ぼくらのヒーローコンビニ編バイト経験者の皆、特に接客業の奴、特徴的なお客さんにあだ名を付けた経験は?
俺は無い。なぜなら俺の時間帯に来る超特徴的な常連さんは多分本人の有名人で、たった一人しか居ないからだ。
特徴は結構わかりやすい。時刻は目安で4:30過ぎ、そんなにゆっくり開く訳でもない自動ドアに長い足を差し込むように入ってくる白いズボンとブーツが見えたら確定。赤いマントに帽子、人目を惹く自然な白っぽい髪、コンビニの強い明かりだと白にしか見えないけど、ファンの子には銀髪って言われてるらしい。さすが人気退治人作家、イケメンって得だな。
ここまで言ってしまえばネタバレも同然なほど、こんな派手な人間はもちろん新横浜に一人だけだ。
「退治人ロナルド」
必ずタバコをカートン買いするヒーロー、ド派手な常連さんの御成りである。
隠す必要も無いほどの有名人である長身の彼のルーチンはこうだ、飲料コーナーからエナドリと加糖コーヒー、偶にゼリー飲料とか飴とか、何かの弁当を携えて音もたてずに置くと、決まった番号をカートンでお買い上げ、高額納税ありがとうございますと心の中で唱えているうちに乱暴ではない程度の急ぎ具合で素早く退店。良客である。
強いて言うならこの人どんな食生活してればこのやや荒んだ世の中で退治人やっていけてるんだろうという点だけ非常に気になる。そりゃあ別のコンビニも使ってるだろうけどさ、偶に買う食事の内容がこの身長に見合う量じゃないんだよ。興味ないなりに何となく印象に残ってる合計金額はタバコ代に千円ちょっと足したくらいで、とてもじゃないけど肉体労働者の買い物とは思えない。この街で退治人やってて名前が知れてるってことは多分金持ちなんだろうし、それに書いてる本もめちゃくちゃ売れててエッセイ本なのにずっと書店に平積みされてるって事はこんなコンビニバイトなんてメじゃないくらい稼いでんだろ。それなのに、深夜の人間向けの店があんまやってない時間にやっすいおにぎりとかラーメン買って帰るロナルド様が結構な頻度で見れるという訳で、こんな世の中やってらんないなというのがようやっと大人の階段上って、酒もタバコも咎められなくなって、好きなものの為にバイトしている大学生の率直な意見である。ヒーローなんだからバイト中だろうと夢見させて欲しいもんだ。
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ヤニカスヒーローのオーダーが少し変わった。
なんか最近タバコの在庫減り遅いなと思ってたら、まさに彼の買う量が減っていたのである。まさかこのいかにもクールキャラな二枚目みたいな人が喫煙量を減らすとか、健康診断でも引っかかったのか。てか会社の健康診断って何調べんだろ、社会人が受けてるからきっとなんか意味はあるんだろうけど学生はちっとも中身を知らないものだ。シフト終わったら調べよ。
棒ではなくバラで購入されたフィルム付きの箱がペットのコーヒーに濡れてくっついた袋をマントと一緒に小脇に抱えて、少し猫背の有名人はいつも通りさくさく退店していく。別に店の売り上げがどうなろうか知ったこっちゃないけど、不経済なタバコを大人買いするのに憧れていた俺の気持ちは少しばかり沈んだ。
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天変地異である。
「有料のレジ袋お付けしますか」
「頼む」
買い物かごいっぱいに詰まった袋入りの飴と棒付き飴の山。最初は何かの買い出しとかかと思ったけど、種類も値段も気にせずばかすか買う様子はどうもそういったやつからは遠い。
おいおいどうした退治人ロナルド様、片っ端から全部レジ通しても前ほどの金額にはならないが、それでも菓子だけでとなるとかなり大した額である。
タバコのカートン買いをやめたこの客は、次はどうやら飴に目覚めたらしい。もうこの量なら通販とかの方が安いんじゃないかな。
有名人観察は楽しいので乗り換えないで欲しいが、お客の心はお客しだい。なるほど営業努力っておもしれー客を引き止めるためにあるのか、でも客の禁煙なんて誰が予想できるかよ。買う量減ってきてたしまさかとは思ってたけどさ、まさかこのストレス社会にタバコ手放せなさそうな派手なイケメンがやめるとは思わないじゃん。
いつも通りの気の抜けた挨拶で人を見送った後、最近めっきり俺のシフトで減らなくなったシンヨコハマルボロを振り返る。
まあ、別にタバコなら減らないのは楽でいいんだけどさ、もうしばらくしたら俺もバイト辞めて社会人とかになる訳だし、陳列棚のタバコの番号どれがどれとかずっと覚えてちゃいらんないけど、退治人ロナルド様のお気に入りのタバコくらいは覚えてて、見かけた雑誌に載ってる彼を赤マルの人って言うくらいはいいだろ、ほら、古参っぽくて。