ駆けていく。
    「待て、オーエン!」
    テーブルの下から抜け出し、カインは声を荒げた。
    「ハニー!どこへ行く!?」
    ハッとして、カインはキッチンへ走った。引っ越した時に買った食器棚には細工がしてあって、奥のスペースが空いている。いざという時のために、ハンドガンがしまってあるのだ。使う時が来るとは思わなかった。マガジンを装填し、スライドを引いて、振り返る。まだ何も聞こえない。
    息を凝らして廊下に出る。階段下にしゃがみ込み、銃を構える。ぱちりと、電気が消えた。張り詰めた緊張感が漂う。一挙動の間違いが命取りとなる、二年前と同じような感覚。自分の息遣いすら、うるさく聞こえるほどの静寂に包まれる。だがその静寂を、突如裂くものがあった。
    スマホの着信音である。
    「やっ……べ!」
    階段の上から、オーエンはマシンガンをぶっ放した。轟音。肩をすくめながら、カインは廊下を全力疾走する。その後ろの壁を、オーエンが穴だらけにした。カインは咄嗟に、キッチンにスリッパを放り込んでから、隣のリビングに転がり込んだ。箪笥の裏に隠れると、スマホに向かって、小声で抗議する。
    「シノ……もしもし?緊急か?」
    『おい、カイン。さっきの任務について、俺は文句が言いたい』
    「すまないが、それどころじゃない。オーエンに殺される」
    『どうした?』
    キッチンの方で、鋭い銃声が聞こえた。カインは冷や汗をかいた。
    「分からないか!?夫婦喧嘩中だ!」
    『物騒だな。銃声が聞こえる』
    銃を構えたオーエンが、足音も立てず、リビングに入ってきた。
    「ああ、ゲームしてるんだ……」
    『勝てそうか?』
    ちらりと様子を伺う。オーエンがソファを蜂の巣にしていた。イタリア製の革のソファで、高かったのに。ぞっとしながら、箪笥の裏で身を縮こませる。
    「どうかな……形勢不利だ」
    『仲直りできるといいな』
    「ああ、ありがとう……うわッ!」
    『大丈夫か?』
    「大丈夫大丈夫、切るよ!」
    『あ、おい……』
    スマホを放り投げると、銃弾が綺麗にそれを撃ち抜いた。カインはその隙に走り出す。背後に回り込み、足払いをかける。器用に避けたオーエンは一瞬ぐらついて、立て直すまでの間に、カインは照準を合わせた。
    知らなければ良かったと、思うことがある。
    手汗ですべりかけた拳銃を、カインはしっかりと握り直す。同じように銃を突きつけてくる、目の前の女を睨みつけた。世界で一番、愛していたのに。
    「……おまえに俺は、殺せない」
    躊躇なく、彼女は引き金を引いた。弾はカインの髪を掠め、後ろの壁に穴を開けた。
    「もう一回言ってみれば?」
    オーエンは冷たく微笑む。カインはぐっと唇を噛んだ。唾を飲んで、静かに切り出す。
    「……なあ。どうして、俺と結婚したんだ?」
    彼女の片頬が、わずかに引き攣った。
    「はは……最期に言い残すことがそれ?」
    「最期じゃないが……答えてくれないのか?」
    オーエンは、奇妙なほど完璧な微笑を浮かべた。
    「……結婚すれば、身元が保証されるからに決まってるだろ。偽物の夫婦生活に、他に理由なんてないよ」
    「偽物、な。俺を利用したってことか?」
    「おまえだって同じだろ」
    「俺は……」
    「僕ばっかり悪いみたいに言うなよ。結婚生活に飽きてたくせに……」
    「いや、それは……おまえだろ!?」
    「は?」
    互いに睨み合う。
    「……最近休みの日にデートに誘っても、断ってたじゃないか。夫婦のふりが面倒になってたんだろ。プロとしてどうかと思うぞ」
    「うるさい、記念日忘れてたやつに言われたくないんだけど。そんな記憶力でよく諜報員が務まるね」
    「あれは謝っただろ!?埋め合わせだって散々した。他にどうすればよかったんだ」
    「ねえ、前から思ってたんだけど……」
    「……なんだ」
    「浮気してない?」
    「してない」
    「でも、僕らの夫婦生活は偽物だろ」
    「まあ、そうかもしれないが……」
    オーエンは眉に皺を寄せる。可愛いな。と思ってしまったカインは、顔をしかめた。
    「正直に答えなよ。浮気してた?」
    これは演技だ。自分にそう言い聞かせ、カインは妻を睨みつけた。嫉妬するそぶりが可愛いことをわかっていて、油断させようとしているのだ。可憐で悲しそうなそぶりに少しでも隙を見せれば、即座に脳を撃ち抜かれる。唇を舐めた。
    「……どうでもいいだろ、そんなの」
    オーエンのこめかみに、青筋が浮かんだ。
    「あっ、そう」
    「ああ」
    「じゃあ、死ね!」
    ほとんど同時に、二人は動いた。
    取っ組み合い、互いの腕を掴んで、押し合う。オーエンがマシンガンを振りかぶる。その側面で頭の横を殴られたカインはくらくらしながら、思い切りオーエンを突き飛ばした。床に倒れ込んだオーエンの上に馬乗りになろうとすると、蹴り上げてきたので脚を掴む。すると素早く腹筋を使って起き上がったオーエンがカインの首を絞め出し、カインは尻餅をついた。すぐさま腹を蹴ろうとして、ほんの一瞬、気づかないくらいの迷いが、オーエンの目に浮かぶ。
    それを見逃さず、カインは彼女の腕を払った。虚をつかれたオーエンのマシンガンが飛んでいき、カインはハンドガンの銃口を、妻の額に突きつけていた。息を弾ませたまま、二人は互いの目を見つめた。舌打ちして、オーエンは腕を組んだ。
    「早く、殺せよ」
    カインの首筋を、汗が流れた。瞬きをせず、じっとオーエンを見つめる。
    「……最期に言い残すことは?」
    オーエンの瞳が揺らいだ。透明な膜が光って、風にさざめいた川面のようだった。唇がわなないて、閉じた。オーエンは首を振る。
    「ないよ」
    代わりに透明な涙が一粒、彼女の目尻からこぼれ落ちた。祈るように、オーエンはぎゅっと瞼を閉じる。カインは右手に力を込め、そして、銃口を額から離すと、床に放り投げた。
    「……は?」
    オーエンは、ぽかんとしている。カインはゆっくりと、両手を上げた。丸腰だ。
    「同情のつもり?おまえ……!」
    戸惑ったままオーエンはハンドガンを拾い上げ、カインに向けた。その手が震えている。
    「……好きにしてくれ」
    両手を上げたまま、カインは言った。
    「だが、おまえに俺は殺せない」
    「見くびるなよ……」
    「いや、おまえの方が強い。分かってるだろ。それなのに負けたのは、俺を殺すことに躊躇ってたからだ」
    「……違う」
    「違わない。それに、俺も……」
    カインは、首を振った。
    「やっぱり、無理だ。おまえのことは殺せない」
    照準も合わせられないほどに、オーエンは震えていた。ゆっくりと、カインはオーエンに近づいた。
    「愛してる」
    「……嘘」
    「本当だ。浮気はしてないし、おまえになら、殺されてもいい」
    頬を濡らして、オーエンは迷子のように、瞳を彷徨わせる。銃がごとりと床に落ちた。カインはオーエンを抱きしめ、熱い唇を重ねた。
    「ん……!」
    カインの肩に、オーエンが腕を回す。カインも腕に力を込める。右手で背中を撫で回しながら、舌をさし入れて強く吸う。しょっぱかった。オーエンは足を地面から離すと、カインの腰にぎゅっと巻きつけた。興奮して、カインは銃痕だらけの壁にオーエンを押し付け、身体をぴったりとくっつけた。
    「……ッ、カイン、」
    潤んだ瞳に、乱れた髪。柔らかい唇。息継ぎの合間、喘ぐように名前を呼ばれ、カインは愛しさに胸が詰まる。世界一綺麗だ。
    「好きだ、オーエン……」
    気持ちを確かめ合うには乱暴すぎるくらいのキスを、何度も重ねる。じゃりじゃりと、足元のガラスが音を立てた。火薬の匂いがリビングには立ち込めている。オーエンの細い指が、カインの頬を撫でた。構わず舌で歯列をなぞっていると、今度は首を引っ掻かれる。
    「いって!」
    「音がする……」
    「オーエ……え?」
    すっかり夢中になっていたカインはぱちくりと、瞬きした。耳を澄ませる。確かに遠くから、音がする。
    「……ヘリコプター、か?」
    オーエンは舌打ちした。
    「クソ、あいつらだ……」
    「あいつら?」
    「バレたかも。家ごと爆破される」
    「爆破!?なんで!?」
    「捜査員の妻が組織に入ってたら、普通そいつはスパイだろ」
    カインは口を開けた。
    「え!?俺のせいか!?」
    「そう。だから行くよ、騎士様」
    「行くって?」
    無視してオーエンは、テレビのリモコンを拾い上げた。0806と入力すると、庭から轟音が響く。
    「なんだ!?」
    慌てて窓に駆け寄り、カインは口を更にあんぐりと開けた。プールの底が開いて、隠し通路になっている。
    「おまえ、プールが欲しいって言ってたの、このためだったのか!?変だと思ったよ……」
    「うるさいな。さっさとガレージから、梯子持ってきて」
    「あ、ああ……了解……」
    隠し通路の先は、マンホールだった。苦労しながら暗い水路を歩き、持ってきた梯子を登って重い蓋を開け、歩道に出たその時だった。背後で、自宅が爆発した。
    「あ……」
    存外ショックを受けて、カインは立ち尽くした。ぱらぱらと外壁が、柱が崩れていく。二人で喧嘩しながら選んだキングサイズのベッド、長さを間違えて買ってしまい怒られたリビングのカーテン、お気に入りだったガレージ、毎週ピカピカになるまで洗って二人で何度もドライブした車、全て、勢いよく燃えていく。
    「……おい。ボーッとするなよ」
    「わ、悪い……」
    子犬のような顔をするカインを見て、オーエンは舌打ちした。
    「馬鹿」
    「いや、だってさ……」
    「……また、建てればいいだろ」
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