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    クルリ

    @rice_kajii

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    クルリ

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    ザプツェ供養。4年前の文章。本当にブツ切り。続きが読みたい。

    僕は、別に物語の主役になりたいわけじゃない。


    ○○○


     幼い半魚人は、目の前の男が紡ぐ物語に耳を傾ける。
     円筒の水槽と使い込まれたソファ。今日も一人の血界の眷属と、彼の愛すべき創作物の対話は始まる。天文学に、地質学、この世の物理法則等ありとあらゆる知識を教授すべく、彼と彼の作品の逢瀬は、昼とも夜とも分からないこの薄暗い空間で今日も繰り広げられる。
    この日、男が選んだのは童話だった。知識を吸収するのに言葉を知らなければ意味がない。豊富な語彙、豊かな表現。そして人物の心情の機微。人間の心。物語を通じてこれらを学んだ半魚人は、そこからどのように思考を巡らせるのか。伯爵と呼ばれるその男は楽しみで仕方がなかった。

     彼は半魚人を休ませる前に必ず童話を読み聞かせた。童話であったことに特に意味はない。彼の創り出した半魚人は、人類で言うと5歳ほどの見かけにも関わらず、科学分野の論文を理解してしまうほどの知能を持っていたのだから。しかしそれでも童話を選んだのは、彼の創作物の見た目からなのか。それとも、目の前の幼いその存在を、「我が子」として認識していたからなのか。それはもう誰にも分からない
     
     彼らは、アンデルセン童話、グリム童話、イソップ物語に、時には神話にも手を出した。
    因果応報、勧善懲悪。物語の主人公には善人もいれば悪人もいる。しかしそのどちらも、この水槽の中からは絶対に見ることの叶わない存在。書物の中に文字として綴られた存在。幼い半魚人はそう捉えていた。所詮、彼の世界の中心はこの水槽であり、彼がその口を開き語るべき相手は目の前の創造主だけなのだから。
    創造主が善人か、悪人かなんて、この空間からは分かるはずがない。生命の禁忌を犯して生み出された幼子と、世界のルールを超越せんとした血界の眷属。善と悪なんてここには存在しない。この世の法則から隔絶されたこの空間。ここは何一つ変わらない。今日も明日も明後日も。二人きり。二人きり。狼が少女を襲うこともなければ、王子が姫を迎えに来ることもない。彼と彼の創造物の間には何人たりとも入り込むことはできない。そして、子供に語る物語など生まれる余地もない。
    ずっと、永遠に、それは変わらないと、半魚人は思っていた。


     しかし、この停滞した空間にも物語は生まれることになる。
     その物語の名は、「一人ぼっちの半魚人」。
     主役はツェッド・オブライエン。
     寂しい吸血鬼が作り出した、たった一人の半魚人の物語である。


    ○○○


     創造主が殺された。

     残るは哀れな半魚人。

     偉大なる殺戮者は彼に問う。

     「諦念と共に灰になるか、 酸鼻極まる生にしがみつくか」

     永遠の孤独者は答えた。

    「           」


    ○○○


     ツェッド・オブライエンは考える。
    ここ、ヘルサレムズ・ロットにおいて、自分がいかに異質な存在であるのかを。

    彼はここへ来る前、創造主を殺した人物を師と仰ぎ、彼につき従い様々な場所を巡った。斗流血法という、血界の眷属を狩るための技を修得するために。師によって連れ出された水槽の外は、これまで見たことのないもので溢れかえっていた。物語でしか知り得なかった人間、動物、植物、色彩豊かな世界。それはもはや知識欲への暴力だ。
    彼は日々出会う新しい事象に興奮し、時には気絶し、師匠に叱咤されながらその牙を磨いた。
    そこには彼と師しか居らず、二人の間にはこれまでのようなガラス越しの一方的な対話こそなかったものの、「目の前の存在につき従う」という点では伯爵と共にあった日々とそれほど変わりはなかった。この頃になると、彼は自分の姿が人類には容易に受け入れがたい姿だということを理解していたし、そもそも彼の師が人類にとっての規格外だったのだから。
    彼は師に従い、研鑽に明け暮れた。

     しかし、現在彼がいるこのヘルサレムズ・ロットにおいて、唯一種であるその孤独は目に見える形で彼を襲った。異界と人界が交わる街だからこそ、どちらにも属さない存在はその違いをまざまざと見せつけられる。伯爵も居ない。師匠も居ない。突如放り込まれた混沌。つき従う存在の居ないこの街では、ツェッド・オブライエン個人が浮き彫りになる。
    そのたびに、半魚人は自らの出自に思い悩み、自らを主役とするこの人生に疑問を呈するのだ。


    「僕が物語の主人公になったら、それはとても暗い話になるでしょう」

     それは、ヘルサレムズ・ロットのとある酒場でのこと。
     透き通るような水色の肌を桃色に染め、ゆらゆらと揺らぎながらツェッドは目の前の男に語り掛ける。

     目の前の男――ザップ・レンフロは、数十秒前の不用意な自分の発言を後悔した。
    確か子供のための物語の話をしていたはずだ。レオナルドが妹に絵本を読み聞かせていたという話をツェッドがしたことがきっかけだった。ザップが童話「赤い靴」を知らないというから、ツェッドが内容を説明した。思いのほか話に食いつく兄弟子が意外だったのか、ツェッドは別の話のタイトルを挙げた。ザップが知っていると言えば登場人物の話で盛り上がり、知らないと言えば彼が内容を説明する。それの繰り返し。
    今日の斗流兄弟弟子は饒舌だった。レオナルドと三人で飲み始めてから2時間、そして彼が帰ってからも1時間続いた酒盛り。その間に彼らの喉を通り抜けたアルコールがどれほどの量なのか、それは彼らの顔色から窺える。

     だから油断したのだ。
     「あー、人魚姫は俺でも知ってんぞ。人魚のオヒメサマが出てくる話だろ。」


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