深い青で満たしてわたしの名前はホエール!
大海賊「麦わらの一味」の一人!
まぁ……役目といえば賑やかし……みたいなものだけど。
「おはよう!ルフィ!」
「お、ホエール!今日もかわいいな!」
もう!まるでサンジさんみたいなことを言うんだから!
でも、……ルフィがこういうことをわたしに言うのには理由があって……
実はわたし、この大海賊「麦わらの一味」の船長……、ルフィと付き合っているんです。
「ほら、ホエール見てみろよ!でっけェクジラ!!」
「本当だ!すごい!おっきいね!」
ずっとこの幸せが続いてほしい……。
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メリー号の柱の影からこっそりルフィを覗き見る。
やっぱり世界一かっこいい……!♡♡
違う違う!こんなことをしに来たんじゃない!!
こんなストーカー紛いのことをしてルフィを見ているのは、わたしの趣味の絵に――世界一の彼氏を残しておきたいから。
でも、絵を描いてるのはルフィには内緒。だって恥ずかしいんだもん。
いつか立派な肖像画が描けたら……みせてあげよっかな♪
「あれ~?ホエールちゃん。こんなところでなにしてるんだい?」
「サっ……サンジさん!?」
後ろから突然、料理人のサンジさんに話しかけられて思わず飛び跳ねてしまう。
音もなく背後に……!!
「スケッチブック……それもしかしてルフィ?」
「そう……なんです。実はこっそりルフィの絵を描いてて……」
「そうなんだ。上手だね!本人には見せてあげないの?」
「ま、まだ本人に見せるほどじゃ……!もっと上手くなって、立派な肖像画になってから見せようと思ってて……///」
「いやぁ~~~!いじらしい!!!これはルフィも彼氏冥利に尽きるってもんだね!!」
「サっ!サンジさん!声が大きいですよぅ……」
「おれがなんだって?」
サンジさんと話すのに夢中になっていたから、その影がわたしのすぐそばまで来ていたことに気付かなかった。
さーっと血の気が引いた音がして、油の切れたブリキのオモチャのような動きで振り向けば、そこには嫉妬に炎を目に宿したルフィが立っていた――
「ル、ルフィ……」
「ホエール、さっきからサンジと楽しそうに話してるけど、何の話だ?」
わたしは助けを求めて思わずサンジさんを見てしまう。
サンジさんはさっと目をそらして、わざとらしく「さぁーて!夕飯の仕込みしなきゃな~」なんて言いながら去って行ってしまった。
う、裏切り者ぉ~~~~~!!!!
「ホエール」
「きゃっ、ルフィ……いたいよ……」
わたしの腕をガッシリと掴んだ腕に、つい男らしさを感じてきゅんっとしちゃう……。
射貫くような強い瞳で見つめられて、わたしは息をするのも忘れてその三白眼に見惚れる―――
「ホエール、おれたちは恋人同士だけど、その前に同じ船の仲間だ。そうだろ?」
「はい……///」
「隠し事はなしだ。な?」
ルフィは優しく微笑んで、腕をつかんでいた手を緩めてわたしの頭をポンポンとなでてくれた。
とっても優しくて強い……わたしたちの船長。
でも……
「ごめん、ルフィ!まだ言えないの!……今は、まだっ……!」
「あっ、……ホエール!!」
わたしはルフィの手を振り切り、走ってその場を離れると自室に駆け込み、ベッドにうずくまる。
せっかくルフィが優しく理由を聞いてくれたのに……!わたしのバカバカ!!
でも、いまはまだ言えません。
部屋の壁際、布のかかったイーゼルをちらっと見て、わたしはため息をついた……――――――
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気づいたらあたりはすっかり暗くなり、夜の闇が一面を覆いつくしていた。
わたし……寝ちゃってたんだ。
寝ぼけた目を擦りながら起き上がると、コンコンっと部屋のドアがノックされた。
「は~い」
「ホエール、起きてる~?」
ドアを開けて入ってきたのは航海士のナミちゃんだった。
「ナミちゃん、どうしたの?」
「もうすぐ晩御飯らしいから呼びに来た……って言いたいところだけど、きっと話したいのはホエールの方なんじゃないかと思って!」
ナミちゃん……昼間わたしとルフィが喧嘩しちゃったこと知ってお話し聞きに来てくれたんだ……。
「ありがとう…ナミちゃん」
「こういう時は女同士の方が話しやすいでしょ!それで?何があったの?」
こんなに親身になって話しを聞いてくれる友達に……隠すなんて卑怯だよね。
「実は……わたしずっとこれを描いてたんだけど」
わたしは立ち上がり、イーゼルのかけられた布をばさりと取り払った。
「わぁ……!すごい!これホエールが描いたの!?」
「うん…どうしてもルフィの姿を肖像画として残しておきたくて」
キャンバスに描かれていたのはメリー号の先頭に立ち、大海原を指さす私たちの船長――――――
「この絵、顔だけまだ描かれてないのね」
「どうしても……ルフィの瞳が描き込めないの……」
わたしの悩みはそれだった。
いくら造形を正しく描いたとしても、ルフィの力強さ、優しさ、仲間への気持ち―――――なにより、海賊王に絶対になるという決意。
それらを上手く表現するには……なにかが足りない。
ずっとそんな気がして、日夜ルフィのことを目で、体で追っていた。
「そっか。私から見たらすっごく上手に描けてると思うんだけど……」
「ありがとう、ナミちゃん。大丈夫。こればっかりは自分で見つけないといけないことだから」
「これをルフィに内緒にしてて喧嘩したってわけね……」
ナミちゃんは顎に手を当てて少し考え込むと、ぱっと花の咲くような笑顔でこう言ってきた
「そうそう!明日、新しい港に着く予定なんだけど、そこって素敵な温泉があるらしいの!」
「へ?そ、そうなんだ」
「手を回してあげるからさ~!そこでルフィと二人で温泉に入れるように取りはからってあげる!!」
「え、え、え~~~~~~~~~~~~!?!?!?/////////」
わたしの大きな声は、夜のメリー号に見事に響き渡った。
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船着き場にメリー号を寄せ、わたしたちは久しぶりに陸地に降り立った。
「ん~~~!!久しぶりの大地だぁ!」
思わずぐーっと腕を伸ばして身体中のコリをほぐす。
ちらりと後ろを見ると、ルフィは船長としての手続きがあるらしく、船着き場の人と紙を見ながら話しこんでいた。
仲直り……できるといいなぁ。
どう考えてもあれはわたしが悪かったし……。
ぐるぐると考えていると、わたしよりも先に船を降りていたナミちゃんが遠くから手を振っている。
どうしたんだろう?
わたしは小走りでナミちゃんに駆け寄ると、ナミちゃんはひとつウィンクをして元気に言った。
「この先を曲がってすぐの温泉、夕食の後の時間に貸し切りの予約してきたわよ!」
「えっ!?ナミちゃん、本当にわたしとルフィが一緒に温泉に入れるようにしてくれたの??」
「もっちろん!ちゃんと仲直りしなさいよ~!?あ、もちろん後でもらうものはもらうわよ♪」
右手の親指と人差し指で輪っかを作ったナミちゃんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
もう……ちゃっかりしてるんだから。
でも……。
「ナミちゃん、本当にありがとう……」
「いーのいーのっ!ただし次は倍額よ!もう喧嘩しちゃだめよー」
ひらひらと手を振って去っていくナミちゃんは、先に温泉を堪能するらしい。
背後から視線を感じて振り向くと、船着き場の人と話しを終えたらしいルフィとバッチリ目が合ってしまった。
気まずくなって思わずパッと目を逸らしてしまう――――――
こんなんじゃいけないのに……。
わたしはそれでもルフィに話しかけることができずに、その場から離れたくなって走り出す。
「ホエール!」
ルフィの声が聞こえた気がした。
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ここ……どこだろう。
知らない街で闇雲に走り出してしまったものだから、わたしは完全に迷子になってしまっていた。
昼間は人通りの多い往来なのだろうが、夕方の今は露店のお店は片づけを始め、買い物客たちの姿もまばらだった。
じきに夜のとばりが下りれば人っ子一人いない暗い路地の出来上がりだ
港まで戻る道もわからず、キョロキョロとあたりを見回しながら歩く若い女は、悪党にとってみれば格好の獲物だろう。
しかもあの「麦わらの一味」の一人とバレていれば……―――――?
わたしは途端にこわくなり、その場にうずくまる。
誰か……っ!
「ホエール!やっと見つけた!」
愛しい人の声を聴き間違えるばずがない。
そこに立っていたのは汗をぬぐうことも忘れ、肩で息をしたルフィだった。
「ルフィ、どうして……」
「どうしてじゃねェよ!方向音痴のくせして前も見ず走り出しやがって!」
数々の死闘を潜り抜けてきたはずのルフィが、こんなに息を切らしている――――。
わたしは申し訳ないと思いながらも、同時にわいてきた愛しさのあまり、ルフィの首元にガバっと抱き着いた。
「ほっ、ホエール!?どうしたんだよ。こわかったのか?」
「ううん……ルフィ、迎えに来てくれてありがとう……。だいすき」
腕に力を込めてギュッと抱き着くわたしの背にルフィが手を回し、そっと抱き寄せてくれる。
「無事でよかった……」
「ごめんね、ルフィ。ありがとう」
「おまえに何かあったら、おれは――――」
ルフィが何か言いかけたけれど、そのタイミングでわたしたちの横を馬車が通り、車輪の音にかき消されてよく聞こえない。
「え、ルフィ今なんて……?」
「なんでもねぇ!サンジがうめえもん作ってくれたからよ、帰ろうぜ!」
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夕飯を終えたわたしは、ナミちゃんの予約してくれた温泉に一人浸かっていた。
サプライズだから、とルフィには温泉を貸し切っていることは伝えていない。
じきにナミちゃんに誘導されたルフィが入ってくるはずだ。
露天風呂の真ん中にある大岩の影で、わたしはドキドキしながら思い人の到着を待っていた―――
入口の方からカラカラっと音がして、ぺたぺたという足音が聞こえる。
来たっ―――!
桶で全身にお湯をかけてルフィが露天に足をつける。
湯煙であまり見えないが、当然ルフィは裸で、お湯に浸かって待っているわたしも裸で、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
ど、どうしよう、いつ話しかければいいのかな!?
ルフィに背を向け、わたわたとしているとルフィがわたしに気づいたようだった。
「ホエール?」
「わああああ!!!!」
バシャっと音を立てて飛び上がる。
思わず逃げそうになるとガシッと腕をつかまれた。
「おまえなんで男湯にいんだ?」
「ちちちちちがうのっ!これは貸し切りで!ルフィと一緒にお風呂入りたくて!……じゃなくって!!」
口からあれよあれよと本当のことが出てくる。
ルフィはポカンとしかと思えば、わたしの様子に合点がいったようで露天風呂の底にどっかりと胡坐をかいた。
「ほら、ホエール……来いよ」
「ほえっ!?」
「ここ、座れって」
ルフィに腕を引かれ、胡坐をかいた彼の組んだ脚の間に座らせられる。
そのまま後ろからぎゅっと抱きしめられると、もう逃げることなんてできなかった。
長い時間そうしていたような気もするし、1分も経っていないような気もする。
お湯が乳白色でよかった……。お湯にさえ浸かっていれば、わたしもルフィも裸が見えることはない。
でもお腹に回されたルフィの両腕が気になって、わたしは一言も発することができないままルフィの膝の上に収まっていた。
「ホエール」
「はいっ!!!!」
「でっけェ声」
声を上げてルフィが笑う。
「昨日、悪かったな」
「え……?」
「おまえとサンジが話してるだけで……おれ、妬いちまうみてぇだ」
お腹に回った腕に力が込められる。
「お互い船員同士なのに……こんなんじゃだめだよな」
「ルフィはダメじゃない!!」
わたしは思わず立ち上がり、ルフィの方へ振り向いて叫ぶ。
「ルフィは全然ダメじゃないよ!!昨日のだって変に内緒にしたわたしが悪かったんだし、それにっ!」
「ホエール……」
「団員達のこといつも平等に見てくれてるし、みんなみんなっ、ルフィに救われてるよ!!」
「ホエール、落ち着けって。丸見えだぞ」
「それにっ……って、え?きゃあああぁぁ!!!!」
わたしはルフィの眼前に裸のまま立ち上がって、ルフィに向かって叫んでいたのか―――――
顔から火が出そうっ!/////////
両手で胸を隠してしゃがみこんだわたしの頭をルフィはポンと撫で、優しく声をかけた。
「ホエール、外よく見てみたか?」
「外……?」
「ああ、ほら、あそこにメリー号が見える」
ルフィはそう言って露天風呂から見える眺望を指さすと、港に浮かぶ光のうちの一つを指さした。
流石に小さすぎてよく見えないけど……。
「あの船で、いつかグランドラインにたどり着いて―――海賊王に、おれはなる!」
キラキラ輝くその横顔……。
わたしはハッとした。
そう、これがわたしの描きたかった―――――――――。
「ごめん、ルフィ!わたし、自分の部屋に先に戻るね!!」
「お?わかった。気を付けて戻れよ」
「うん!ルフィ、ありがとう!」
わたしは大慌てでメリー号の自室に戻ると、キャンバスに向かい一心不乱に筆を振るった。
描ける―――-今なら、描けるっ!
無我夢中で作品に向かい、足りないところや描き飛ばしていた部分も力を入れて描き込む。
瞬きも忘れてしまうほど集中して絵を描くのは久しぶりだった。
そうして時間を忘れて描き続け、気が付けば完全に日が高く昇り部屋の窓から光が差し込んでいた。
カーテンの隙間から入ってくる細い光に、部屋を舞うホコリがキラキラと反射するのをわたしはぼんやりと見つめていた。
「できた……」
キャンバスの中には、今にも動き出してきそうなほど生命感あふれる船長の姿―――――だけではなく。
先頭で大海原を指さすルフィの後ろには大事な仲間たちと、その端にはホエールの姿もある。
想定していたよりも大がかりな絵になってしまったが、ずっと描けなくていじくりまわしていた時よりもよっぽどいい出来だと胸を張って言える。
わたしは絵を持って部屋を出ると、この時間にルフィがいるであろう甲板にむかって歩き出した。
案の定そこにいたルフィは、大海原を真剣な顔で見つめていた。
やっぱり、世界一かっこいい……な。
「ルフィ」
「お、おはようホエール。見てみろよ、イルカの群れ」
「ほんとうだ。すごいね」
いつもと様子の違うわたしの気が付いたのか、ルフィはゆっくり振り向いてこちらを見た。
「ね、ルフィ。内緒にしててごめんね。わたし、ずっとルフィの絵を描いてたんだけど、満足いく出来になるまでルフィには見せないって決めてたんだ」
わたしはゆっくりルフィに近づき、手にしていた絵をルフィに渡す。
「ずっとこれを描いてたの。ルフィの―――――わたしたちの、肖像画だよ」
絵を受け取ったルフィは驚いたようで、びっくりした顔のままじっくりとキャンバスを眺めていた。
「これ、ホエールが描いたのか……?」
「うん。わたしは只の賑やかしとしてこの船に乗ってるけど、すこしでもルフィたちが喜ぶことをしたいなって思って、昔から好きだった絵を―――――っきゃ!?」
突然ルフィに抱きしめられる。
顔が見えないけど、小刻みにに震えているようだ。
「る、ルフィ……?」
「すげぇ、すげーよ!ホエール!!!!!」
「!?」
「おまえは賑やかしなんかじゃねぇ!おまえはおれの恋人で、――――立派な、船上画家だ!!!!!」
ルフィが大きな声で叫ぶ。
朝からわたしを抱きしめて叫ぶルフィに、ほかの船員たちも何事かと様子を見に来ようだった。
「すげぇよ!ホエール!!おまえは天才だ!!!」
「ちょっ……ルフィ、恥ずかしいよぉ……っ!/////」
ルフィはわたしを抱きしめてその場で一周回転する。ふわっと身体の浮いたわたしは思わずルフィの首元にしがみついた。
そのままルフィはわたしに口づけて―――――――――
「ホエール!愛してるぜ!!」
声高らかに、そう叫んだのだった――――――――――――。
深い青で満たして
(ねぇ、またルフィのこと描いてもいい?)
(もちろん、今度はおれとお前の二人っきりの絵な!)