遅刻バレンタインワタイエチョコレート食べたい。
今食ってるものはなんだ言ってみろ。と目の前の男に指で額を弾かれた。痛い。でもそんなじゃれ合いでさえ彼が手加減してるのは、ボクはとうにわかっている。
それからワタルはこちらに一瞥もくれないで、ヒデノリおじさんから貰ったみかんを食べている。大雑把に皮をめくって、白い筋を一つも取らないで食べちゃう。ボクはあの白い筋を限界まで取って食べるのが好き。
「ワタルおみかん好きだね」
「まあな」
デコピンされたおでこから弾かれた感覚を忘れた後。
テーブルの上に置いてある既製品の板チョコを口に入れて、さっきまでチョコレート会社の策略を表していたテレビを見る。テレビはCMを終えて、ボクとワタルが見るものがない時お決まりで見ているお昼番組を映した。最近オープンしたばかりの百貨店の宣伝をしている。にこにこと女性アナウンサーが、マイク片手に洋菓子の店長さんと思しき女性と会話をしていた。
ああ、またチョコレートが映った。どこどこの国のナントカさんというすごいシェフが作ったなんちゃらチョコレート!と画面いっぱい楽しげに紹介するけれど、チョコレートにそこまで知識がないボクにはどれだけすごいのかピンと来なかった。一粒あたり500円はするであろう未知の世界に、ボクの心はなかなか踏み込めないでいる。
それでも明るいぴかぴかの床、眩い店内照明、透き通る様なショーケース、色とりどり装飾されたお菓子たちにボクは釘付けだ。惑星のようなデザインのもの、赤いハートをもしたコーティングされたもの。ダイヤモンドのようなデザインのもの。高級チョコレートに購買欲はあまり湧かないけれど、そんなテレビの中のみたことのないカラフルなお菓子たちに心踊った。
「あ」
口の中で柔らかくなった板チョコが、2つに引き裂かれてあっという間に溶けていく。このじわりと広がり消えていく美味しさは大好きだけれど、すでに口の中は甘いものが食べたくって仕方がない。でも残りの板チョコを食べる気にならなくて、期待を含ませてワタルを見た。
ボクの視線に気づいたワタルは何も言わず横目で見ると、みかんの最後の一口を食べた。ボクが何をいいたいのかをわかっているかのようだ。
「ねえワタル」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃないですか」
「百貨店に連れて行けとでもいうんだろ。混むから土日はだめだ」
「えーー」
綺麗に広げられたみかんの皮は彼の手の中に収められて、すぐ隣のゴミ箱へ。
おやつも食べ終わって完全にリラックスモードのワタル。この後は庭のお手入れか本を読むかポケモンたちの相手をしにいくことが多い。
諦めきれないボクはワタルの顔を覗き込む。出来ているか分からない上目遣いでお願いしたら、たまぁに聞いてくれるのだ。何だかんだで彼はボクに甘いとわかっているから。
「ボク甘いものが食べたいんです」
「まだ板チョコがあるだろう」
「そういうのじゃなくってぇ」
「……」
そんなラリーを少しばかりすると、ワタルは鼻から息を洩らして天井を仰ぎ見た。彼の切長の目はテレビの上に設置した壁時計を見やる。秒針の音が鳴らないタイプの時計は、彼がこだわって買ったものだ。
食べかけのボクの板チョコを手に取ると、重い足取りでキッチンへ向かっていった。ボクには届かない位置にある戸棚からワタル用に買ったビターチョコレートを取り出し、冷蔵庫を漁り始めた。
流したままのテレビは百貨店の紹介は終えて、知らないコメディアンが街ブラロケをしていた。小さなお店を営んでいるおじいちゃんがお話ししている。
「じゃあガトーショコラでも作ってやる。それで我慢しろ」
思いがけず、一時間程でボクの板チョコはガトーショコラに姿を変えてテーブルの上に現れた。
長方形の形だったものが2.3切り分けられて、ボクのお気に入りのお皿に並べられる。サービスと言わんばかりに、ボクのにだけバニラアイスクリームが添えられた。一緒に差し出されたカルピスは、きっとボク好みの濃さで用意されているのだろう。氷が溶ける量も考えての配分だ。
惑星のようなデザインのもの、赤いハートをもしたコーティングされたもの、ダイヤモンドのようなデザインのもの。高級チョコレートに購買欲はあまり湧かないけれど、そんなテレビの中のみたことのないカラフルなお菓子たちにさっきまで心踊っていた。
ボクが触れたかったものとは違うんだけどなぁと思ったけれど。
いつものワタルからは出てこないお菓子たち、口の中に広がるほろ苦さに、非日常を味わったので良しとしておいた。
「そういえばワタルってチョコレートもらったことないの?」
「まあな」
「ふぅーーん」
「……フスベにはそんな文化はなかったからな。里を出て初めて知った」
「……ふぅーーん」
リハビリ