封じた願いの、行先は。瞬きを、1つ。
見覚えのない目の前の光景に、目を白黒させる。
「…ここ、どこだ?」
呟くように出された声は、暗闇に消えていった。
…少しして、暗闇に目が慣れてきて。
ゆっくりを左右を見渡す。
今いるここは、ちょっとした広場のようだ。
辺りにはカラーコーンの山に、通行止めに使われる黄色と黒の棒。
工事現場で見かけるような、ショベルカーなんかも端に止まっている。
明かりが一切ないから、わかるのは本当にこれくらいだ。
…しかし、ここがどこなのか、本当にわからない。
セカイなのかとも思ったけれど、明かり代わりに使うために取り出そうとして、手元にないことに気づいた。
ここの来る前の記憶もぼんやりとしていて、うまく思い出すことができない。
その時。
がさがさ、と背後から音が聞こえた。
驚きのあまり出そうになった声を抑え、ゆっくりと振り向く。
…そこに、いたのは。
鏡越しではあるが、見慣れたグラデーションの入った金髪。
お気に入りでよく着た記憶のある、咲希と色違いのTシャツ。
その身体はオレより低くて、まだ小学生であることがわかる。
そしてその手には、懐中電灯が握られていた。
「……………………オレ?」
そこにいたのは、紛れもない。小学生の頃の、オレだった。
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じっと見つめるオレとは対照的に、小学生のオレ…言いづらい。小司でいいか。
小司は、足を止めずにずんずんとこちらに向かってくる。
「え、ちょ…!」
慌てるオレの横を通り過ぎ、小司は先を電灯で照らしながら進んでいった。
びっくりして、思わず手を伸ばして。
漸く、気づいた。
「……通り、抜けた…?」
小司に伸ばした手は、彼をすり抜けていった。
否。伸ばした自分の手自体が。薄い透明になっていた。
慌てて自身の身体を見ると、服ごと透明になっていた。
自分の横を通り過ぎたことからして、小司は自分が見えていないのだろう。
ふむふむ、と考えながら、小司に近づく。
ビニールシートに外用クッションを置き、座ると懐中電灯を切ってしまった。
暗闇の中、彼の声が響く。
「……やっぱり、すごい」
そういう彼の声は、どこか寂しそうで。
彼が見ている方向。真上を、思わず見上げる。
「………………!これ……!」
目の前に広がる、満天の星空。
あまりに幻想的な光景に。すっかり忘れていた、記憶が蘇ってきた。
その日は、七夕のパーティーをしようと、数日前から話していて。
笹を飾って、2人して「咲希の病気が治るように」とお願いをして。
夜に食べたいメニューなんかも聞いてくれて、2人で楽しみにしていて。
でも、咲希は七夕の朝に、容態が急変した。
パーティーの飾り付けの途中だったから、両親に続きは自分がやるから咲希を病院に、って言ったんだったか。
咲希がすぐ戻ってこれるのを祈りながら、飾り付けを続けていたんだ。
結局、咲希がその日のうちに戻ることはできなくて。
パーティーをしたかったと、泣きじゃくる咲希の声が、電話越しに聞こえて。
3人だし病院だけど、せめてパーティーくらいはしてあげてと、オレの方からお願いしたんだ。
留守番はちゃんとできるから、って。
渋っていた両親も、咲希が泣き止まないこともあり、日付が変わる前に帰るからと言って、電話が切れて。
夕飯は適当に済まそうと振り返り。息が止まった。
一番祝いたい主役がいない、飾り付けされたその部屋が、どこか悲しく思えて。
そして、そんな部屋に、自分しかいないことが。
余りにも、寂しくて。
衝動的に、懐中電灯を持って。家に鍵をかけて、飛び出したんだ。
この場所に、来るために。
ここは、後に整備されて、今はコンビニなんかが立ち並んでいるところだ。
元は自分の秘密基地だったが、工事前で明かりが周辺に一切置かれていないこともあり、絶好の星観察スポットなのだ。
最後に見たのはこの時だったので、すっかり忘れていた。
(…しかし。なんでオレ、過去の光景を見ているんだ…?)
首を傾げていると、あっ、という、小司の声が聞こえた。
振り返ると、小司が、空を指差していた。
「……ながれぼし…!」
ハッとなり、再度空を見上げる。
そうだ。初めて流れ星を見たのは、この時だったのだ。
そういえば。
あの時、なんてお願いを、していただろうか。
「え、えと…!さきのびょうきがなお、……うう、3かいもいえないや…」
ええとええと、と迷う声が、不意に途切れる。
その、寂しそうな横顔に。
あの時感じていたものが、思い出される。
そうだ。あの時、願ったのは。
願って、しまったのは。
寂しそうな横顔が空を見上げて、その願いを言おうとした、その瞬間。
視界が、真っ白に染まって。
そのまま、意識が途切れた。
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「……ん…?」
意識が浮上し、ゆっくりを目を開ける。
視界の先には、とても見慣れた天井。
……ではなく。幻想的な雲や、宙に浮かぶ汽車が見えた。
ゆっくりと身体を起こすと、道の途中に設置されていたベンチに横になっていたようだった。
「っ、司くん!」
突如聞こえた声に驚きながら目を向けると、少し目を赤くした類が走って傍に寄ってきた。
「…類?」
「司くん大丈夫?僕のことわかる?どこか身体痛いところは?」
「おおおおお落ち着け落ち着け!痛いとこはないし類は俺の恋人だ!合ってるだろ!?」
オレの言葉に漸く落ち着けたのか、はー、と息を吐きながら抱きしめてきた。
「なんなんだ一体…」
「こうなって当然だよ…。司くん、こうなる前のこと覚えてないのかい…?」
「こうなる前…?ああ、確か…」
起きて類と喋ったからか、あの時思い出せなかったことがじわじわと思い出されてきた。
セカイにある不思議アイテムを使って、タイムマシンの試作を作ったと言ってきたのだ。
まだ帰る方法が決まっていないしいつの時代に行けるかはわからないけれど、これを使うと過去にいくことができると、自信満々の顔で言っていた。
実験は帰る方法を作ってからだ、なんて話をして、それは片付けられたのだが。
別の装置の実験をやっている間にぬいぐるみ達がそれに興味を示してしまい、そして。
……そして?
「暴発したその機械の矛先は僕で、司くんは僕を庇ったんだよ」
「……そう、だったか?」
「そうなんだよ。……本来は身体ごと移動する筈なのに消えていないし、でも全く起きないし。暴発したタイムマシンは壊れちゃうしで、打つ手がなかったんだよ」
なるほど、と頷いたオレを、類がそっと抱きしめる。
その身体は、小さく震えていた。
「……類?」
「…起きて、ほんとうに……よかった…っ」
…どうやら自分は、想像以上に心配をかけてしまっていたようだ。
震える身体を包むように、そっと抱きしめる。
「…心配、かけてすまなかった。…もう、大丈夫だから」
「…………っ」
更に力を込めて抱きしめてくるのにため息をつきつつ、宥めるようにそっと背中を叩いた。
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「…そういえば、ちゃんとタイムマシンとして機能はしてたな、あれ」
漸く落ち着き、もう作らないと宣言した類に、思い出したように告げた。
「え?そうだったのかい?」
「まあ、オレは霊体みたいな感じだったが。小学生の頃の七夕を見たんだ。すっかり忘れていたがな」
「…そっか。それにしても、変えるための手段はなかった筈なんだけど、どうやって戻ってこれたんだい?」
首を傾げる類に、オレは思い出す。
「…多分、だが。昔の記憶を思い出して、且つ、その時に願ったことが、今この時で叶ったから。じゃあないかなと」
「?思い出すのはわかるけど…、その時の願い事って、そんなに後に叶ったのかい?」
「あー…叶えるつもりで言ったわけじゃなかったから、な」
「そう、なのかい?司くんにしては珍しいような…」
はて?と首を傾げる類の顔を見ながら、あの時の願いを思い出す。
「「さみしい」」
「「だれかそばにいてほしい」」
兄として、咲希のことを願いたかったのに。
自らの願いを優先して、言ってしまった。
だから、この記憶に、鍵をかけていたんだ。
兄失格なこの願い事を、忘れるために。
それでも、思い出されてしまったのは。きっと。
「…そういえば、そろそろ七夕の飾り、片付けないとだね」
「そうだな。たくさんの人に見てもらって願いも書いてもらったし、来年もやるか」
「ふふ、そうだね。七夕限定ショーもできたことだし。反省会と次回のショーの内容決めがてら、七夕パーティーもしようか?」
「…!それいいな!みんなに声を掛けるか!」
未来の約束をしてくれるのだと。ずっと傍にいてくれるのだと。
証明してくれている人が、いるんだと。
教えてくれたのかも、しれない。
俺が起きたことに気づいたぬいぐるみ達に囲まれて、もみくちゃになっているオレの上で。
あの日と同じ流れ星が1つ。静かに流れていった。