特段、動物が好きなわけではない。毛嫌いするほどでもないが、積極的に関わろうとも思わない。寄ってきたら無碍に扱うことはしないけれど。
尻尾を振り、口を開けて舌を出す白い毛並みの犬はどことなく嬉しそうで、立っているディアスの前から座って動かなかった。従順そうで、誰かさんとは正反対だな、と心の中で呟く。
「……どこで拾ってきたの、それ」
売店から出てきたレオンは頗る嫌な顔をしている。
「拾ったつもりはない。勝手に着いてきている」
そう言いレオンの買った荷物を取り上げると、本日の宿屋の方へ足を向けた。ディアスが歩くと犬も立ち上がり、一、二歩離れてその後ろをついて回る。レオンが苛つきながらその犬を横から追い抜くと、犬がグルルル、と低く唸ってから吠えた。うるさそうに猫耳を塞ぐ。
「犬より絶対に絶対に猫の方が賢いんだからね」
レオンはディアスのマントの裾を摘むと、背後の犬に向かってべっ、と大きく舌を出した。犬の歩みが止まり、尻尾が悲しげに垂れる。もう追ってはこなかった。
「大人げないな……」
まだ子供だもん、と言い返してこない辺りが、レオンなりのプライドを感じさせる。ディアスから子供扱いをされるのは何より癪なのだ。しばらくしてレオンが口を開いた。
「ねぇ、お兄ちゃんは犬と猫、どっちが好きなの?」
「……。お前、この状況で俺が犬って答えたらどうするつもりだ」
「浮気者、って軽蔑する」
「うわき……」
「ぼく一人じゃ満足できないんだね……」
「おい、誤解を招く言い方はやめろ」
「じゃあお兄ちゃん、早く猫って言ってよ」
「別に猫は好きじゃない」
レオンが目を見開くと、マントを摘んでいた手を離す。
宿屋に着き、予約を済ませていた部屋に入る。ディアスは奥に荷物を置いたが、レオンは入り口で立ち尽くしていた。
「……猫は、と言っただろう」
ディアスは、傷ついたような表情が消えないレオンをじっと見つめた。
そもそも、好きじゃなかったら一緒に旅することなどないだろうに。伝わっていないもどかしさに頭を掻く。
好きなのは、猫ではなくて。
レオンの元へ寄って手を引っ張り、部屋の扉を閉めた。萎れた猫耳に手の端で触れると、びく、と身体が跳ねる。頭に手を乗せて撫でると、レオンの赤みが差した頬が膨れたのが見えた。
「〜〜〜っ、どっちにしたって、ちゃんと言ってくれないじゃないか」
レオンがぎゅ、と腰に抱きつく。顔を埋めようにもベルトが邪魔のようで、横に向いている。ディアスは無言で腰回りの装備を外した。
「言ったら満足するのか?」
「言葉だけじゃ、ちょっとね」
「……それじゃ終わりがないな」
ディアスが眉を顰めると、レオンは顔を近づけるように手招きをした。片膝をつかせた後、頬にちゅ、と軽く口づける。
「ぼく以外、一生かわいがらないでよね」
不敵と笑うレオンに、ディアスは数年後の、成人男性の面影を見る。ふ、と口元を緩めると、レオンが今度は唇に触れた。
キスを受けながら、動物と接した時にはなかった胸の高鳴りを、ディアスはひとり密かに感じていた。