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    Tama_negi_316

    @Tama_negi_316

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    Tama_negi_316

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    前垢で呟いた、🐴が1️⃣に花を贈る話。

    #サマイチ
    flathead
    #左馬一
    samaichi

    らしくない。
    黒塗りの車、後部座席に座り、左馬刻は確かにそう思った。
    信号待ちをしている間、何気なく見た外に小さな花屋。そろそろ店仕舞の時間だろうか。外に並べられた色取り取りの花を、小柄な男性店主が店の中に運んでいた。
    目に付いた赤色。思い出すのは自宅で待つ愛しい恋人。
    らしくない。だが春だから?やけに美しく見える。そしてこれを贈ったらアイツはどんな顔をするだろうと想像したら。
    「停めろ。」
    運転をする舎弟に一言放ち、左馬刻は弾む足取りで車外へ出た。

    「恋人へですか。」
    赤い薔薇を一輪。確か家に花瓶は無い。一輪なら適当なグラスで代用できるだろう。まだ咲き切らない窄んだ赤は思ったより深く、もっと明るく鮮やかな別の花の方が良かったかと悩む左馬刻に、繊細な手つきで包装しながら店主は柔らかな声で話し掛けた。
    「…まぁ、そうだな。」
    「素敵ですね。大切な方なんですね。」
    薔薇はやはりベタなのか、ズバリ言い当てられて左馬刻は少しむず痒くなる。他の花へ変更だと言うタイミングを失い会計を済ませ、店を出る左馬刻に店主は礼と、思いが届きますようにと告げた。

    赤い薔薇が一輪。
    花言葉は「あなたしかいない」

    「マジか。キザすぎんだろ。」
    再び戻った後部座席で、左馬刻は店主の言葉の真意を探ろうとスマートフォンを操作した。検索候補がすぐに出る、膝の上置いた赤い花の意味。
    ますますらしくない。だがその通り。
    口下手で愛を伝える事なんて稀で、甘い言葉より憎まれ口が多い天邪鬼な自分の気持ちを、この小さな命が代弁してくれるなら、いい買い物をしたと左馬刻は満足気に目を閉じた。
    一郎、どんな顔すっかな。

    「は?熱でもあんのか左馬刻。」
    ムードもへったくれもない。左馬刻が天邪鬼なら恋人である一郎はキングオブ鈍感。何も言わず目の前に差し出された薔薇を見て色違いの瞳をこれでもかと開き、わかった、食用花か!などと的外れな言葉。この男はどこまでも想像の斜め上を行く。左馬刻の思い通りになどなってくれない。
    「なんかよく分かんねえけどありがとな!綺麗だな!」
    せめて綺麗だと思ったなら満点だ。さて、花瓶はどうするか、確かクリスタルのグラスがあったはず。食器棚の中を物色する左馬刻に構う事なく、一郎は好物の炭酸飲料の空瓶へ水道水を注ぎ、熱烈な愛のメッセージをそこに収めた。全く本当に、ムードもへったくれもない。

    言の葉党政権崩壊後、二人は向かい合った。一郎は涙を流しながら左馬刻を殴り続け、左馬刻は何も言わずその全てを受け止めた。理不尽に傷つけ続けた一郎になら殺されても構わないと、そう思った。
    それから1週間が過ぎた頃、目も頬も未だ腫れ上がった左馬刻の元を一郎が訪れた。
    「ラーメン奢れ。」
    拳を解き、放ったその一言から、2人の時間は再び動き出す。
    不自然な距離は徐々に近付き、肩が触れ合い、気付けば笑い合って、そんな逢瀬を1年続け、2人は恋に落ちていった。
    好きだ。付き合おう。俺のモンになれ。
    あーでもないこーでもないと頭の中で愛の言葉を探す左馬刻に、「俺あんたの事好きだし、多分あんたも俺の事好きだから、付き合おうぜ。二郎と三郎も家を出た事だし、同棲でもすっか?」と顔色一つ変えずに言った一郎。
    あれから2年。ロマンチックに対する価値観は一生分かり合えないだろうし、たまに喧嘩もするけれど、2人は幸せに暮らしていた。


    「わはっ。今度はなんて名前の花?可愛いな。」
    「なんだったかな…スターチス?だったか。」
    「ははっ。紫。空却思い出す。」
    なんだかんだ、左馬刻は毎日花を一輪持ち帰っていた。一郎が驚いたのは最初の2、3日で、今や空き瓶に生けてはスマートフォンで写真に収め、嬉しそうに眺めるのが日課となった。
    花言葉までは気付いていないか。さすがキングオブ鈍感。だがそれでいい。笑ってくれるなら、それだけでいい。
    「明日は何にすっかな。」
    左馬刻の小さな呟きを、一郎は気付かれないよう一人噛み締めていた。


    ピンクのガーベラ、赤いゼラニウム、紫のチューリップ。
    モノトーンでまとめられた左馬刻と一郎の部屋に小さな彩が絶えず飾られる毎日はもうすぐ夏を迎える。夏が来たら必ず贈ると決めていた。色は山田家の三男坊だが、小さな太陽のようなその姿は左馬刻にとって、一郎そのものだった。
    今や常連となった花屋へ入り、迷わず「これ」と指差した。リボンの色は赤を指定。花言葉も予習済み。眩しい笑顔を想像して頬が緩む。店主の礼を背に聞き、車へ戻る。早く一郎の元へ帰りたい。
    その時。
    けたたましいブレーキ音と共に一台のワンボックスカーが、左馬刻の足が向かう車に追突した。目の前の情報を脳が処理するまでの数秒、ワンボックスカーの後部座席から物凄い勢いで出てきた男が左馬刻を狙い、
    ーーーーーーーーー



    遠くからサイレンの音がする。
    火薬の匂いがまだ鼻に残っている。
    夏の熱気を吸ったアスファルトが冷たく感じるほど、腹が燃えるように熱い。
    花屋は無事か、舎弟は…
    薄くなる視界に映る、黄色い花は赤く染まっていた。
    小さな太陽が、左馬刻の返り血を浴びている。
    「一郎…」
    左馬刻は徐々に瞼を開けていられなくなった。目を閉じれば、いつも一郎の笑顔が浮かぶ。だが何故か、今この瞬間に浮かんだのは、傷付き血を流す一郎。
    らしくない。天上天下唯我独尊など口では言っていても失う事が何より怖いくせに、大切なものを増やしていたなんて。




    「お兄ちゃん!!」
    左馬刻が次に目を覚ました場所は、真っ白な世界。火薬や血の匂いはしない、消毒液の香り。
    美しい白の髪、柔らかな高い声。天使が迎えに来たのかと思ったが、涙を溜めて懸命に左馬刻の名前を呼ぶのは、妹の合歓。天使で間違いは無いと、左馬刻はぼんやり思った。
    「よかった…!待っててね!今お医者さん呼ぶから!」
    よく見ると身体中に管が繋がれ、口はマスクで塞がれている。病院の、そういう場所で生き延びた。ようやく認識が追い付いた左馬刻の元へ、医師と看護師が忙しなくやって来た。
    腹を2発撃たれた。幸い内臓を擦る程度だったが、出血量が多かった。輸血で命が助かったと医師は話す。意識が戻ったならひとまず安心、すぐに一般病棟へ移れるとの事だった。死の淵にいた自身の話を心ここに在らずで聞く左馬刻は、何かを探しているようだった。
    「…一郎は?」
    再び合歓と2人きりになり、左馬刻はようやく声を出した。意識を失って1週間。少し舌が重く感じる。合歓は困ったように眉を下げた。
    「集中治療室だから、家族以外入れなくて……。今日はもう遅い時間だから帰っちゃったけど、一郎くん、毎日朝から晩まで来てくれて、廊下のベンチに座ってたよ。」
    合歓が少し休んでと言っても聞かない。毎日必ず、入る事が許されない部屋の前で背を曲げて祈るように手を合わせ、小さく震えていた。
    「お兄ちゃん、らしくないよ。」
    「…あ?」
    「毎日同じ場所に通うなんて、行動を把握されるじゃない。」
    合歓がたまにする厳しい顔に左馬刻は弱い。今は離れて暮らしているせいか、ついついいつまでも幼い妹のままだと勘違いしてしまうが、合歓は立派な大人の女性となった。左馬刻が叱られる事も増えてきた。
    「…悪い。…浮かれてた。」
    「……一郎くん、悲しませちゃダメだよ。」
    そうだ。悲しませちゃダメなんだ。
    浮かれてたんだ。ずっと。きっと出会った頃から。17歳の一郎に、初めて笑顔を向けられた瞬間から。

    左馬刻は一般病棟に移った。
    後遺症はない。順調に回復している。そんな報せを受けて、各ディビジョンのメンバーが続々と見舞いにやってきた。馴染みのヨコハマのメンバーに心配させやがってと頭を叩かれ、得体の知れない料理が差し入れされた。シブヤのメンバーからは地味な病院着など左馬刻に似合わないとカラフルなパジャマ、そして本、パチンコの景品。シンジュクのメンバーからは思い思いの手料理が。ナゴヤのメンバーは代表して獄が、空却が持たせた魔除けの札と十四手作りのぬいぐるみと共に、自身の名刺を。オオサカは簓が、数字が3つ並んだパッケージの肉まんを土産に左馬刻のベッドの隣に座り、面会時間スタートから終了までひたすら喋り続けた。
    一郎の姿が見られたのは、その来客が全て終わった頃だった。
    「…痩せたな。」
    「アンタも。」
    久しぶりに会った一郎の頬は少し痩けていた。目の下には隈も見られる。仕事が忙しかったのか。いや、そんな事はもういい。きちんとしなくてはいけない。
    一郎の笑顔を守れるのは、左馬刻だけ。

    「別れっか。」

    西日が一郎を照らす。赤と緑は伏せられた。一郎は少し口を開き、息を吸い、
    「わかった。」
    そう答えた。


    皆暇なのか、毎日入れ替わり見舞いにやって来るディビジョンメンバーに、左馬刻は言葉少なく一郎との別れを報告した。だが誰も驚く様子は無かった。乱数に至っては「良かった」と吐いた。
    月を跨ぎ、まだ暑さが残る日の朝、左馬刻はようやく退院した。合歓に付き添われ、久しぶりの自宅へ。少し前なら開ける度に胸が躍った玄関扉を、今日は開けたくない。大理石の玄関ホールに赤と黒のスニーカーは無いのだから。「ただいま」と言いそうになる口を固く結んだ。
    人の気配が無いリビングは、この部屋の本来の広さを認識させる。テレビ台に置かれていた女性キャラクターのフィギュアが無い。キッチンカウンターに赤い空き缶が無い。寝室のウォークインクローゼットへ荷物を置きに入る。半分だけ、何も無くなっていた。
    「ンだこれ。…忘れもんか。」
    クローゼットの奥に、何か1つだけ残されていた。忘れ物なら届けなくては。会う口実が出来た。途端に喜んでしまう思考を左馬刻は叱責した。これは気付かなかった事にして、大切に持っていよう。一郎の欠片を喜ぶくらいは、許されるはず。
    残されていたのは四角く薄い…
    「ノート?」
    開くとそこには、色とりどりの花の写真が飾られていた。
    薔薇、ガーベラ、ゼラニウム、チューリップ、スターチス……最後のページには水滴を纏い、少し萎れた向日葵。どの写真も隣には短い言葉が一郎の字で書かれていた。
    「あなたしかいない」
    「あなたが運命の人」
    「あなたがいて幸せ」
    「不滅の愛」

    「あなただけ見つめている」


    「お兄ちゃん、大丈夫?」
    座り込む左馬刻の背中に、合歓は声を掛けた。返事は無いが、構わずに言葉を続けた。
    「輸血してくれたのは、一郎くんだよ。」

    左馬刻が病院に運ばれたとの第一報は合歓に届いた。合歓はすぐに一郎に連絡をした。山のような仕事を放り投げ急いで向かうも、ヨコハマから離れていた合歓が到着した頃には既に、腕に小さなガーゼを貼った一郎が、病院のベンチに座り項垂れていた。

    「…お兄ちゃん、いいの?」
    「……………。」
    左馬刻は何も答えず、合歓に背を向けベランダへと向かった。ポケットからタバコを取り出し、火を灯す。思い切り吸い、空へと吐き出す。太陽はいつの間にか、遠く高く上っていた。
    紫煙を吸い窪む頬を、涙が伝った。


    「イチロー、調子どう?」
    萬屋ヤマダのビルを、ピンク色の髪を靡かせ、乱数が訪れた。左馬刻との別れから数ヶ月。ヨコハマに住んでいた頃には難しかったイケブクロに密着した依頼を再開し、一郎は忙しい毎日を過ごしていた。束の間のランチタイム。デスクの上ではカップラーメンが3分経過を待っている。乱数は溜め息を吐き、シブヤに新しく出来たデリで購入したサラダを一郎に差し出した。
    「野菜久しぶりに食うかも。」
    「おバカさん。」
    乱数だけでない。寂雷もたまに一郎の元を訪れている。空却は毎晩のように電話やメッセージのやり取り。簓からは息抜きに、とオオサカのテーマパークのチケットが送られてきたが、三郎と二郎も仕事が忙しいから、利用はまだ先になるだろう。皆、一郎を気に掛けていた。
    「落ち着いた?」
    「いや、忙しい。」
    「そうじゃなくて。」
    「大丈夫だ乱数。ありがとな。」
    嘘ではなさそうな笑顔に、乱数はとりあえず胸を撫で下ろす。

    思い出すのは1年前、定期検診に通う寂雷の病院で偶然会った一郎。どこか怪我したのか、何処か悪いのかと心配する乱数に一郎は眉を下げ、「眠れねえんだ」と笑った。夜の生活が激しいのかと揶揄ったが、どうにも様子がおかしい。
    「毎日、今生の別れだって、覚悟してる。」
    無理矢理連れて来たカフェで、一郎はグラスの中の氷を見つめながら呟いた。
    左馬刻と同じ屋根の下で暮らすようになり、夢のように幸せな日々を過ごしていた。愛し愛される喜び。言葉にせずとも伝わる、温かく大きな想い。そして大切にされている、大切だと感じる度に襲って来る、失う事への恐怖。

    左馬刻からの別れの言葉に、目の前が真っ暗になった。また、離れなくてはいけない。だが昔のように身を裂かれるような痛みは無かった。寧ろどこか安心した自分がいた。
    左馬刻の仕事はいつだって命が風前の灯にある。肌を重ねる夜、これが最後だと体に全てを刻む。仕事へ向かう背中を見送る朝、これが最期だと目に焼き付ける。そんな生活に、いつの間にか一郎は疲れていた。
    たくさんのものを貰った。形ある物だけじゃない。左馬刻に愛された毎日は、これからの人生で間違いなく宝となる。何も返せなかったけど、最後に血を分けることができた。
    これからも左馬刻の中で生きていける。そう思うと幸せだった。


    『もしもし三郎?どうした。』
    「うん。今、帰ってるんだけど…」
    萬屋ヤマダの居住スペースにある、チェスや複数のパソコンのディスプレイが置かれた部屋で、そこの主が溜め息混じりに電話を掛けていた。
    今はイケブクロから離れて暮らす二郎と三郎。左馬刻と別れたと一郎から聞いた時は、また3人で暮らそうと実家に戻る話をしたが、一郎がそれを拒んだ。今居る場所で頑張れ。たまに帰って来い。一郎はそう笑ったが、弟達は兄が心配でならなかった。
    誰よりも強く、誰よりも脆い兄が唯一甘えられる相手。癪だが、それは左馬刻以外に居なかった。今思えば敵対していた時すら、その存在は兄を奮い立たせる支えだった。
    2人は用事を作っては実家に立ち寄り、一郎の様子を報告し合っていた。今日は三郎の番。
    「元気だけど…やっぱり、まだ吹っ切れてはないよ。ラノベじゃなくて新聞を食い入るように読んでるし、アニメじゃなくてニュースを録り溜めして見てる。」
    『左馬刻の情報?』
    「…多分。」
    『連絡は取り合ってねえんだよな?』
    「うん。一兄のスマホにアクセスしたけど、発着履歴は無いね。」
    『そうか』
    一郎は穏やかに、だが萬屋の仕事は忙しく過ごしていた。弟達の思惑や不正アクセスに気付く暇も無いほど。今日は三郎の帰省に喜び、夕飯はペスカトーレだと音符を飛ばしながら買い出しに行った。
    「…何か僕らに出来ること、ないかな。」
    兄は元気に過ごしている。だがたまに見せる淋しげな表情は、三郎の胸を締め付けた。自分達が一郎の唯一無二であるように、左馬刻も一郎の唯一無二。分かっているだけにもどかしい。二郎は小さく息を吐き、三郎を止めた。
    『兄貴が選ぶ道なら、なんだって応援しよう』
    かつて兄が、そうしてくれたように。
    三郎は電話を切り、ブラインドの隙間から外を眺めた。
    たくさんの買い物袋を提げた一郎が、通りすがりのベンツをぼんやりと見つめていた。


    気が付けば一郎は、30も半ばになっていた。変わらず萬屋ヤマダのビルに住み、世のため人のためと、忙しい毎日を過ごしていた。
    それなりに恋愛もした。皆いい人で優しくてたくさん愛してくれた。爆ぜるような情熱は無かったが、幸せなひと時をもらった。だがどれも、長続きはしなかった。「何か違う」と、心と身体が訴えて、終わりを迎えれば安心してしまう。
    一生独身かも。まぁそれも人生だ。そんな事より今日はずっと楽しみにしていた予定。二郎と三郎が家にいる。一郎の誕生日、久しぶりに三兄弟がイケブクロに揃った。
    コーラとピザと鯖味噌がダイニングテーブルの上で所狭しと並べられた。俺らもう年だからそんな食えねえよなと笑い合い、ペロッと完食した。食後は近況を報告し合い、二郎と三郎の小競り合いに拳骨を落とし、ボードゲームをした。
    そろそろ日付けが変わる。風呂入って寝よう。そんなタイミングで、インターホンが鳴った。
    「なんだ?こんな時間に。」
    「宅配便じゃないよな…悪戯じゃない?放っておこうよ。…一兄?」
    怪しむ二郎と三郎の言葉が聞こえないのか、一郎は迷いなく玄関へ向かった。
    何かに導かれるように。
    ドアスコープを覗く事もなく解錠しドアを開く一郎に、二郎と三郎は焦って制止する。たとえ不審者でも一郎ならワンパンでノックダウン出来るだろう。だが今、インターホンが鳴った瞬間から、一郎の様子が明らかにおかしい。
    「兄貴待って、」
    「一兄!」
    扉が開かれる。一郎を守ろうと飛び出そうとする二郎と三郎の足が止まる。
    視界に飛び込んできたのは、沢山の向日葵だった。

    先の景色が見えないくらいに大きな向日葵の花束の下から、脚が生えていた。花の配達?まだ警戒心を解けずここからの展開に迷っている二郎と三郎の後ろで、一郎は大きく息を吸って口を開いた。

    「左馬刻。」

    少し間を置いて、花束は「迎えに来た」と言った。懐かしい声。今更どのツラ下げて!ふざけるな!と我に帰り殴りかかろうとする三郎を二郎は止めた。二郎だって言いたい事は山ほどある。でも今じゃない。
    きっと今、一郎の未来が変わる。

    一郎はしばらく黙って、「待ってた」と言った。
    二郎と三郎の前に立ち、花束を受け取る。ズシリと重い、大きな花束。
    受け取ってようやく、顔が見れた。綺麗な目鼻立ちは相変わらずだが、傷が増えたようだった。
    そして頬に、まだ新しい怪我が赤く腫れていた。


    左馬刻が襲撃され、入院、一郎との別れを経た後、火貂組は報復と言わんばかりに敵対組織を次々に潰した。どんな些細な不安因子も許さない。徹底的に抹消したのだ。何度か銃兎の世話になりながら、左馬刻は最前線で戦った。簡単では無かった。何年も掛かった。だが火貂組に大勝と、永劫の安泰を運んだ。
    そして全てを終わらせ、左馬刻は火貂組を抜けた。
    必死に止める幹部や舎弟を火貂退紅は黙らせ、頭を下げる左馬刻の前に立った。
    左馬刻が顔を上げると同時に胸ぐらを掴み喰らわせた、強烈な一発。
    吹っ飛ばされた左馬刻を無理矢理立たせ、もう一発、ではなく、今度は言葉を。
    「勘当だ。色ボケ息子。」


    「パスポートっつうの、取んのに時間掛かったんだよ。」
    「そうか。」
    今、一郎の未来が変わった。
    「兄貴、行っておいで。」
    二郎は一郎の背に声を掛けた。
    「兄貴が選ぶ道なら、なんだって応援してる」
    「一兄…いってらっしゃい…」
    大きく、いつだって追いかけてきた背中を、今度は弟達が押す。

    一郎は、左馬刻の腕の中へ帰った。


    各ディビジョンへの挨拶は1ヶ月掛かった。特にシブヤ、ナゴヤはなかなか帰してくれなかった。左馬刻の父に殴られた痕へ乱数は平手打ちを、空却は拳を重ねた。
    萬屋ヤマダは閉業するが、ビルは三郎が住み続ける事になった。家族の帰る場所を守るんだと意気込んでいた。

    左馬刻と一郎は手を繋ぎ、海を渡った。
    誰も知らない新天地で、たまに喧嘩もするけれど、2人は幸せに暮らした。

    月日は流れた。
    たくさん流れた。
    一郎の黒髪は、いつしか左馬刻と変わらない白になっていた。
    ある日、デッキチェアに座り、暖かな日差しを浴びながら、遠くない未来を話し合っていた。謂わゆる、終活。
    日本に帰るか、遺産はどうするか、どんな葬儀にするか。
    一郎は自身の棺にこの花を入れてほしいと、リストが書かれたメモを左馬刻に渡した。
    そこに書かれていたのは、
    薔薇、ガーベラ、ゼラニウム、チューリップ、スターチス……

    もちろん、向日葵も。



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