よくばりが溺れる夏「ふたつ同時に持ってちゃいけないものってなんだと思う?」
「え、なにそれ。社会科の問題?」
そういう訳じゃないんだけど、と言ったのに、前原は、
「わかった。コッカゲンシュ! 国で一番偉い人はひとりじゃなければいけない的な」
「国家元首? だから社会じゃないってば」
はい!と挙手をして
「これじゃね? 『配偶者』!」
「お前が言うの? 稀代のワルの前原さんが」
「それ褒め言葉だから。研二さんは俺たちのヒーローだからね。うーん、でも、配偶者がふたりいたらなんか浮気って感じ。」
「重婚だよ。」
「それでさ、配偶者がいっぱいいたら、そういう制度かなーって感じしない?」
「しないよ。犯罪だよ。」
「海、楽しみだな」
プールの縁の岩場にこしかけて、ばちゃばちゃと足をばたつかせながら前原は笑った。
遊びに行くんじゃないんだけど、暗殺に行くんだけど、わかってはいるんだけど、すごく楽しみなのは俺も一緒だった。
「広いところで泳げるのすごく楽しみ。おれ、あんまり行ったことないし」
最後に海水浴に行ったのは、父さんが生きてたころだ。
「うん、いっぱい泳ごう。遊ぼう」
「うん」
笑い合う。
友情だけならこんなに嬉しくなんかない。
そばにいるとドキドキしてきて、手が触れたらびっくりして心臓がいたくなる。
前原は、なんの気無しに触れてくる、髪とか腕とか背中とか。そのたびドキドキして、ごめんって思いつつ、嬉しくてたまんなくて。おれも、別に普通じゃね?って感じで肩とか組んでみる。もっとそばにいてほしい。
バイト中に遊びに来てくれると、どんなにへとへとでも笑顔になってしまう。仕事で手を抜くのは嫌だから、ちゃんとしなきゃって思うのに、集中できなくてコーヒーこぼしそうになる。
恋だけだったらこんなに楽しくない。
くだらない話をして、取っ組み合いのけんかになることだってあるし、野球して、サッカーして、家に遊びに行ってゲームしたり、宿題して、そのまま寝ちゃったりとかして。
みんなでわいわいやってるときに、みんなが俺たちのことを当然のようにセットとして見てるのも、なんか誇らしい。相棒、親友、ツレとか、いろんな言い方あるけど。
そういうのがいるってうらやましいよって言われたな。
ナイフの練習、すごく楽しくて。武器を持つなんて嫌だなって思ってたことも、いつのまにかすっかり忘れてしまってた。
あんなに息が合うなんて、知ってたけど、知らなかったよ。
どっちかだけなんて嫌だった。よくばりかな?
こんな重いものを、ふたつも持っていたら、両手が埋まってしまって、水をかくことはできない。
手を離して、水底へ沈めるべきなんだろうか。遠くまで泳いでいくために。きっとどこまでも泳いでいくであろう、前原についていくために。
でも、捨てなきゃいけないくらいなら、おいていかれたほうがいいかもしれない。
ほかになんにも欲しくないけど、これだけは捨てたくなかった。
息が苦しい、でも幸せで、溺れてしまいそうな夏。
蝉の声がうるさくて、どんな警告も聞こえない。