濡れる肌 汗をかかないやつだと思っていた。もちろん、趙も人であるし、そんなことある訳はないのだが、いつも涼しげな顔をして器用にさまざまなことをこなしている姿を見てて、何故だが春日はずっとそんな気がしていた。
「今日はまた特別に暑いね」
趙がそう言って、少し開けたシャツの襟元を掴んではためかせる。
先日、やっと梅雨が明けて気温がぐっと上がり、最近は晴れた日の日中は外を歩くのもままならないぐらい暑い。そんな中で、春日と趙は二人で食材の買い出しに来ていた。とは言っても、買い物の主体はサバイバー二階の日常的な調理者である趙で、春日はただの荷物係と言う状態だったのだが……食材を選定していく趙の後ろでカートを押しながら、投げ込まれる食材が将来何になるものなのか想像していくのは楽しかった。
よくエアコンの効いたスーパーを出て、仮暮らしの住まいまで少しの距離を並んで歩く。暑さを訴える趙の方にふと目を向けた時に、趙の首元が薄っすらとかいた汗で光っていることに気がついた。
こいつも汗かいたりすんだな……。
汗っかきの春日はこの時期は替えのシャツが何枚あっても足りないぐらいだ。それに比べて、趙はあまり暑さを口にせず、汗をかいて困っている様子もない。それなのに、今はその肌が真夏の太陽にさらされて、しっとりと汗で濡れている。それを見ながら春日は無性にその肌に触れたいと感じている自分に気がついた。
「何? そんなに見て」
春日の不躾な視線に気がついたのか、趙がこちらを向いて不思議そうな顔をする。
「い、いや……」
やましい気持ちがあるので咄嗟に口ごもると、趙の目が少し訝しむように春日を見る。
「趙もよ、汗をかくんだなと思ってさ」
「そりゃあ、かくでしょ」
再び春日が視線を向けた先に趙が気がついたように、空いている手で首筋を少し隠すような
仕草をした。汗で濡れた趙の肌が隠れてしまい、名残惜しい。
「何で隠すんだよ」
気持ちのままに口を尖らせると趙がサングラスの奥で眉を上げた。
「いや、見ないでよ」
「何でだよ」
「恥ずかしいじゃん」
「別に普通だろ。汗ぐらい俺もかいてるし」
春日だって、先ほどから背中に汗が垂れているのが分かるほどだ。きっと顔にも分かるほどの汗をかいている。趙は春日の顔をちらりと見て、ホントだね、と小さく笑った。趙の指が伸びてきて、春日のこめかみにそっと触れる。
「ほんとだ。春日くん、びしゃびしゃじゃん」
「この暑さで汗かかないやつのがおかしいだろ」
春日のこめかみに垂れる汗を趙が指で拭ったのが分かって、どきりとする。友人というには近すぎる触れ合いではないかと思うが、嫌ではなくむしろ気持ちが昂る。触れられたのだから、触れても良いのではないかと自分も汗で濡れた趙の肌に触れたいと思うが、何故か伸ばしたい手が固まったように動かない。
「本当にひどい暑さだね。早く帰ろう」
趙が何事もなかったかのように歩き出して前を行く。慌ててその背を追って、半袖から伸びた剥き出しの趙の腕を掴んだ。掴んだ腕はしっとりとしていて、自分のものが、趙のものか分からぬ汗で滑る。
「どうしたの?」
趙が振り返って、少し驚いたような顔をする。近くで見ると趙も額にもうっすらと汗をかいているのが分かる。空いている方の指を伸ばして、その額に親指を滑らせる。
ヒヤリと汗の冷たい感覚と肌の柔らかさ。触れた途端に胃の奥にあった渇望が満たされる。撫でるように額から顔の輪郭、首筋に触れて、改めて趙の目を覗き込む。
趙が普段はなかなか見せない動揺をその目に浮かべて、春日を見ていた。見つめているとみるみるその顔が赤くなる。そのことにハッと我に返って、趙から手を離した。
「あっ、わ、わりぃ」
「……ううん」
趙が動揺をそのサングラスの裏に隠そうとするように俯く。目を逸らされたことに胸の奥がザワザワとする。でも、春日の不安を察したようにすぐに趙が顔を上げてくれた。
「……春日くん、みんなにこういう事してるんでしょ」
少し責めるような口調でそう言われて慌てる。
「はぁ? し、してねぇ」
「ホントかなぁ」
「するわけないだろっ」
「どうかなぁ。春日くん、たらしだからな」
「なんだよ、それっ」
心外だと怒ってみせるが、趙はすでに普段通りの顔をして春日を見ている。
さっきみたいに動揺して、赤くなって、もう一度こちらを見て欲しい、と感じながら、春日は少し早く歩き出した趙の背を追って行った。