同じ穴のむじな「本当に辺境の地だな・・」
「来るとき、タクシーの運ちゃんに降ろされたもんねぇ」
「ああ、笑えたな「ここから先バックで下がることもできないくらい狭くなるんで」って。まさか、
降ろされて1キロも山の中を歩かされるとは思わなかったもんなぁ」
「ヒールなんて履いてくるんじゃなかったわ。まさかこんなところだとは思わなかった。」
「山に行くって言ったろ。大体、旅行ってのはどこに行くにも歩きやすい靴で行けって言うよな。」
「私はどこに行くにもヒールよ!」
「そうですかい」
部屋の端にある、縁側の椅子に座って、ビール片手に、女と庭を見る。
いかにも仕立てられた美しい庭園ではなく、山野草を少し手入れしただけの庭で、近くには水車や井戸があり、畑や家畜の小屋があった。
しかも宿自体が相当年代ものの古民家ときている。
東京のような大都市ではないが、地方都市の、それなりに栄えている繁華街の中で生きている身にとっては、この風景はちょっとしためまいを起こさせた。
「私、沖縄が良かったわぁ」
「ここを離れたらすぐ行こう」
「本当!?今、今行きましょう!」
「確認したら、すぐ離れるよ」
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「失礼します。」
ガラリと障子を開けられる。
こんな田舎くんだりまで来て、俺の目当てである女将と、やっとご対面することができた。
見た目はかなり若い。化粧もしていないのでわかりにくいが、肌の感じからまだ三十代と言ったところか。
三十代だったら…
まあ、ありえなくはない。
「この鮎は山から降りたところの、○○水産のものを使っております。煮物や和え物は全て無農薬、自家製でして…」
料理の説明をぶった切る。
「女将、あんた神田商事の神田昌大って、知ってるか。」
「は…?」
「えーと、かんだ…?」
ガチャガチャと、鍋に火を付ける動作を続けている。
明らかに反応が、「知っている」それじゃないとわかった。
普通、ただならぬ男女の仲であれば名字だけでもハッとするものだ。
「ここで、どっかの社長のオヤジと恋仲にあったって話してる女の従業員はいないのか。」
「年の功は…オヤジが62だから…せいぜい40から上の…。」
「社長さんと?!おりませんよ。ここら辺のものは、皆身内のようなものですから、そんなことがあればすぐわかります。」
「・・・そうか・・・」
宿を間違えたかな?・・・しかし、吊り橋に宿名の看板があり、橋を渡った、古民家の宿といったらここしかない。
しかも宿名は確かに「まぐら温泉」と手紙にはっきり書いてあった・・・。
まあ、突然来た客にそんなことを女将がぺらぺらと話すこともないか・・・。
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最近、おやじが脳梗塞で亡くなった。
俺はおやじの商売のやり方に反発して、15の時から家を出てしまっているので、情とかそんなものは特になかったのだが、
会社の跡取り問題やら、遺産相続のことで急に本家に呼び出されることとなり、ここ何か月かバタバタ忙しかったのだ。
後釜は社長を支えてくれた専務が妥当だと思ったし、(俺の母親はむちゃくちゃ反対したが)遺産も、ほぼ縁を切ったような
者にでも少しばかりくれるというなら、もらいましょうかという程度で、血眼になってまで欲しいとは思わなかった。
だが、遺書があった。その内容に、母親は目を剥いた。
「財産の3分の1を梁田竹広に譲る」
「そめ・・・じゃないよな・・・・えーと・・・なんて苗字だ・・これは」
「やなだ、たけひろ、だよ!!クソバカが・・・・」
「誰?」
「・・・・・・・!!!!!」
突いてはいけないところだったようで、母親は顔を真っ赤にしてづかづかとドアまで歩き、勢いをつけてそれを蹴っ飛ばした。
蹴った本人が痛いだろう鈍い音がなり、それをいまいましく開けた後、けたたましい音を立ててドアを閉めて去っていった。
どうやら、あのドアの閉めた音が返事だったようだ。「あんたの腹違いの子だよ!」ってかぁ?
そんなドラマみたいなと思うけど、あの女好きのおやじのことだ、俺以外に子供が2~3人いてもおかしくはねえ。
現に、死ぬ直前までおやじを看取ったのは3か月前キャバクラで知り合った女だ。母親ではない。
その母親でさえ別に男がいる。まあ、母親は母親なりにおやじの仕事に相当貢献してきたので、なんの苦労も共にしていない女の子供
へと財産がいくのははらわたが煮えくり返る思いだろう。
息子の気持ちを締め出して、好き勝手やってた夫婦が、会社が、おやじが死ぬことでバタバタと慌てふためく様子は
見ていてとても面白いことだった。
俺はその腹違いの子供に興味が湧いた。
何かそれらしきものはないかと、おやじのものを漁ってみた。
地下の倉庫にある金庫の中から見つけた錆びた菓子の缶の中に、それはあった。
おやじの書斎にある普通のアルバムでさえ、何百枚ものおやじと女性のツーショットで写っている写真があるので、はじめは早々にあきらめかけたが、
地下にあるのではないか、と思いついた。
祖父が亡くなった時に、ひっそりと地下に行き、一人で誰にも邪魔されず傷心していたおやじを思い出したのだ。
何故地下の倉庫を汚したままなのか。それは、おやじの弱みを隠すためのものだったのだ。
それは古びた手紙だった。
『きみときみの住む土地の清さはぼくの唯一の心のよりどころです。ぼくは一体何に駆り立てられているのだろう。と、きみを想うたびに思います。
きみとぼくの子供に会いたい。会って一緒に暮らしたい。会社も何もかも、妻も捨ててきみと寄りそって生きていけたら・・・』
手紙の住所は、ここまぐら温泉になっており、手紙の内容も女性がここで働いていたことを思わせる文章になっている。
宛名も温泉名で、手紙で書いてある名前もひとつもなく、「きみ」と「ぼく」のみで構成されている。
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・・・・・・・・・。
なんだか、面倒になってきた。子供の名前が「梁田竹広」というだけで、ほかに何もわからない。
手紙の切手の日付も古びていてよくわからなかった。
「もういいや。おい、あとで一緒に風呂入るぞ」
「えっ 他にお客さんいたら嫌!共同風呂なんでしょ?」
「女将、今日ほかに客はいるのか?」
「へ?へ・・・今日はお客さんだけですけど・・」
「うちは4家族さましか入れませんので・・・今日はお客さんしか予約がありませんので・・・」
「そ、それではわたくしはこれで・・・失礼しました。」
何かを察したように、そそくさと女将は部屋から出ていった。
「わ~古い檜風呂ねぇ!ちゃんと洗ってるのかしら・・・」
「こういうのも味じゃねぇか」
「ハデがましいラブホももう飽きたろ」
「うーん私はラブホがいい。色々揃ってるし。ウフフ」
「ほんとにお前はスケベな女だな」
「やだ、見さんこそ。あっ、いや、洗ってない!」
「俺が洗ってやる」
若い男女、肌と肌を合わせて戯れていればすぐ本気の熱に変わるわけで。
狭い浴槽でお互いの荒い息が湯気とともに立ち上る。
からから、と戸のほうから、音がしたような気がした。
行為に夢中で、「まぁ、多分誰か廊下を通ったんだろう」くらいにしか思わなかった。
女も、壁がけっして厚くはないだろう古民家、誰が聴いているかもしれないということもあいまって興奮し、声を大きくしてしまう。
いよいよ我慢できなくなった矢先に、背中が突然ひやっとした。
何かがおかしい。違和感が背中を通って行った。
「・・・・・・・・」
俺は行為を止め、周りをぐるりと見まわした。
おかしい。さっきそこにあったものがない。
「・・・・・・・」
「ちょっと、どうしたの?・・・・もしかして、イった?」
女の頭をぱしんとはたいてばーか、と呟く。
「!」
「…なるほどね」
「どうしたのよ!」
「ふん、お前はそのままマグロになってアンアン言ってろよ」
戸のスキマが、10センチほど開いている。
さっきの違和感はその戸から、誰かの気配を感じたからだ。
浴槽の上部にある窓も、少し開かれている。
つまり覗かれていた。
思うに、はじめ上から覗いていたんだろう。角度から見えなかったのか、我慢できずに直接覗きに来たとみた。
女将は、他の客はいないと言っていた。なら、従業員の誰かだろうか。
「まいったねえ、ここの宿は客のスケベが珍しいのかい」
「まあ確かに 年寄りしかこなさそうな雰囲気はあるがな」
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部屋に戻って二人で晩酌をする。
「ねーぇ見さん、頭くらくらするぅ」
「地酒かな、結構度が強いのな」
「確かに、ちょっとくるな」
「風に当たってくる。ついでにタバコ吸ってくる」
「ねーえ、私もう寝てるかもぉ」
「勝手にしてな」
ガラッと勢いよく引き戸を開けると、足元に何か大きなものがあり、そこに引っかかったことがわからず、急に酔いが回ったものかと勘違いをした。
「うわっ!」
よろけてバランスを崩し、その大きなものにおおい被さってしまった。
酔いじゃなく、この「もの」に引っかかったのだと気づく。
「なんだよぉ…いてえな。」
体勢を立て直すのに、その「もの」を掴んで足に力をいれる。その布地の感触に、ようやくそれが人だと気づく。
その人の顔は、俺が立ち上がるために力を入れて掴まれた肩の痛みに、顔を歪ませていた。
「あっ、すまん。」
ぱっと、急いで体を離すと、その人の顔の歪みはとれて、
そして、俺はその顔に釘付けになった。
奥二重の、控え目な、黒目がちの瞳。
鼻根から鼻先まで凹凸なくスッと高く伸びた鼻筋。
エラから顎にかけての線がほどよくシャープで、顎下の肉もなく、ほっそりした美しい輪郭。
うっすら赤く色づいている、上唇より少し厚い下唇。
化粧も何もしておらず、肌はきめ細かく、張りがあり、無駄な脂肪もなく、シミひとつついていない。
髪は短く、前髪のサイドは横に流され整えられており、耳にかけられていた。
何も飾り付けていないのが、より本質を目立たせていた。
楚々で清純な、本物の美人だと思った。
その人の着ている浴衣が、俺が掴んでしわくちゃになり、胸元まではだけてしまっていた。
鎖骨と肩の間にくぼみがあり、胸郭が張って、はっきりとした衣文掛けのように張った、美しいラインの肩である。
転んで被さって悪かったとか、そんな謝罪より先に
「おい、なんて美人さんだよ。たまげたね。」
「…!」
関心したように、つい、そんな言葉が口から出てしまった。心の底から、目の前の美しいひとに感動したからだ。
「なんで部屋の前でしゃがんで・・・あ・・・」
「ん・・・?」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前さんだな?」
「……………!!!」
この部屋は2階の端だ。今の時間に仲居がなんの用があるというのだ。
こいつだ、こいつに違いない。
言われて、なんのことかすぐ理解したらしい。顔を真っ赤にして、体を震わせた。
「アハハ、そうか、お前さんかぁ」
「いいんだぜ、そんなたいそうにしなくてもよ。」
「はじめはビックリしたけど、こんな美人に覗かれてたなら、もっとはりきったのに。」
ハハハと笑い飛ばす。こんな美人なら、痴女でも大歓迎だ。
「…今も、もしかして致すところだと思って覗きにきたのか?」
バレてしまったショックからか、肩をはだけたまま、放心して固まっている。
「おいおい」
仕方ないので、両脇に手をかけて立ち上がらせようと力をいれる。
「ちょっと、おい、どういうことだい」
相手に力が入ってない。腰が抜けているようだ。
抱き上げた時に、顔を見合わせ目が合うと、相手の頬がかっと赤くなり、あわてて横を向いた。
こちらに向けた小さな耳たぶが、赤く染まって可愛らしかったので、
つい、
スン、と鼻先を耳に押し付けてしまった。
「あっ!、」
結構な大きめの声が出て、俺もビックリした。
その声は嫌悪なものではなく、怖くて上げた叫声でもなく、
はっきり「感じている」声だった。
これはこれは。
参ったね、こんなところまで来て、収穫もなくそのまま帰るのかと諦めていたところに。
こんな棚からぼた餅があるとはね。
部屋に戻り、今回の旅行と称した兄弟探しに連れてきた、女の様子を見る。
思った通り、台につっぷしてすやすやと眠っている。
俺は特定の恋人を作らず、彼女も、そんな俺の気まぐれに付き合う手軽な(貴重な)女性のうちの一人だった。
部屋の戸をそっと閉めて、廊下に戻る。
立てない彼女を、ヒョイ、と横に抱き上げて俺が泊っている隣の部屋へ入れようと、鍵を促す。
「覗くつもりだったんだから、鍵を持ってるんじゃないのか?」
俺の顔を怖怖と、だけど半ば期待している表情で見上げ、そろりと帯から巾着を取り出した。
鈍色の輪のキーリングに、じゃらりと、全室の合鍵がついていた。
鍵を開けるためにいったん彼女をおろす。戸を開けて、彼女をまた脇から抱え上げて腰を抱いたまま連れて歩く。
部屋の中央で止まり、明かりをつけて一息つく。支えたまま、立っている彼女を上から下まで、全身をまじまじと見定める。
先ほどは顔ばかり見ていたが、こうやって全体で改めて見てみるとまったく本当にうつくしい。
背は俺より10センチほど低いだろうか。女にしては高いほうだ。小顔で、すらりとした肢体、柳の葉のような
しなやかさを持ちながら、そして不思議な力強さを感じた。
強いて否を言うなら、胸が全くない。
だけど、このしなやかな体に、胸があったら違和感を感じる。彼女の美は、ある種、このバランスをもって完成されていた。
「あんた、客のあれを覗いておかずにしてるのかい?」
「それとも、客を誘って食ったりしてるのかい、こうやって部屋に連れ出されたり連れ出したりして」
さっきの喘ぎ声で、少なからず興奮している自分がいた。
美人で、ゆきずり、無駄にぺちゃくちゃと身の上を話さなくてもヤらしてくれる状況。据え膳食わぬは男の恥ってね。
脇から背中に手を回し、抱きしめて耳元に息を吹きかける。
「あ・・・あ」
ガタガタと震えだし、足元が崩れ落ちる。
「おいおい、また腰が抜けたのか?」
「相当な好きものだな、フッってしただけだぞ。」
そのままゆっくりとしゃがませて、畳に押し倒す。
「キス、してもいいか」
「・・・・・・!!」
目を見開いて驚く。慣れてるだろうに、何を驚くことがある?少し間をあけて、体をこわばらせながらも、こくん、と頷く。
にやり、と口角をあげてすぐ、その小ぶりで艶のある唇にかぶりつく。
「ん!」
唇を合わせた瞬間に、俺の両腕をぎゅっと掴み、呻きだす。
「んん・・・ん・・・・」
よっぽど飢えてるのか感じやすいのか、俺の腕をちぎらんばかりに握りしめて、覆いかぶさっている俺の胴体を両足の膝で締め付ける。
その大げさな反応に嬉しくて、すぐ舌をねじこんでしまう。
「ん!!あ・・・ ん・・・・っっ」
舌先で、逃げる舌を追いかけて優しくねぶってやる。
何に耐えられないのか、頭をイヤイヤ、と左右に振って、俺の身体をがむしゃらにひっかいて、どんどん、と胸を叩く。
たかがキス程度で、ここまで反応されたのは初めてだ。
俺はさらに気を良くして、挟まれた彼女の身体にあそこを押し付けながら、頭を左手で固定して角度を変えて口腔内を舐めまわした。
「!!・・・・!!・・・・」
しばらく執拗にそれを続けていると、
手足のがくがくしたと震えが収まり、挟んで締めていた膝もまっすぐに伸びてぺたん、と四肢が床に落ちたのがわかった。
唇を離し、腰の動きをとめて距離をとって様子を見る。
顔を真っ赤にして、涙を流して放心している。
目の焦点があってない。
「ん?ちょっと無理やりすぎたか」
もう一度、唇に軽くキスをしてみる。・・・・・なんの反応もない。
「・・・おい・・・」
頬を手のひらで撫でる。
開いた浴衣の裾から伸びたすらりとした足を撫でる。すべすべした感触を指の腹と手の平で味わいながら、上のほうに滑らせていく。
すると、ある地点でよく知っているような、布の感触に出会った。
「ん?」
ガサガサ、と確認するように触る。まさか、と思って浴衣の襟下を左右に開くと、見慣れた履物が目に入った。
・・・・・・・・・トランクス・・・・・・・・・だ・・・・・・・。
そして。中心の前開きのところに、シミがついている。・・・・
まさか まさかの・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「男の子・・・・・・・・・・・・なのか?」
何故「子」をつけたか。
女性であっても、若いだろうと思っていた。だがしょせん自分は男なので、異性の年齢はある程度しか推測できない。
せいぜい若くてもハタチそこそこだと思っていた。ここで仲居をしているし、まさか十代ではないだろうと。
だが、同性という事実を突きつけられて、それが見慣れた自分のものと比べると、目の前の人間はあまりに自分とかけ離れていて。
若くなくては、おかしいと脳が決めつけた。
今さっきまで賛辞していた彼の魅力は、すべて「若さ」で、いったん片付けられた。
それくらい俺は今、混乱していた。
「・・・・・・・出ちゃったか。」
目の焦点がやっと定まって、それが俺の目と合うと、彼は真っ赤になってこくん、と頷いた。
その姿を見て、急速に俺のスケベ心が引っ込み、思春期の時の甘酸っぱさにすり替わるのを感じた。
「初めてか、キスは。」
こくん、と頷く。・・・・・・・なんてこったい。
「18くらいか。大学行かずに、ここで働いているのか。」
「・・・・・・・・・」
目をうろうろさせて、気まずそうに答えた。
「1・・・6・・・さいです・・・・・。」
「・・・・・・!」
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・なんて、こったい。
続く( ´∀` )!