柱マダ:思い出す夜がある思い出す夜がある。
崖の上に座り、月明かりが照らす里を見下ろした。秋の夜風は優しくて、忙しく駆けずり回った昼間の熱が、ゆっくりと冷やされ、消えていく。
手を結び合ったあの日からずっと、夢のようだった。作りたかった場所に、届きたかった高みにオレたちはいる。
世界中に向けて大声で叫びたかったし、実際叫びもした。諦めなかったぞ、オレたちは、と。
でも今この瞬間は少し違っていて、不思議な夢幻の世界にいるような気分だった。オレたちのほかに誰もいない。誰もこのひとときを知らない。酒の用意もしてあって、二人で静かに座っている。
ふと隣を見ると、いつもよりも見開かれた彼の黒い瞳が、月の光を受けてきらりと光ったように見えた。
ずっと一緒に、ずっとこの夢を守っていける。オレとお前なら。
『これでもう、お前と道を違えることはない』
口から出かけたその言葉を、舌先で丸めて酒と一緒にごくりと飲み込んだ。
言葉にする必要はない。
里という、二人で創り上げた美しいもの、それをいとおしく想う心を共有しているだけで幸せだった。なにも言わなくてもいい。こんな満たされた気持ちは生まれて初めてだった。
「徳利を落とすんじゃねえぞ。下に誰かいたらどうすんだ」
マダラはそう言って、カラになったものをつまんでは、背後によけていく。ここじゃ高すぎて、落ちたところで風に飛ばされてどっかにいってしまうだろうに。どんなに酔っても少しも顔に出ないし、足元もしっかりしたものだが、なぜか妙に真面目で世話焼きになる。それが面白くて、ついこちらも盃が進む。これがマダラの性根なんだろう。やはり心の優しいやつなのだ。
「さすがに呑みすぎた! あぁ、いい気分だ」
後ろに手をついて、思いっきり空を見上げる。月が明るすぎて、夜とはとても思えないほどだ。
忍は満月など愛でている暇がない。そもそも忍稼業に夜も昼も区別がないのだ。月見酒なんて風情のあることをしている余裕はなかった。
「うーん! ピカピカで、まん丸で、キレイだな!」
マダラはぎょっとしたように一瞬動きを止めて、
「ふっ……、はは……! 感想が砂利以下……!」
「そっ、そんなに笑うことないだろ……」
「落ち込むなよ。ふふっ……、ホントにダッセェなお前は!」
マダラが大声で笑った。
子供の頃に、川辺で見た笑顔だった。
【続く】