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    Nuiri7

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    Nuiri7

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    ボツ供養です。エモくなかったので
    前回の続き

    #みか宗
    MikaShu

    愛が故のイデアみかが斎宮邸にきてから、一ヶ月がたった。今日はみかの仕事はないがシュウは幼稚園に行っているので寂しい。
    寂しさを埋めるために、初日に渡された取り扱い説明書を眺めていた。
    「んぁっ!んああ〜〜。シュウさんの誕生日って10月30日なんや〜〜」
    お師さんと同じ誕生日なんて、あの子に教えてあげればきっと喜ぶだろう。
    あ、自分の尊敬する叔父の誕生日くらい知ってるか。
    「あかん、スケッチブックはどこやっけ」
    これまでシュウから霊感を得たデザインを書きためていたのだ。
    「せや、服だけやのうて…」
    みかは携帯を取り出した。



    「間に合わなくって残念やったね」
    シュウの母親と父親はどうしても外せない仕事ができてしまい、シュウの誕生日には間に合わなかった。
    「明後日には来てくれるし、ぼくには影片がいるから…」
    気丈に振る舞っているが、何処か寂しそうだ。
    みかは背中に隠していた箱をシュウに手渡した。
    「はいっ、シュウさんにプレゼント〜」
    「ぼくに?」
    シュウの表情はパッと明るくなり、慎重にリボンを解いていく。
    「わぁ!白いドレス…。とってもステキ!…もしかしてかげひらが作ってくれたの?」
    身体にドレスを当てて、ひらひらとそれを揺らす。
    オーガンジーの生地が光を反射して、シュウの周りを照らしているようだ。
    「せやで。なんで分かったん?」
    「…そうだと嬉しいなって思ったから」
    耳まで真っ赤にして、シュウは着替えてくると部屋から出て行ってしまった。


    部屋に戻ったシュウはドレスを着て、髪も少しアレンジしてもらったようだった。
    「さすがシュウさんやなぁ、めっちゃ似合うてるよ。髪もやってもろて、素敵やね」
    シュウが花が綻ぶみたいに笑う。
    「…かげひら。ありがとう」

    心の奥がじわじわとあたたかくなる、この子はおれにどれだけ与えてくれるのだろう。
    「シュウさんが喜んでくれて、おれも嬉しいわぁ。それだけやないで。これ、お裁縫セット。シュウさんのお母やんとお父やんに聞いて、おれと一緒の時なら、使うてもええって。」
    「ほんと?ぼくお裁縫してもいいの?」
    「ほんとやで。シュウさん、ずっとお裁縫したかったんよね。良かったなぁ」
    「かげひら、ぼくに教えてくれる?」
    「もちろんやで、シュウさんなら達人になれるわ」

    2人でいっぱいおしゃべりして、料理やケーキを食べてあっという間に夜になってしまった。
    「どうしたのん?もしかして、疲れたやろかぁ?」
    あんなに楽しそうだったシュウの顔色は暗い。
    「べつに疲れたわけじゃないよ。…ただ憂鬱で」
    誕生日が終わってしまうことを憂鬱だと感じているのだろうか?
    「…今日は眠りたくないな」
    とても小さな声だったが、みかの耳には届いた。
    「おねんねしないと身体に悪いで?おれもいっしょにおるから…」
    いつもだったら喜ぶシュウの表情は暗いままで、気乗りしない彼女をベットまで連れて行った。
    憂鬱そうにため息を吐くばかりで、彼女は一向に目を閉じようとしない。
    「シュウさんがそない頑なになるなんて、理由があるんやね」
    「…誰にも言ったことがないのだけれど、誕生日になると決まって怖い夢を見るのだよ。とっても熱くて苦しい夢。夢だって分かってるのに、………怖いよ。」
    瞳に涙を貯めて、ついには流れ落ちてしまう。
    「やったら、今日眠らんとこ。おれといっしょにおしゃべりして過ごすんや」
    「いいの?」
    「だだし、内緒やで」
    シュウは約束ね、とくすりと笑った。

    「最近、雰囲気変わったよネ」
    現場で一緒になった夏目がくいと飲み物の飲みながら話しかけてくる。隣の宙もこちらを向いた。
    「せやろかぁ?」
    「みかちゃんさん、今は楽しそうな色な〜」
    「子供向けファッションブランドともまたコラボもしてるみたいだし、精力的に活動してるみたいで何よりだヨ」
    「霊感(?)が浮かびまくってなぁ。今は小さい子向けの服を考えるのが趣味やねん」
    「へぇ…一体誰から霊感を刺激されてるのか、知りたいネ」
    「それはなぁ」
    みかの目線はぎこちなく部屋へ流れる。
    みかが次の言葉を発する前に、楽屋の扉が開かれる。
    「お待たせしました〜」
    「ホント、センパイは空気読めないよネ」
    額に手を当て、呆れる夏目。
    「俺、タイミング悪かったでしょうかぁ?」
    「そんなことないで、つむちゃん先輩。そろそろ出番やろかぁ?」
    「そうなんです。出番が変更になったんですよ。」
    「やったら早う準備せんとね。」
    せっせと準備をするみかを横目に、ふむと夏目は思案した。




    「最近のミカくん、ちょっとおかしいと思うんダ」
    5人のお気に入りの店で、今はもう4人になってしまったけれど。グラスを合わせて早々に夏目は切り出した。
    「前の方がおかしかったじゃろう?もとに戻っただけじゃないかえ」
    「あれは見ていられない状態でした。主人を失ったカラスはそれはもう悲痛でしたね」
    「み〜さんがげんきになったのなら、よかったです♪」
    たしかにそうだけど、と夏目は零す。
    「斎宮くんもいつまでも影片くんが落ち込んでいるのは望まないじゃろう。」
    「もうななねんですか…」
    空気が湿っぽくなる。そんな空気をぶち壊すかのように日々樹は口を開いた。
    「そういえば、私。宗のご実家にお邪魔したんですよ。彼の命日も近かったので。窓を除いて見るとAmazing!なんと『かわいこちゃん』がいるではありませんか。」

    「渉にいさん、また不法侵入したノ?そろそろ逮捕されるヨ」
    「その時は華麗に脱出して見せましょう…☆話が逸れてしまいました。『かわいこちゃん』の隣にいた者がね、とても驚いたのですが…。夏目くんの話を聞けば合点がいいきます。ああ、なんと奇妙なことでしょう!」
    「勿体ぶらずに言ってヨ」
    「宗がいました。」
    「「「は?」」」
    日々樹以外の声が重なる。
    「まぁ性別は違うようでしたけど。たしかに彼はその子をシュウと呼んでいました」
    「どういうことですか?」
    奏汰が続きを促す。
    「身長約118.3cm。推定5から6歳。髪は宗と同じ撫子色で、ミディアムボブくらいの長さ。瞳はこれまた宗と同じ青紫色でした。…さすがにレディの体重は言えませんよ?」
    ふざけているのかと思ったら、日々樹の表情は至って真剣だ。
    「普通に考えれば、斎宮くんの親族じゃろう。実家におるのだし。」
    「普通なら、7年前に亡くなった親族の名前をつけないと思うケド」
    「み〜さんがげんきなのは、そのこのおかげですね♪」
    「元気になるだけならいいケド…。みかくんって依存体質でショ?」
    「そうですね。けれど支えを失ったものは、新たな支えを作らなければ立ち上がれないものですよ」
    日々樹はグラスに目を落とす。
    「しゅうににているのなら、あってみたいです♪」
    「隠されるとなおさら暴きたくなるよネ」
    「こういうのはそっとしといた方がいいんじゃないかえ?」
    「じゃあ、零にいさんはお留守番ネ」
    「ええっ、1人除け者とは寂しいぞい。我輩も本当は会ってみたいのに。」
    「では、けっていですね♪みんなであいにいきましょう…♪」

    今日もシュウさんのために作った、お洋服をプレゼントする。
    「作りすぎなのだよ。ぼくを溺れさせるつもり?」
    言葉ではそういうが、新しいお洋服をもらったシュウさんは嬉しそうだ。
    今日はシュウさんの幼稚園もお休みだし、おれの仕事も(この日のために)オフだ。
    ピンポーン。
    「んあっ。宅配やろかぁ」
    せっかくの時間を邪魔されて、みかは少し苛立ちながら玄関に向かった。
    「ごきげんよう、ミカくん♪」
    「…なっくん。どうしたん?急に。今は本家の人誰もおらんよ」
    突然の来訪者にますます機嫌が悪くなる。
    「嘘はいけないナ…。それに来ているのはボクだけじゃないんダ。にいさんたちもいるからね、玄関で応対するのは失礼じゃないかナ?」
    ほんの少しだけドアを開くと、夏目の後ろから水色の髪が見えた。
    「み〜さん、こんばんわ♪」
    「我輩もいるぞい♪」
    「あなたの日々樹渉もいますよ!ふっふっふ」
    「んあっ、先輩方勢揃いやん。…ちょっと時間くれへんやろかぁ?」
    どうしても招かないといけないのなら、みかにはすることがある。
    「いくらでもどうぞ。私たちはここでおしゃべりして待っていますので」
    みかはドアを閉めると、急いでシュウのいる部屋に向かった。
    「かげひら、誰だったの?」
    「シュウさんには関係あらへん人たちやったよ。しばらくの間、お部屋で遊んでてもらえへんやろか?」
    「うん、いいのだよ。」
    あっさり了承されてちょっとショック。離れたくないと駄々をこねてくれるのかと期待してしまった。
    「成長したんやねぇ…」
    みかは寂しくなって、つい溢してしまった。シュウは成長したと言われ嬉しくなったのか、上機嫌で自室に戻って行った。
    「ままならんわぁ」
    このあと夏目たちと会うとなると気が重い。足取りが重いまま、下の階に向かうとダイニングテーブルに腰を掛けている4人を発見した。
    「おしゃべりして待ってるって自分ら言うたやん。」
    発言していた日々樹はきょとんとした顔でこちらを見ている。
    「にいさんはべつに玄関で待ってるとは言ってなかったからネ」
    「お邪魔させてもらいました〜♪」
    「どんだけ自由やのん」
    ため息を隠す気すら起きない。

    「で、どうして来たんですか?」
    みかは夏目の隣に腰をかける。
    「後輩の様子を見に来たんじゃよ」
    「そんなんESでいくらでも見れますよね」
    「み〜さんふきげんですね。ぼくたちはしゅうにあいにきたんです」
    身体がぎくりと震える。
    「お師さんの仏壇はあっちにあります。移動しましょか?」
    「私に誤魔化しなど効きませんよ。貴方が大事に隠そうとしていることはバレバレです」
    「別にミカくんにイジワルしようってわけじゃないんダ。ただ隠されると気になるのが人の性だよネ」
    よっぽどタチ悪いわ。
    「んあ〜、別に隠そうとしてたわけちゃうよ。ただ今更おれがこの家に戻ったことを伝えるのも気が引けると思っただけで」
    「おや、隠していたのは斎宮くんの実家に戻ったことのようじゃの」
    激しく頷く。
    「そこまで頑ななら、帰るしかないネ」
    「おやおやおやぁ〜、見てください!隠したかったものは自分から出てきてしまったようです」
    日々樹の言葉にリビングの扉を見ると、隠れるようにしてシュウが立っていた。


    「しゅうにそっくりです♪ちぎょのしゅうですね♪」
    「渉にいさんから聞いた時はそんなわけないと思っていたけど、ホントにそっくりだネ」
    「親族でもここまで似るとは、まさに奇跡!Amazing…☆ですね!」
    3人はシュウを取り囲み、楽しそうに眺めている。
    「そのくらいにしてやったらどうじゃ?2人ともそろそろ限界そうじゃ」
    わなわなと震えるみかとシュウを見比べ、朔間は助け舟を出した。
    シュウは朔間が話したのを皮切りにみかの後ろに隠れてしまう。
    「挨拶がまだだったのう。我輩は朔間零。アイドルじゃよ、お嬢ちゃんは知っておるかな?」
    シュウはみかの後ろから半分ほど顔を出し、
    「ぼくは斎宮シュウ…。朔間零…知ってる…のだよ。叔父様とおんなじ学校に通ってたんでしょう?」
    「知ってくれてるとは…、嬉しいぞい。叔父様と言うことは、斎宮くんの姪っ子かえ?」
    「この子はお師さんのお姉ちゃんの娘やで。斎宮の家の人たちに頼まれて今はおれが面倒見させてもらっとります」
    「ミカくんが元気になった理由がわかったヨ。ボクは逆先夏目。宗にいさんにはお世話になったんダ」
    「ぼくは、深海奏汰といいます。宗とは旧い友でした♪」
    「次は私の番ですね!Amazing…☆このお花は貴女に。貴女の日々樹渉です。お見知り置きを。宗と私は方向性は違えど、同じ芸術を愛するものだと思っていますよ」
    日々樹から差し出された花を恐る恐る手に取るシュウ。本物の花の匂いに驚いたのか、笑顔が見えた。

    「シュウさんが一眼見たかったんやろ、もう用事が済んだら出て行ってくれん?」
    「親鳥に威嚇されてしまいました。貴方いつからそんなに凶暴に?ああ、昔からでしたね」
    みかは早く帰れと言わんばかりに圧を放っている。夏目はシュウに近づき、手を握る。
    「何か困ったことがあったらいつでも言って?キミの助けになりたいんダ」
    それが何も出来なかったボクのせめてもの罪滅ぼし。
    「んああ〜!なっくん何ナンパしとるん!おれの目が黒いうちは許さへんで」
    夏目はありし日の、宗とみかと自分に想いを馳せた。すぐに妬くみかを揶揄って遊んだものだ。
    「…これでこそミカくんだよネ」

    またくるよと4人はやっと帰って行った。
    「はぁ…どっと疲れたわぁ。んぁっ、シュウさんどうしたのん?」
    「あの4人また来るって言ってたよね。そばにいるととっても落ち着くからまた来てほしいのだよ」
    みかはその言葉に大人気なくむっとしてしまう。
    「なんやシュウさんはあの人たちが気に入ったんやね。おれ寂しいわぁ」
    大袈裟な態度をとって、シュウがどう出るかをみる。
    「…かげひら」
    シュウがこちらの瞳をじっと見つめる。しゃがめと言うことだろうか?みかがシュウの目線まで膝を折ると、頬に何かが触れた。
    シュウの桃色の唇が離れて。
    「…ずっと一緒なのはかげひらだけだよ」
    恥ずかしそうに目を触れる。
    「もぉ、そんなんどこで覚えてくるのん」
    みかは愛らしさとシュウの人誑しっぷりに頭を抱えたのだった。

    「んぁ〜、シュウさんよう似合ぉてるで」
    ピカピカのランドセルを背負ったシュウに向かってシャッターを切る。真新しい制服のスカートが風に乗って靡く。
    彼女が背負っているランドセルは、みかが忙しいなかお店を回って見繕ったものだ。
    「ほんとならおれが一から作りたかったんやけど。」
    「ふふ、かげひらだってランドセルは作れないでしょう?」
    「せやけど〜」
    「それにぼくはかげひらが選んでくれたこのランドセルを気に入ってるよ?ワインレッドはValkyrieのイメージカラーだからね」
    シュウはその場でくるりとターンしてみせた。
    この春からシュウはエスカレーターで小学校へ進級する。
    「お兄さまたちからもお祝いの品を貰えて、ぼくは幸せなのだよ」
    元五奇人の4人もシュウが小学校入学すると聞きつけ、進級祝いを贈ってきたのだ。
    「なぁ、なんでお兄さま呼びなん?」
    みかははっきり言い切れずごにょごにょと口籠った。
    「?だって嬉しいかと思って」
    「たしかに嬉しそうやったけど〜」
    みかは納得出来ず、んあんあと鳴く。
    「ほら、かげひら急いで!今日はお母様たちも来られるのだよ」
    「んあ〜、シュウさん置いてかんとって〜」
    桜の季節、同じ色の髪を持つ彼女によく似合う季節。


    おれの仕事も終わって、シュウさんが今日の学校での出来事をおしゃべりしてくれる。
    今日は朝顔の種を植えたのだと教えてくれた。立派に育ててかげひらにもみせてあげるねと彼女は笑う。嬉しそうな彼女を見ると自分も嬉しくなった。
    「楽しみやわぁ」

    通学路に無残にぶちまけられた朝顔、花は踏みつけられアスファルトに紫色の汁を付けている、プランターには斎宮シュウの文字。
    こんなところで見たくはなかった。
    「シュウさん、どこにいるのん?」


    その日は至って普通で、いつもと変わらずシュウは出かけて行った。今日から小学校は夏休み。みかの仕事は午前中で終わり、短縮授業で早めに帰宅するシュウをいまかいまかと待っていた。
    「うーん、迎えに行ったら迷惑やろか?」
    想定していた時間になっても帰ってこないことが気がかりになって、外出する準備うーんする。
    「荷物がぎょうさんありすぎて運べなくなってるんかも」
    自分も荷物を溜め込んで夏休み初日には苦労したものだ。けれど、荷物と奮闘するシュウは可哀想に思えたのでみかは足を早めた。



    呆然と立ち尽くすみかは着信音で意識を取り戻した。斎宮の家、お手伝いさんからの電話だった。彼女の声は震えていて、こちらにも震えが伝わってくる。否、悪い予感がしてみかは震えていたのだ。
    電話口からたしかに、お嬢様を…預かっていると言われたと聞こえた。
    もう頭になかがめちゃくちゃでわけがわからなくなって、でも心の臓だけは冷え切っていて。
    「すぐに…戻んます」
    電話を切るとがむしゃらに走った。



    「犯人は、警察には連絡するな…と」
    お手伝いさんの顔色はやはり悪い。
    「旦那様にはすぐに連絡致しました。戻るのには数日かかると。奥様がお嬢様の誘拐を聞いて取り乱してしまわないか気にしておられるようで…」
    なんやそれ。
    「犯人はなんて言うとりますの?シュウさんの解放してもらうにはどうしたらええですか?」
    「10億円を用意しろと…」
    「10億円…」

    「斎宮の方々、総出で用意していると伺いました。それであの子が戻ってくるなら幾らでも用意すると皆さま仰っています」

    コチコチと秒針の音だけが響く。何もできない自分があの時と重なり呼吸が浅くなっていく。
    「影片様、旦那様から連絡がございました。すぐに用意できるのは6億と。あと4億、資産の売買にどうしても時間がかかってしまうと仰られて…」
    「おれが交渉する。」
    犯人から提示された番号に電話をかける。正直に今すぐ用意できるのは6億までですと言った。
    ああ、じゃあお嬢ちゃんの身体6割をお返ししよう、とボイスチェンジャーを通した歪な声は笑った。
    冗談じゃない。ふざけるな。血が激る思いで、必ず10億用意しますと言った。
    どうしよう。10億用意しないとシュウさんが。バラバラになった彼女を思い浮かべてしまい、背筋が凍る。
    おれがどうにかせな。

    何か困ったことがあったらいつでも言って?キミの助けになりたいんダ。
    「なっくん…」




    「まさか頼られる場面がこんな一大事だなんて、ボクの想定を遥かに超えてくれるネ。…そんな怖い顔しないでよ」
    「はよせぇへんと、シュウさんが…」
    「そうならないためにボクらを呼んだんでショ?にいさん達、どうかナ?」
    「ええ、英智は快く協力してくれるそうですよ」
    「快くってホント?なんか胡散くさいよネ」
    「天祥院くんとの交渉なら我輩に任せるのじゃよ」
    「ぼくは『みんな』におねがいして、はんにんをそうさしてもらいます♪」
    「…みんな、おおきに」
    「お礼は解決してから言ってもらいたいナ。それよりこういう事件にうってつけの人たちに相談しに行こう」
    みかは誰のことを言っているのか分からず首を傾げた。


    「ってここ、コズプロやん」
    「目的の人物たちにはコズプロに集まってもらったからネ」
    夏目以外の元五奇人の3人は別行動で動いてくれてるので、コズプロを訪れたのはみかと夏目の2人だ。
    「おや?これはこれはぁ、夏目氏。いきなり電話を寄越して何事と思いましたよ」
    「何事なんだよネ」
    「影片氏がおられると言うことは、貴方また何かやらかしたのでは?」
    「んああ〜。そうやけど、そうやないんよ〜」
    「?どう言うことです。彼らも集めた意味もご教授いただきたい」
    部屋の奥に目をやると、桜河と三毛縞が座っていた。
    「おやあ、みかさんと夏目さんの組み合わせは珍しいなぁ」
    「…ぬしはんが知らへんだけでけっこう一緒におるけどな。それよか、わしらに何の用事?DoubleFace揃えたちゅうことは何かあるんやろ?」
    「そうキミたちを揃えたのは解決してほしい事件があるからなんダ。それは当事者のミカくんから話してもらおうカ」

    みかはお世話になっている斎宮家の姪っ子が誘拐されたこと、身代金は10億必要だと言うことを伝えた。
    「はぁ…影片氏。こういうことは夏目氏に相談する前に自分に相談してもらいたい。必死になった貴方は何をするか分かったもんじゃないですから」
    「ボクとしては、ミカくんが誰かに相談したのが意外っていうカ」
    「なっくん、言うとったやん。キミの力になりたいって。それ思い出したら、電話かけとったんよ」
    「ホント、電話してもらえて良かったヨ。これで彼女の力になれる」
    「それで俺は何をしたらいいんだぁ?茨さんはまだしも俺は10億なんて大金払えないぞお」
    「わしも同じや。できることなら協力したるけどな」
    「お金に関してはダイジョウブ、ES代表がなんとかしてくれるっテ。それにしても…フフ、言ったネ」
    夏目の念を押すかのような物言いに桜河は目線を合わせる。
    「キミたち、Valkyrieに恨みを抱いていそうな人物たちに心あたりハ?」
    「どうしてそのような事を?」
    七種が眼鏡のフレームに指をかけ、直す。
    「簡単な推察だヨ。ミカくんから聞いた話によると、落ちていた朝顔は通学路にあったらしい。あの小学校は裏門もあるし、わざわざ表門から帰る子を狙うのはオカシイんじゃないかナ?それに名門校だからどの子を狙ってもそれなりの身代金は見込めるよネ?」
    「…ずっと狙われてたってことなん?」
    「斎宮の家の子だから狙われたっていうのがボクの推察」
    「それがどうしてValkyrieの恨みに繋がるんだぁ?俺は単に一番金持ちそうだったのが斎宮の家だったからだと思ったぞお」
    「身代金の金額が現実的ではないからでしょうな。愉快犯は早く身代金を用意しろという割に、10億は時間を要す金額。身代金が欲しいなら、速やかに提示された6億を受け取るはずです」
    「…最初から嫌がらせするつもりで、あの子を返す気もないってことやの?」
    みかは呼吸を荒げ、取り乱し始めた。
    「みかはん、落ち着きなはれ。そのためのわしらじゃろ?」
    桜河がみかの隣に行き、背中をさする。
    「茨くんはValkyrieに恨みがありそうな人たち知ってるんじゃないノ?」
    「誘拐に手を出すほど、Valkyrieに恨みを抱いているとなると…。三毛縞氏、桜河氏…骨董市の事件は覚えておいでで?」
    「ああ、よぉく覚えているぞお」
    「みかはんの借金を一元化した悪党が詐欺師を雇って、みかはんとこの孤児院を苦しめて。コズプロも攻撃された事件やろ?あれはわしらで排除したじゃろ」
    「人間には繋がりがある、誰かを排除すれば悪感情を抱く人間も出てくるんじゃなイ?」
    「なるほど。理解しました。自分たちはそこを調べればいいわけですね。わざわざ目星までつけていただいて有難い」

    「どんな卑劣な手を用いてでも悪を取り除くのが俺たちDoubleFaceの役割。相手がすでに卑劣な手を使ってきたのなら遠慮することはないなぁ!DoubleFace、出動☆」
    「…よろしゅう頼みます」
    みかは深々と礼をすると、夏目と共にコズプロを後にした。

    「んああ〜、なんでこの人がおるん〜」
    自分の自宅と言わんばかりか、優雅に寛ぐは天祥院英智だ。
    「やぁ、影片くん。今から協力してくれる人物に対してその反応は失礼じゃないかな?」
    「私が呼んだんです。英智、快く協力してくれると言ったでしょう?」
    「快すぎんかや?」
    朔間は天祥院から離れたところに座っている。
    「それにしても、犯人が言った通り警察にも連絡しないだなんて…とても従順なんだね。まぁ、今回の場合は警察に連絡しなくて正解だけど」
    「…どっちやの」
    「僕に任せて、影片くんも寛ぐといいよ」
    「…ホントに裏はないんだよネ」
    「うーん、お金は売買が済んだ斎宮家から返済してもらうし…。強いていうなら…」
    「天祥院くん、それは影片くんに言わん約束じゃろう」
    「?なんなん」
    「僕も彼女に会いたいな。斎宮くんにそっくりなんでしょ?」
    「はぁぁ〜!?なんであんたみたいな男にシュウさんを合わせないかんのや。性格の悪さが移ってまう」
    「情操教育に悪影響ダ」
    「言うようになったよね。それにこの僕の貴重な時間を割いてるんだ、このくらいのわがままは聞いてもらえわないと。それとももっと別の要求がいいのかな…?うーん、天祥院家の誰かと彼女は結婚してもらうとか…」
    「…会うだけって約束してくれますか?」
    「うん、もちろん。楽しくおしゃべりするだけ」
    背に腹は変えられない、とても不服だが天祥院の要求を飲むしかないだろう。
    「…なんでうちに?」
    「ああ。警察じゃなく僕が交渉しようかと思って。正確には、英智くん誘拐対策部かな?僕も誘拐される可能性があるからね、そういう訓練された人たちも雇ってるんだよ」
    「英智にはいつも驚かされます。大財閥の御曹司とはこのようなものなのでしょうか?」
    「桃李や司くんにも似たような者たちがついてると思うよ」
    「そういうものなんですね」
    天祥院と日々樹は緊張感を忘れ、和やかなムードで話している。
    「じゃが、天祥院くん。我輩の見立てだと10億払っても簡単に嬢ちゃんを返してくれるとは思えんのじゃ」
    「そうだね。10億払っても既に亡くなってたんじゃ意味がないよね。その前に僕らが居場所するだけだけど。あっ、分かったみたいだよ。流石だよね」
    天祥院は嬉しそうに、ノートパソコンを見せる。
    「ここにシュウさんはおるんやね」
    「その前に茨くんとDoubleFaceに連絡を取ろうカ」
    夏目が携帯を出し連絡し始めた。スピーカーにしてテーブルに置く。
    「おやおやおやぁ?猊下もいらっしゃられるとは、意外でした。てっきり資金提供だけされるのかと」
    「うん、こっちにきた方が楽しそうだからね」
    「それはそれは悪趣味ですな。本題に入りましょう、愉快犯の目星がつきました。骨董市の黒幕の愛人が先導しているのではないかとの結論に至りました。DoubleFaceにはそのアジトをあたってもらっているのですが」
    「こっちにには人っ子1人居ないぞお」
    「これから逃げるみたいに整理されとるわ」
    「そのようだね。2人に行って欲しいのはここなんだけど」
    天祥院はパソコンを叩き、「犯人は、警察には連絡するな…と」
    お手伝いさんの顔色はやはり悪い。
    「旦那様にはすぐに連絡致しました。戻るのには数日かかると。奥様がお嬢様の誘拐を聞いて取り乱してしまわないか気にしておられるようで…」
    なんやそれ。
    「犯人はなんて言うとりますの?シュウさんの解放してもらうにはどうしたらええですか?」
    「10億円を用意しろと…」
    「10億円…」

    「斎宮の方々、総出で用意していると伺いました。それであの子が戻ってくるなら幾らでも用意すると皆さま仰っています」

    コチコチと秒針の音だけが響く。何もできない自分があの時と重なり呼吸が浅くなっていく。
    「影片様、旦那様から連絡がございました。すぐに用意できるのは6億と。あと4億、資産の売買にどうしても時間がかかってしまうと仰られて…」
    「おれが交渉する。」
    犯人から提示された番号に電話をかける。正直に今すぐ用意できるのは6億までですと言った。
    ああ、じゃあお嬢ちゃんの身体6割をお返ししよう、とボイスチェンジャーを通した歪な声は笑った。
    冗談じゃない。ふざけるな。血が激る思いで、必ず10億用意しますと言った。
    どうしよう。10億用意しないとシュウさんが。バラバラになった彼女を思い浮かべてしまい、背筋が凍る。
    おれがどうにかせな。

    何か困ったことがあったらいつでも言って?キミの助けになりたいんダ。
    「なっくん…」




    「まさか頼られる場面がこんな一大事だなんて、ボクの想定を遥かに超えてくれるネ。…そんな怖い顔しないでよ」
    「はよせぇへんと、シュウさんが…」
    「そうならないためにボクらを呼んだんでショ?にいさん達、どうかナ?」
    「ええ、英智は快く協力してくれるそうですよ」
    「快くってホント?なんか胡散くさいよネ」
    「天祥院くんとの交渉なら我輩に任せるのじゃよ」
    「ぼくは『みんな』におねがいして、はんにんをそうさしてもらいます♪」
    「…みんな、おおきに」
    「お礼は解決してから言ってもらいたいナ。それよりこういう事件にうってつけの人たちに相談しに行こう」
    みかは誰のことを言っているのか分からず首を傾げた。


    「ってここ、コズプロやん」
    「目的の人物たちにはコズプロに集まってもらったからネ」
    夏目以外の元五奇人の3人は別行動で動いてくれてるので、コズプロを訪れたのはみかと夏目の2人だ。
    「おや?これはこれはぁ、夏目氏。いきなり電話を寄越して何事と思いましたよ」
    「何事なんだよネ」
    「影片氏がおられると言うことは、貴方また何かやらかしたのでは?」
    「んああ〜。そうやけど、そうやないんよ〜」
    「?どう言うことです。彼らも集めた意味もご教授いただきたい」
    部屋の奥に目をやると、桜河と三毛縞が座っていた。
    「おやあ、みかさんと夏目さんの組み合わせは珍しいなぁ」
    「…ぬしはんが知らへんだけでけっこう一緒におるけどな。それよか、わしらに何の用事?DoubleFace揃えたちゅうことは何かあるんやろ?」
    「そうキミたちを揃えたのは解決してほしい事件があるからなんダ。それは当事者のミカくんから話してもらおうカ」

    みかはお世話になっている斎宮家の姪っ子が誘拐されたこと、身代金は10億必要だと言うことを伝えた。
    「はぁ…影片氏。こういうことは夏目氏に相談する前に自分に相談してもらいたい。必死になった貴方は何をするか分かったもんじゃないですから」
    「ボクとしては、ミカくんが誰かに相談したのが意外っていうカ」
    「なっくん、言うとったやん。キミの力になりたいって。それ思い出したら、電話かけとったんよ」
    「ホント、電話してもらえて良かったヨ。これで彼女の力になれる」
    「それで俺は何をしたらいいんだぁ?茨さんはまだしも俺は10億なんて大金払えないぞお」
    「わしも同じや。できることなら協力したるけどな」
    「お金に関してはダイジョウブ、ES代表がなんとかしてくれるっテ。それにしても…フフ、言ったネ」
    夏目の念を押すかのような物言いに桜河は目線を合わせる。
    「キミたち、Valkyrieに恨みを抱いていそうな人物たちに心あたりハ?」
    「どうしてそのような事を?」
    七種が眼鏡のフレームに指をかけ、直す。
    「簡単な推察だヨ。ミカくんから聞いた話によると、落ちていた朝顔は通学路にあったらしい。あの小学校は裏門もあるし、わざわざ表門から帰る子を狙うのはオカシイんじゃないかナ?それに名門校だからどの子を狙ってもそれなりの身代金は見込めるよネ?」
    「…ずっと狙われてたってことなん?」
    「斎宮の家の子だから狙われたっていうのがボクの推察」
    「それがどうしてValkyrieの恨みに繋がるんだぁ?俺は単に一番金持ちそうだったのが斎宮の家だったからだと思ったぞお」
    「身代金の金額が現実的ではないからでしょうな。愉快犯は早く身代金を用意しろという割に、10億は時間を要す金額。身代金が欲しいなら、速やかに提示された6億を受け取るはずです」
    「…最初から嫌がらせするつもりで、あの子を返す気もないってことやの?」
    みかは呼吸を荒げ、取り乱し始めた。
    「みかはん、落ち着きなはれ。そのためのわしらじゃろ?」
    桜河がみかの隣に行き、背中をさする。
    「茨くんはValkyrieに恨みがありそうな人たち知ってるんじゃないノ?」
    「誘拐に手を出すほど、Valkyrieに恨みを抱いているとなると…。三毛縞氏、桜河氏…骨董市の事件は覚えておいでで?」
    「ああ、よぉく覚えているぞお」
    「みかはんの借金を一元化した悪党が詐欺師を雇って、みかはんとこの孤児院を苦しめて。コズプロも攻撃された事件やろ?あれはわしらで排除したじゃろ」
    「人間には繋がりがある、誰かを排除すれば悪感情を抱く人間も出てくるんじゃなイ?」
    「なるほど。理解しました。自分たちはそこを調べればいいわけですね。わざわざ目星までつけていただいて有難い」

    「どんな卑劣な手を用いてでも悪を取り除くのが俺たちDoubleFaceの役割。相手がすでに卑劣な手を使ってきたのなら遠慮することはないなぁ!DoubleFace、出動☆」
    「…よろしゅう頼みます」
    みかは深々と礼をすると、夏目と共にコズプロを後にした。を送る。
    「犯人は港にいるみたいなんだ」

    「『みんな』のおはなしによると、ここすうじつみかけないひとたちがでいりしてるらしいとききました。しゅうは『こんてな』のなかにいるかもしれないです」
    日々樹の魔法(?)で港近くに移動したみかたち。先に着いていた深海と合流した。
    「三下どもはのしといたわ。黒幕の愛人ちゅうのは、見かけんかったな」
    「こはくさんと俺はそちらを探す!みかさんたちはコンテナを探してくれるか?」
    「もちろんやで。シュウさんはおれが見つけたる」




    熱くて、苦しい。助けて……、逢いたいよ。
    「…影片」
    ハッと目が冴えて、頭が酷く痛むのに気づく。そうだ、ぼく下校途中に車に押し込められて…。ここはどこだろう。暗くて何も見えない、立ちあがろうとしたが、手足は紐で縛られていて立てない。
    それでもなんとか壁で身を支え立ってみた。壁伝いに自分がどこにいるのかを把握する。
    …箱?数歩歩けるくらいの箱に入れられていることが分かったけれど、ここからどう出ればいいのかわからない。
    身体を壁に打ち付けても、痛むばかりで開きはしない。
    自分が出られないことを悟ると、涙が溢れた。最近かげひらが来たから、泣くことは減ったがもともとシュウは泣き虫なのだ。
    泣きじゃくっていると、呼吸が浅くなって空気をうまく取り入れられずに身体が熱くなる。あの夢を思い出してさらに苦しくなった。




    「こんなにたくさん骨が折れるネ」
    「こちらは全部見ましたけど、いませんね」
    日々樹が手を触れずにコンテナを開けていく。
    「あちらの部屋にも居なかったぞい。鼻が効くわんこでも連れて来ればよかったの」
    「しゅう〜でてきてください〜」
    深海の呼びかけも虚しく響くばかりだ。

    「…ちょっと静かにしてくれへん?あっちから聴こえる」
    「?何にも聞こえないけド」
    みかの後を追う夏目。
    「やっぱり聴こえるわ。助けてって声が」
    みかが一つのコンテナの前に立つと、ゆっくりと音を出さないように開けた。
    「堪忍な、おそぅなって」
    みかはなかで倒れているシュウを抱きかかえた。
    もしかして、と思ったがすぅすぅと寝息をたて頬には涙の跡がある、泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
    「良かったネ。無事に見つかって」
    「おん、ほんと良かったぁ」
    みかの瞳からも涙が溢れる。また失ってしまうかと思った。今はこの小さな重みを噛み締める。

    「あ、DoubleFaceから連絡だ。愛人捕まえたっテ」
    こんな小さな子に恐怖を味合わせたんだ。犯人にはそれを超える恐怖と苦痛を味合わせてやりたい、けどみかの役目はこの子のそばにいること何だろうと理解しているから…。今後こんなことがないように自分が守ると強く誓った。
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    lychee_lulled

    DONE書き直したらまとまり良くなって書き終われるかなって思ったらまだ全然終わらないみか宗の心中ごっこのやつ→完成した「おれたちは、多分まだ死なへんと思うから、お師さんと死にかけてみたい」

     どうして、と尋ねたのに影片は答えなかった。君はいつも、自分の考えをまとめて言葉にするのが下手だ。うーん、とひとしきり悩んだ後、そうしたいっておれが思ったからかも、そう言って僕を抱き寄せて、首筋に顔を埋める。

    「……僕は君に何か心配をかけた? 不安になった?」
    「そんなんじゃないよ」

     湿った吐息が肌をくすぐった。視界の端で跳ねている髪を落ち着かせるように、頭を撫でてやる。指を入れて髪を梳くと、首筋の皮膚の柔らかいところに影片の鼻先が押しつけられた。彼の鼻の形が歪むといけないからやめさせたいけれど、頭を退かせたあと、影片の目を見たらなんとなく僕はだめになってしまいそうで。

    「そんなんじゃないんやけど、なあ」

     いつのまにか僕の背に回されていた影片の腕の力が強まる。ああ、君も。僕にその顔を見せたくないのなら無理にそうしなくてよかったと思う。



    ==========


     『僕と死にかける』ために、練られた企画書を差し出されたけれど、中身は確かめないまま影片にそれを返した。見んのか、と影片は少し残念そうな 7034