ストーカーと王子とアオタケ「何か、隠していることがあるな?」
とハイジが聞いた時、神童はトマトを裂く手を止めたが、視線を上げることはなかった。相手は灰二だ。今更作り笑いしても無駄だろう。全てを察している神童は、そのままの表情で答える。
「隠しているのは僕だけじゃないでしょう。ハイジさんにも、心当たりはありませんか?」
逆に問われることになり、ハイジの瞳に戸惑いが映った。神童は背後を確認するように振り向く。誰もいないことを知り、ぽつりと呟いた。
「王子にストーカーがいる」
ハイジの耳にだけ届いた声は、いつもより数段低かった。そして誰かを特定し、恨むような声音を知り、ハイジは眉をひそめることになる。
「神童は犯人を知っているのか?」
トン、トン、トンと規則正しく響くのは、キャベツを切る音だった。ハイジの声に反応することなく、神童は口を結んでいる。なにも答えない、という意思を汲み取り、ハイジは一人俯く。
「……分かった。王子を守りたい気持ちは、きみも俺も同じだ。王子に危害が及ぶ前に、今後は皆で犯人を突き止めないか?」
なかなか悪くない提案のはずだ、とばかり拳を握り、口元は自然と笑う。そんなハイジと裏腹に、神童はまだ複雑な表情をしていた。
「他の皆を巻き込みたくないか?」
「いいえ、そうじゃなくて……。心配なんです。いざという時、双子とキングさん、カケル、ハイジさんを含めた五人が無茶をしないか」
「無茶って……そこに俺も入るのか」
「入りますよ。ハイジさんはそれでなくとも多忙なのに、また倒れてしまったら本末転倒です」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。色々言いたいことはあったが、ハイジは喉元の言葉を温めることにする。神童はそこで、初めて笑顔を見せた。
「だってそうでしょう。可愛い後輩のことになると、ハイジさんは絶対放っておけません。今回、誰にも言わず一人で抱え込んでいたように」
「……やっぱり根に持っているな」
玄関から微かな声が聞こえる。ハイジは咄嗟に身構え、耳を傾けた。
「王子はまだ帰ってきませんよ。昨日、全授業のスケジュール表をもらっておいたんです」
「いつの間にそんなこと……」
神童はエプロンを脱ぎ、ハイジの方へ二歩進む。
「ハイジさん。王子の件は全て僕が引き受けます。ハイジさんは部のことだけを考えていてください」
「相手が相手だ。一人で探る方がよほど危険だぞ」
「そのために、ニコチャン先輩とユキさんには僕から話しておこうと思います。あとムサにも」
それがハイジさんの為でもあるんです、と小さく言い残し、神童は出て行った。
ハイジはポカンと口を開け、椅子に腰掛ける。深いため息が、窓からの隙間風に混ざっていく。
「ただいま〜!今日も美味そう〜!」
「おい、走るなよジョータ」
「少しなら食べてもいいよね?」
気づけば双子とカケルが肩を並べている。後ろにいるキングも、目を輝かせて煮物を狙っていた。
「……俺も無茶をする、方かあ」
「何か言いましたか?ハイジさん」
ハイジのため息の理由を、誰も知る由はない。煮物をつまみ楽しそうに笑う四人の姿を見ながら、ハイジはつられて少し笑った。