アモバンワード俺様は小さいころから物分かりが良くて、親にはよく手のかからない子だったと言われていた。だけど、15歳になってそれは一変した。眠れなくなってしまったのだ。
心当たりはたくさんあった。ジムリーダーの話、夜間のワイルドエリアの巡回、バトル研究にスクールの課題。当時の俺様は目まぐるしい日々を送っていて、気が付かない間にストレスがたまっていたのかもしれない。けど、決定的な要因は間違いなくダンデだった。眩いそれは、寝るときにさえ燦然と輝いていて、寝るにはあまりにも明るかった。目を瞑るたびにちかちかとフラッシュバックを起こす。砂っぽい空気。熱風にまかれる杜若色。汗が肌を伝う感触。心臓から跳ね上がる体温。耳に残る重低音。数秒遅れて、それが相棒の倒れる音だとわかった時の心臓が止まったような血圧だけが上がっていく感覚。何回も負けているうちに体に染みついてしまっていたのだろうか。目を瞑るたびに反芻されるそれが怖くて仕方がなかった。自分が同じところに停滞しているかのようだったのだ。
一人の夜は案外怖いものだ。夜の冷えた空気が得も言われぬ寂寥感に拍車をかける。子供だったおれは、一人で夜道を歩くこともできず、慌ててお母さんを起こすことしかできなかった。お母さんを起こしたとて、何か変わるわけでもないのだが、針がてっぺんを過ぎた時間に起こしても怒らないお母さんにひどく安心した。優しいお母さんは、俺様が眠りにつくまで子守唄を歌ってくれた。お母さんの柔らかい手が頭皮を撫で、ほのかに香るシャンプーの匂いに安心して、やっと眠りに付けたのだ。
そんな生活が1か月も続き、バトルでは散々な結果ばかりになった。あの日だって、事前に練っていたことの一つだって成果を出すことができなかった。
「キバナ、今日のあれは何だ。」
まだ汗も引かないうちにそうダンデは言い放った。その日はプライベートでダンデとバトルをした。そこまで仲が良かったわけでもないのに、半ば強引にダンデに引っ張られ、ワイルドエリアまでキャンプをすることになったのだ。俺様的には気まずいったらありゃしない。だからこそ心穏やかに過ごそうと決心したところなのにこんな小言をされてはたまったものではない。
「…見ての通りだろ。」
明らかに不機嫌そうにそう答えた。ダンデがどう反応するのか、怖くてまともに表情を見ることができなかった。首に芝が当たって気持ちが悪く、ダンデとは逆のほうを向いた。こんなの言い訳に過ぎないけど。しばらくしてもダンデからの返答がなく、沈黙が怖くてまくしたてるように言葉を続けた。
「何か文句があるならはっきり言ってくれよ。それとも何?お偉い先生にでもなったつもりか?間違えは自分で考えろってな。」
バトルをしているわけでもないのに、体温がひかない。いやに風が心地よく感じられた。
「そうじゃない。なあ、キバナ。」
瞬間、空気がゆれた気がしてそちらに目を向ける。
そこには太陽があった。すべてを焼き尽くすような輝きではなく、布団に香りをつける温かい日がそこにあった。
「オレはキバナのことなにも知らない。バトルでしか君を見れない。でも、これだけは聞いてくれ。」
「また、バトルしようぜ。」
あの時のお前の言葉は、今でも子守唄だよ。