お互い様の話 眼下には、溺れる男。小刻みで荒い呼吸に唇が揺れ、肌はしとりと艶のある湿りを帯びている。命からがら漆黒の海から這い出てきたような姿だが、男が鍾離と泳いでいたのは波のように皺を帯びたシーツの上だ。
真白い肌は霜焼けのように赤らみ、朽葉の髪は雪解けのように潤う。常よりもさらに色濃く腫れた唇を親指でなぞり、そのまま頬に手を添える。温度差が心地いいのか、気まぐれに甘える猫のように、一つ擦り寄られた。いじらしい仕草に誘われて、離したばかりの身体を寄せる。背に腕を回し、ぴたりと胸を合わせる。どちらの鼓動も妙に早く、落ち着きがない。擦り寄せた首筋から汐の匂いがした。
「はあっ、なあに、もう一回、する?」
耳に注ぎ込まれる揶揄の声。乱暴な手が鍾離の枝毛のない髪を乱す。強者を挑発するときと同じ調子だ。魅力的な誘いであるが、その声音はすり減って掠れ、確かな疲労が滲んでいる。逆境を得意とする男はこんな時でも侮られるのを嫌がるのか。呆れと感心の半々を添えて、赤らむ目尻に唇を寄せた。
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