告白ふたりっきりのレッスン室にて。
「ヒロくん?」
「!!.......藍良、もう泣き止んだのかい?」
「うゥ、.......もう忘れてよォ.......」
結成から2年、おれは2つの自分に引きちぎられる思いをした。「みんなに愛を届けるアイドルの藍良」と「ひとりの人を愛した人間の藍良」。 もともとファンの自分とアイドルの自分の脳内戦争は度々起きていたのだけど、こんなに心を揺さぶられるのははじめてだった。おれはヒロくんに、恋をした。こんなにたくさんのアイドルを愛してきたおれは何か違うこと、早い段階で自覚してしまった。それと共におれは自分自身に酷く幻滅した。アイドルなのに、ひとりの人を特別に思ってしまうなんて。
それからは憂鬱の日々だった。仕事も、レッスンも、プライベートも何もかもに彼かいた。この想いは押し殺すことに決めていたのだ。だけど彼の顔を見る度、声を聞く度に嫌でもその感情でこころは飽和していく。それは重ね重ねおれを苦しめた。しかし耐えの日々も虚しく、ついにキャパシティを超えて決壊してしまった。それが暫く前の出来事だった。
「でもまさか、藍良も僕と同じ気持ちだったなんて.......やっぱ僕達の絆はれべち?だね!」
「そ、それどこで覚えてきたのっ?普通に意味が間違ってないの怖いんですけどォ」
おれはヒロくんに告白した。涙は止まらなかったし、語気も強くて内容も支離滅裂。告白とは程遠い、一種のストレス発散か八つ当たりみたいな物言いだった。けれど彼はそれを正しく受け止めて、あろうことか自分も同じだと言って抱きしめ撫でてくれた。おれはそれでまた泣いた。
「.......でもいいのォ?おれたちアイドルだよ、ヒロくんが許してくれても、おれ、自分のことは許せないかも.......ファンもいるのに」
「何故?ファンの人は恋人を作ってはいけない訳じゃないんだろう?僕達は駄目なんて決まりはないよね?」
「分かってないなァ.......おれ達がそれを選んだんだよ、アイドルとして生きるって」
そう、アイドルはみんなを愛して幸せにしちゃう生き物なんだ。不平等に接して誰かが哀しむ事なんて少しでもあったダメなんだ。
ヒロくんは少し悩む素振りを見せて再び口を開いた。
「.......そうかもしれないね。けれど、僕達はアイドルである前に人間だ。少しお下品な話かもしれないけど.......昔はアイドルはトイレにいかない、っていう定説があったみたいだね。でも、実際そうじゃないだろう?確かにアイドルでいるときは相応しい態度でいるべきだけど、ずっとそうしていられる人なんてきっといない」
「.....................」
「大丈夫、裏切りにはならないよ。藍良がファンのことを大事に思っているのは何よりも僕が知ってる、一目瞭然じゃないか」
「..............ヒロくんは、強いねェ」
「ウム!僕は強いアイドルを目指しているからね!」
ヒロくんの言葉に心の奥まで見抜かれる感覚を覚えた。.......本当は分かってた。結局は、おれは覚悟が無かっただけなんだ。今の時代、アイドルは推奨はされていないけれど恋愛が禁止されている訳では無い。それに公表しなくても恋愛はすることができる。きっと、おれは弱くてどっちも、ファンもヒロくんも愛することでどちらかの愛が薄まってしまうんじゃないかって怖がっていただけなんだ。
「.......本当にすごいよォ、ヒロくんは。おれ、また嫉妬しちゃうよォ。」
だから、君に追いつかなくちゃ。おれも、覚悟を決めなきゃ。
「ねえヒロくん、おれの両手、握ってくれる?」
「ウム!勿論、構わないよ!」
ヒロくんの強くて優しい手がまだ頼りないおれの手を握る。
「ありがとォ、じゃあ、ちょっと借りるよォ?」
おれはその手を自分の頬に持っていく。
「あ、藍良?何を.......」
バチンッ
「藍良!?」
おれはその手を思いきり頬にぶつけた。
「あ、藍良!?一体どういう.......」
慌てるヒロくんの事は気にせずにおれは大きく息を吸った。
「おれはヒロくんみたいに強くないよ。すぐには割り切れないかもしれない。だけど決めつけてちゃ、いつまでもそのままだから。.......おれはファンのこともアイドルもヒロくんのことも、ずっと大大大だぁいすきだって誓うよォ!だからヒロくん!おれの傍にずっといてほしいよォっ!」
ひと息に叫ぶと頬の痛みとも相まって心が引き締まった。おれの声はレッスンルームに反響する。それに少し照れちゃいそうになるのは、今は見ないふりをして。ヒロくんは呆気にとられたような顔をした後、口を開いた。
「藍良.......君は僕より強くないって思っているみたいだけどそれは違うよ。僕はこんな機会が無かったらこの気持ちを見て見ぬふりしてたかもしれないよ。正直、藍良に言われてから自覚したくらいだしね。でも、藍良は逃げなかったよ、自分の心から。それってとてもすごいことだよ。だから僕も逃げないよ。.......僕も藍良が大好きだ!ずっとアイドルとしても、恋人としても君の傍にいることを誓うよ!」
とおれの反響を塗り替えていくように答えた。
それを聞いたおれの心にあたたかい感情が芽生えてくる。嬉しい、嬉しいよォ.......!!ふたりでいっしょになれるなんて思ってもみなかった。だってそれは、紛れもなく思いを伝えたおれ、アイドルだとしても人を愛すことに罪は無いよって教えてくれたヒロくんがいなければ叶わなかった事で。いっそうおれたちは互いでなきゃダメだったということが実感できて、散々泣いたのにまた泣いてしまいそうだった。
「ヒロくん.......!」
思わずヒロくんの胸に飛び込む。
「藍良.......!僕は本当に幸せ者だよ!」
ヒロくんもおれに手を回して抱き締め返してくれる。そしてしばらく時間を忘れそうになる程二人で抱きしめ合っていた。それがとっても暖かくて、おれは死んでも離したくないなって思った。