二回目温もりが逃げないように羽毛入りのキルトの外套で大切にその身をくるむ。
そして、細く小さくなった体を抱き上げた。
外套は二人でオーザム近辺を歩いたときに買ったものだ。寒冷地に強いドラゴンの体毛に埋まっているときには気が付かなかったが、普段通りの薄着に麻の外套でも問題はないだろうとたかを括っていた二人は、最北の地の横なぶりの風に寒い寒いと体を震わせながら急いで服屋へ駆け込んだ。
「思えば…この北の地に立ったときはいつも魔槍を纏っていたんだ…」
「そうか…」
「防御だけでなく温度管理までしてくれていたのだな、すごいな魔槍…」
「……」
「それを思うと、溶岩も熱いは熱かったが平気だったのも、もしかしたら側に在った魔剣のおかげだったのかもしれない。すごいな魔剣…」
「溶岩?」
なんのこともない話をしながら、二人で適当にサイズの合う軽くて保温性に優れた外套を選び合った。
長年愛用してきたから表面はいいかげん毛羽立って伝統模様の染めも燻んできているけれど、冬のたび大切に手入れをしながら使ってきた外套はふっくらと彼の体を包んでいた。
ラーハルトは彼をしっかりと抱いたまま静かにダイニングを横切り、片手で玄関の戸を開けて外へ出た。
青い匂い。家の横のささやかな菜園。ヒュンケルが育てていた野菜の苗が膝の高さまで育ち、子供の手のように瑞々しい葉で太陽の光をいっぱいに受け止めていた。大きく成長する苗を腕の中の彼に見せたくて跪けば、菜園の脇に伏せていた飛龍がこちらに向かってグルル…と喉を乗らした。
「今日はいいんだ。ここで待っていてくれるか」
ハフン、とドラゴンの鼻息が、ラーハルトと腕の中の彼の銀色の髪を揺らした。
ラーハルトはヒュンケルを抱えゆっくりと森を歩いた。
重なり揺れる木々の緑を抜けた陽光が、地面にやわらかな温もりを落としている。ときどきパキリと小枝を踏むラーハルトの足音だけが響いていた。
長い間に人と竜が踏んでできた道を進むと、ほどなくして森を抜け見晴らしのいい丘へと出た。
「着いたぞ」
ヒュンケルの体を抱いたまま、地面に腰を下ろした。
「丘へ、出ないか…ラーハルト…」
それはヒュンケルの最後のお願いだった。
ヒュンケルとラーハルトの居は、温暖なテランから少し離れた小さな森の中にあった。
森を抜けると小さく開けた丘があり、有翼のドラゴンが降り立つのにちょうどいいその場所を二人は旅の拠点として選んだのだ。
稽古をしてまるで子供の魔物のように戯れあったり、旅先から持ち帰った果物を頬張りながら景色を眺めたり、とりとめもない、だけど話はいつまでも尽きることなく季節を共に過ごした。
今さら言葉なぞ…と、思っていたけれど、ある年、ヒュンケルが妹弟弟子の新しい門出を見届けたあの日の夜。
丸い白い月が照らすこの丘で、自分と将来を誓い合ってはくれないかと伝えるとヒュンケルは目をまん丸にして、やがて真っ赤になって俯いてしまった。
丘を蹴り逃げ出しそうになったヒュンケルを捕まえたのが、まるで昨日のことのようだ。
背の上で喧嘩をして驚いたドラゴンに二人とも振り落とされそうになったことも。船酔いをしてしびれクラゲみたいな顔色になったことも。ヒュンケルを背負って歩いた森の道も、見た夕陽も。
全部、全部。
腕の中の体に覆い被さるように抱きしめた。頬擦りが冷たい。
「ヒュンケル」
ラーハルトは、ヒュンケルの乾いた、うっすらと開いたままの唇にそっと口付けた。
「また、会おう…」
ラーハルトの鼻筋を伝った涙が、深く皺を刻んだヒュンケルの頬にぽとりと落ちて濡らした。
二回目の看取り