「明日の打ち合わせの件で……お前らに相談してえ事がある。」
ヨコハマの山奥、満点の星空の下で燃える焚き火を見ながら、左馬刻は真剣な声色で沈黙を裂いた。
大事な話があると集合がかかり、銃兎も理鶯も固唾を飲みその時を待った。
明日は久しぶりにディビジョン代表メンバーが顔を揃えるテレビの打ち合わせ。ヒプノシスマイクの使用こそ無いが、ラップライブをするのだ。このMTCがラップをするならば、楽しく円満になんてハナから御免。牽制と圧倒、レベルの違いを見せ付ける良い機会として存分に暴れるまで。
左馬刻による招集は、その作戦会議……
「一郎に……なんて話し掛けたらいいと思う?」
ではなかった。
「知るかドマヌケ‼︎」
「落ち着け銃兎。」
「知るかってなんだコラァ‼︎俺たちに裏切りは無しだろうが‼︎」
銃兎と左馬刻の怒号が落ち着いた頃、理鶯の手作りハーブティーを啜りながら、三人は本題に戻った。
「とりあえず、金輪際口が裂けても「クソ偽善者」は言うな。特にクソはやめろ。」
「親しき仲にも礼儀あり、と言うだろう。まずは関係を立て直す意味も込めて、敬意を持って話し掛けるのはどうだろうか。」
「なるほどな。敬意か。俺様には到底敵わねえがそこそこのラップスキルをお持ちになった一郎。こんな感じか。」
「違う違う違う違う。全部違う。」
一郎が絡むと知能指数が思春期で反抗期な厨二になるのは何故だろう。理鶯はテントから紙とペンを持ち出した。
「まずはゴールを決めるのはどうだろう。それによってセリフを予め決めておけばスムーズに会話ができるだろう。左馬刻。貴殿は山田一郎とどういった関係になりたい。」
「関係?」
「うむ。たまに顔を合わせる時に、今までのような険悪な雰囲気ではなく軽い世間話ができるような関係か、もしくはたまに二人で食事に行く関係か、もしくは」
「一緒に住んでセックスする関係。」
「oh……」
「何億光年かかると思ってんだこの浮かれヤクザ……」
星空はいつの間にか太陽の光によって姿を隠し、焚き火の火もすっかり小さくなった。山の朝は静かで清廉とし空気に満たされている。が、その空気に似つかわしくない騒がしい三人が、大声で祝杯を上げていた。
「ヤベエな。完璧なシナリオ作っちまったじゃねえか。これ夜には俺様一郎を抱いちまってんじゃねえか?」
「フッ……全く気が早えな左馬刻は。だが間違いなく夕飯は一緒に食えているはずだ。このシナリオは秀逸過ぎる…!」
「これほどに緻密な作戦を組むとは、左馬刻、銃兎、貴殿らはやはり良き軍人になる。この攻め方で陥落しない敵など居ないだろう。」
A4サイズの紙31枚にびっしりと書かれた一郎に掛ける言葉、幾つにも枝分かれしたその後の展開、そしてその一つ一つに対する何パターンもの行動。なんなら声のトーンまで決められており、某ミュージカル劇団もびっくりの台本、もとい『一郎なら俺の隣で寝てるけど?』シナリオは完成した。
「左馬刻、急いで帰って支度しねえと間に合わねえぞ。」
「打ち合わせは昼だったか?」
「だな。帰ってシャワーと着替え……隅々まで洗わねえと。ちんこの隅々まで……な。」
「ハッ!浮かれてやがる。」
「入念な準備はその後の戦況に大きく影響する。良い心掛けだ左馬刻。」
場所は東都のテレビ局へ移る。
ディビジョンリーダーのみの召集だが、ヨコハマの絆はそんな些細な縛りに臆さない。国家権力とコネを武器に銃兎と理鶯は同行し、左馬刻を陰ながら見守った。
「……そろそろ打ち合わせが終わる時間か……」
「うむ。会議中は左馬刻と言えども大人しくしているだろう。問題はこれからだ。」
「おっ、出てくるぞ……!」
会議室の扉が開き、賑やかな、和やかな雰囲気で6人の男たちが姿を見せた。
最後尾には館内禁煙を無視した我らがリーダー。タバコのフィルターを噛む様子から、落ち着きがないようだ。恐らく、緊張しているのだろう。
(頑張れ左馬刻……!)
(まずは敬意だぞ左馬刻……!)
銃兎と理鶯は壁に身を隠し、固唾を飲んでこの後の展開を待った。
声を掛けるタイミングが掴めず、一郎を健気に見つめる紅い視線は空振りばかり。
ようやく届いたのか何気なく、一郎が左馬刻の方を振り返った。
今だ‼︎
「おいコラ一郎さんよぉ……」
(よし!敬意を持った!おいコラはちょっとアレだが‼︎)
(良い攻め口だ左馬刻……!)
(この後飯でも行かねえか?だぞ‼︎頑張れ左馬刻‼︎)
(笑顔を忘れるな左馬刻……!)
「……まさかこの俺様に勝てるだなんて思ってねえだろうなぁ?」
((終わったーーーーーーー‼︎))
「……で?なんであんな事言ったんだ。」
「あれほど慎重に進める作戦だったろう。」
「…………。」
ヨコハマの山奥、満点の星空の下で燃える焚き火を死んだ目で見ながら、左馬刻は沈黙を続けた。
銃兎と理鶯によって同じ質問が重ねられても、逆ギレする気力すら残っていない。
「全く……。隅々まで洗ったpenisも頭の双葉と同じく萎れてしまいましたねぇ。」
「penisに関しては触れてやるな銃兎。デリケートな部分だ。しかしせっかく隅々まで洗ったのに……残念ではあるな。」
今ちんこの話とかどうでも良いだろうがクソがと叫ぶ元気すら残っていない。
打ち合わせ中、テレビ局からの説明など上の空で、ずっと一郎を見ていた。
真剣な顔。愛想笑い。難しい話を分かったフリして全然分かっていない顔。ワクワクした顔。
全部独り占め出来たらいいのにと、願わずにはいられなかった。願いはマッハエンジンとなり、鈍った思考でアクセルを掛ければ爆音を立て暴走した。全て間違えてしまった。
が、左馬刻は一つだけ、自分を褒めてやりたかった。
「地べた舐めさせてやんよ……」
このセリフだけは、これで良かったと思っている。これでも自制したのだ。ブレーキを掛けたのだ。
暴走車は事故こそ起こしたが、幸い怪我人は左馬刻だけで済んだのだ。
もし、も。ブレーキが遅れたら……
「ちんこ舐めさせてやんよ……」
危なかった。