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    いなーさ

    @ottonounkohunda

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    オクトラ2パルソロ エピローグ前の話

    #オクトラ2
    octra2
    #パルソロ

     この世界で生計を立てて以来、ゆっくり眠ったためしはないのだが、その職業柄の浅さとは違う目覚めだった。それが何なのかうまくアウトプットできなくて、歯痒い。ソローネは隣のベッドで眠るオーシュットを起こさぬよう、音を立てずに部屋を出る。
     宿屋の窓から見える外の景色はまだ暗く、月が高い位置にあった。日が昇る頃にはウェルグローブを出発する予定で、全員で過ごす最後の日になる。
     今度は、それぞれが別の旅路を行くのだ。当然、しがらみが取れた自分も。
    「自由、か……」
     俯いて思考を巡らせる。
     先のことはゆっくり考えたらいいと思っていた。組織に縛られず、普通の生活を送る。ずっと憧れていたことだ。
     でも、いざとなると戸惑う。普通って何?
     ソローネは、この町で出会った年の差夫婦の家族を思い浮かべた。
     あの家族のように、結婚して子供を産むこと?
     想像して鼻で笑う。アイツの血が混じっている私が? また、その子孫のせいで厄災が起きたら?
    「…………やめよ」
     顔を上げて首を振り、余計な考えを消し去る。自分一人のせいで辛気臭い雰囲気にしたくない。明日は祝うべき門出の日なのだ。
     外でも散歩して気分を変えよう。ソローネは宿屋のドアを開けて、瞳に淡い月の光を取り込んで歩き出した。


    「よう、お疲れさん」
     百貨店の前を歩いていると、ちょうどそこから出てきたパルテティオと鉢合わせた。頬が少し赤いので、酒をある程度あおった後だとわかる。大方アルロンドとでも一杯交わしていたのだろう。
    「何してたの?」
     ソローネが尋ねると、パルテティオは百貨店の方を指差し、歯を見せて笑った。
    「ちょっと顔馴染みの店に挨拶しておきたくてよ。これから蒸気機関の方で忙しくなると、なかなか来れなくなっちまうからな」
    「ふーん……。いいね、パルテティオは」
     ソローネはそれ以上のことは告げなかったが、パルテティオは表情を見て、ちょっと歩こうぜ、と言い密かの森の方向へ足を向けた。少し後ろからソローネが倣う。
     階段を降りて、町の端にあるベンチに並んで腰掛けた。あの夫婦の奥さんがはじめに座っていたところだ、とソローネは思った。パルテティオに向き直り、口を開く。
    「ねぇ、普通の幸せって何だと思う?」
    「普通?」
    「私は自由になった、これからは普通に生きたい。でも裏の世界しか知らない人間は、何から手をつければいいのかわからない。どうしたら人に溶け込めるの」
     あんたのように、という最後の一言をソローネは飲み込んだ。
     そもそも、この旅でこの男と出会えたこと自体が奇跡なのだ。自分の道と正反対の位置にいるような、存在そのものが眩しい男。恐らく散り散りになった後は、余程の事態でも起きない限り再会することはない気がする。そんな想像をしたソローネの胸に一瞬、侘しさの風が吹いた。
    「そうだな……」
     パルテティオは顎に手を当て考えた後、ソローネと目を合わせた。
    「例えば、あんたが誰かの懐から木いちごをくすねるとする。プロの業だ、普段なら誰からもバレやしねえ。だがたまたま、そこに熟練の元同業者で、足を洗ったばかりの正義感に満ちた男が一部始終を見ていて、あんたを断罪しようと首根っこを掴んだ。それは普通のことか?」
    「それはおかしい、私ならそんなヘマはしない」
     ソローネの即答する姿に、パルテティオは頷く。
    「だろうな。ただ、この街の者から見たら、ちょっと物騒だが〝普通〟の、〝よくある日常の風景〟のはずだ。普通なんてもんは、人によって基準が違う。ロックのおやっさんだって、前までの〝普通〟は、ただ一人の富と権力だった。でも今、俺と同じ未来を望んでくれるようになって、幸せを分け合うのが〝普通〟になったんだ。人間そんなもんだろ? 言葉尻に囚われるなんて、ソローネらしくねーよ」
     フ、と短く笑う。らしくない。それは十分自身がわかっている。感傷的になりやすいのも、冷静さを欠いているのも。
    「なぁソローネ、この旅で何を得た?」
    「…………そんなの、すぐ答えられない」
    「だよなぁ。俺もだ」
     にか、と笑い、パルテティオはベンチの背に手をかけて座り直した。
    「でも、この旅の仲間だけは、一番得難いもんだと俺は思ってるぜ」
     それも、わかっている。淋しいのだ、この七人との別れが。
    「迷ったら頼れよソローネ。キャスティは人手がいくらあっても足りねえはずだ。オーシュットと狩ってきた肉は、あんたの血抜きがべらぼうに早かったおかげで新鮮だったし、アグネアの踊りを見に劇場に通い詰めするのも楽しそうだよな。テメノスも助手がいないと不便だってこの前酒場で零してたぞ。オズバルドの旦那の娘さん、新しい話し相手を欲しがってるらしい。ク国も復興に忙しいだろうよ」
     ソローネの視界の霧が晴れる。
     言葉に出すのをためらっていたことを、目の前の男が当然のように口にしてくれた。
     私には居場所がある。仲間の隣という居場所が。
    「俺には、あんたの未来が一番輝いて見えるぜ。腰の短剣一つで、どこでも飛んで行けんだからな」
     ソローネの顔が変わった様子を見て安堵したのか、パルテティオはベンチから立ち上がった。足元とマントの埃を払う。
    「ま、俺と来てくれると一番助かるけどよ」
    「……え」
     ソローネの反応を聞き流し、パルテティオは帽子を被り直して頭部を押さえる。動き出す時のいつもの仕草だ。
    「じゃあな、早く寝ろよ」
     手を軽く振ってから宿屋の方に歩いて行くパルテティオを見送り、ソローネはため息をついて脚を組んだ。
    「……あいつ、意味わかって言ってんのかな」
     心なしか脈が早い。だけど、自分だけ意識しているようなら恥だ。高鳴らぬよう胸を押さえる。
    「じゃ、お言葉に甘えて、飽きたら社長の護衛係にでもさせてもらおうかな」
     はじめから付き従うつもりはない。パルテティオからしても、それは本意ではないだろう。自由を満喫してから会いに行っても遅くはないのだ。
     開けた未来を想像すると、笑みが自然に零れた。
    「ありがとさん、ってね」
     ソローネは一人口癖を真似て、月を見上げた。
     夜が美しいと感じたのは初めてだった。朝日が待ち遠しいことも。
     朝日が来るのは当たり前ではない。それはこの旅で身に沁みて知ったことだから。

    「ちょっとカッコつけすぎちまったか……?」
     歩き出していたパルテティオが、頬どころか首まで赤く染めているのを、ソローネはもう少し後で知ることになる。
     二人の顔を、遠くから青白い空が少しずつ照らし始めていた。




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