「暑くて敵いませんわ……」
　生温い扇風機の風を受けながらセリーヌは独りごちた。
　首振り機能も動かしたくない気分だったが、隣のレナも我慢しているのだから、唯一の涼を分け合わねばならない。うちわを緩やかに扇いで凌ぐ。
「付き合わせてごめんなさい、セリーヌさん」
「いいですわよ、特に用事もありませんでしたし」
　レナの申し訳なさそうな態度に、セリーヌは最小限の動きで首を横に振った。
　本格的な夏本番、を過ぎてもまだまだ暑い九月半ば。学生で一人暮らしをしている、レナのワンルームのエアコンが壊れた。送風量が少なく、電源を入れる時も大きめの異音がする。大家に相談したところ、すぐ専門業者に見てもらえることになった。レナがセリーヌにその旨を伝えると、女の子一人じゃ何かと不安でしょう、と言いすぐに飛んできてくれた。
　体術に長けているレナは、電車内で遭遇した痴漢を撃退したこともあるのだけれど。年下ということもあってか、常にかわいい女の子扱いしてくれるセリーヌは、とにかく優しい。
「冷凍庫にアイスがあったんだった、食べましょ」
　レナは冷蔵庫を開けに行き、十本パックの棒状のソーダアイスを二本持って戻ってきた。二人同時に頬張る。セリーヌが一口噛んでから、はあぁ、と盛大に息を吐いた。
「あぁ〜〜〜、砂漠の中のオアシスですわ……」
　レナがくす、と笑う。こんな日常も、愛おしく思えるようになるのかもしれない。どんなことでも好きな人と一緒なら、楽しい思い出に変わるものだ。
　食べながら、横目でセリーヌの様子を窺う。暑いから薄着なのはレナも同じなのだが、セリーヌは普段から露出が激しい。今日など完全に部屋着なので特にだ。カップ付きのキャミソールにショートパンツ。しかも今はキャミソールの紐が片方ずれていて、首の汗が胸の谷間に滴り落ちているのが見える。レナはごくりと唾を飲み込んだ。セリーヌのアイスの食べ方すら、何だか艶めかしく思えてしまう。
　甘い蜜に寄る蝶のようにセリーヌに吸い寄せられて、レナは頬から垂れる汗をペロ、と舐め上げた。セリーヌの目が動揺して見開く。
「レナ！？　暑さでおかしくなっちゃいましたの？」
「アイスを食べてるセリーヌさんを食べたくなっちゃった」
　レナの頬が赤いのは暑さだけではないことを、蕩けた瞳が証明していた。セリーヌがたじろぐ。
「もう業者が来ちゃいますわよ」
「セリーヌさんは何もしなくていいから、私が勝手に触ってるだけ」
「明日、いくらでも触れますのに」
「明日？」
　セリーヌの頬に触れていたレナが、壁にかけてあるカレンダーの方を向いた。今日は、九月十七日。ということは、明日はセリーヌの──
「でも、お仕事じゃないんですか？」
「有給を取りましたわ。誕生日くらい、好きな人と過ごしたいですし」
　好きな人。好きな人から出るその台詞に、レナは胸が苦しくなる。キュンキュン、心臓から音がそのまま出そうなくらいだった。
「じゃあ、明日のお楽しみにしておきます」
　レナは手を引っ込めて、手元のタオルで自分とセリーヌの汗を拭いた。嬉しくて鼻歌が無意識に出る。頭の方を拭こうと立ち膝になった時、セリーヌがレナの服の裾を掴んだ。
「………やっぱり、一回シャワーしに行きませんこと？」
　さっき触れられて、セリーヌもその気になってしまったのだとレナは察した。誘われたのは初めてだった。恥じらうあまり、顔だけでなく鎖骨の方まで真っ赤になっている。レナの理性がいっぺんに崩壊する。
「セリーヌさん、トマトみたい。かわいい」
「大人をからかうものじゃありませんわ……」
　どちらからともなく、顔が近づいていく。セリーヌが目を閉じて待つ姿を、レナは脳裏に焼き付けながら唇に触れた。