#雨想版一週間ドロライ クリスマス「あしひきの山の木末の寄生とりて 挿頭しつらくは千年寿とくぞ――」
「大半家持か。流石だな。お前さん、これが何だか知っているのかい」
流石というなら、専門でも無いのにさらっと出典元を答えられる雨彦さんの方だと思う。それよりも。
「髪に飾るにはまだ少し早いけどねー。それ、ヤドリギでしょー?そのリース、どうしたのー?」
僕が昨日雨彦さんの帰りを待つよりも先に寝落ちてしまった時にはそのリースは飾られていなかったはずだ。
真っ赤な実が差し色にあしらわれた、ヤドリギの枝をぐるりと丸く形取ったリース。世界中の子供達が真っ赤な帽子のおじいさんの来訪を待ち望んでいるこの時期には確かにこの枝を使ったリースやオーナメントを見かけることがある。でも、僕はもう十九歳でクリスマスプレゼントを待ち望むような年齢でもないし、雨彦さんだってわざわざツリーやオーナメントで家を飾り立てるような性質とは思えない。突然現れたそれは、正直に言って今のこの家の中で結構浮いている。
「清掃社の依頼で世話になっているお得意先で頂いたのさ。今をときめくアイドルに更なる幸運が訪れますようにってな」
「そうなんだー。こういうの飾るの、いつぶりかなー」
少なくとも、兄さんと二人で住んでいた家ではこういった季節ごとの装飾なんてしていなかった。元々兄さん一人で住んでいた家に上がり込むような形で一緒に住んでいたけれど、仕事上多忙な兄さんは僕なんかよりももっと家にいる時間が少ない。季節ものの雑貨をわざわざ家に置いたところで家にいる人間が見ないのであれば置く意味はないし、むしろシーズン後に掃除の手間が増えるだけだと。そう言われたのは同居する様になってすぐのことだった。確かに理にかなっているし、男二人の、しかも兄弟で住んでいる家にわざわざクリスマスツリーを飾るのも何だか変な話だ。
結局その考えは雨彦さんと住むようになった今でも引き継がれていて、個人の趣味でのぬいぐるみは置いてあっても季節ものの装飾をあしらうようなことは今までなかったというのに。仕事絡みでクリスマスを意識したイベントやライブを行う事は多々あったけれど、たった一つリースが飾られただけで途端に恋人同士のクリスマスを意識してしまった、なんて。雨彦さんに知られたら、どう思われるんだろう。
「なあ、北村」
飾り付けられたリースの下に立った雨彦さんが僕を手招きする。なにー?と返事をしてもどうやらそこから動く気はないみたいで、仕方なくそこへと向かった。ただでさえ寒い時期に、わざわざ窓際に立つの?寒いの、苦手なんだけどなー。
「お前さん。ヤドリギに関する風習は知っているかい?」
「ヤドリギ……幸運をもたらすとか、魔除けの役割があるとかなら聞いたことあるなー」
「そうか。なら――」
目の前に立っていた雨彦さんが一歩僕に近づいてくる。……あ、僕、知ってる。雨彦さんがこうやって近づいてくる時って、僕にキスをする時だ。そんなことを自覚した時には、すでに僕の腰に長い腕が巻かれていて。僕が顔を少しだけ上に傾けるのと、唇が重なるのはほぼ同時だった。ふわりと香る鬢付け油は、いつもの雨彦さんの匂いだ。
「なんで、突然キスなんて……」
「ヤドリギの下でキスを交わすと、そのキスは二人の永遠を誓うものになるらしいのさ」
――ヤドリギの下で、キス。永遠を、誓う。
何だか、言われたことがわかったようで、分からない。それって、どういう。
「雨彦さん、ちょっと僕、すごーいことをさらっと言われたような気がするんだけどー?!」
「はは」
「はは、じゃないよー!大体、そんなプロポーズみたいな、」
そう、プロポーズ。永遠を誓うって、だって、つまりそういうことだ。僕達は男同士だから届出を出して正式な婚姻関係を結ぶことはできないけれど。でも、書面で交わすことだけが永遠じゃないことくらい、わかってる。そんな、急に、僕の心の準備なんて待ってられない、みたいな。っていうか、雨彦さんはいつの間にそんな、覚悟が決まってる、なんて――
「聞いて、ない、よー」
「嫌、だったかい?」
そんな、僕が嫌だと思っていないことをわかっているくせに、今更不安そうな顔をしないでほしい。僕は雨彦さんのそういう顔に弱いんだ。もう、ずるい。いつだったかもう忘れちゃったけど――そう、そうだ。確かあの、七夕にやったライブの時からだ。あの時から雨彦さんの様子がおかしいのだ。それまではいつか僕のことを手放してやらなきゃみたいな顔をしてたくせに。
悔しい。こんな、やられっぱなしみたいなのは。ずるい。振り回しておいて、そんな顔しないでほしい。こっちだって、ずっと前から覚悟は決まっているんだ。悔しいから、いつの間にか腰から離れて目の前でぶらりと垂れ下がっている腕を下に引いてやる。近づいた顔に僕の顔を近づけて、触れ合って。ちょっと鈍い音がした気がするけど知らない。痛いような気がするのも、きっと気のせいだ。
「もう、これで僕達、ずっと一緒だね」
「っ、北村」
「しかた、ないよねー。だって、永遠を誓うものになる、んでしょー?」
そう、仕方ない。だって、そう定められてるんだから。真相は知らないけど、雨彦さんがいうんだからきっとそうなんだ。ヒリヒリと痛む唇から鉄の味が滲んでいる気がする。唇が腫れたらどうしてくれよう。明日だって撮影があるのに。
二人で顔を見つめあって、ほんのりと赤く腫れた互いの唇を見て、数秒。どちらともなく笑いが零れる。ちょっと恥ずかしいけど、最後の最後に格好つかないのはなんだかんだ僕達らしいのかも、なんて。これからずっと一緒にいるんだから、格好つける時間なんて山ほどあるし。今はこれでもいいやと思っているあたり、結構僕は浮かれているのかもしれない。