黄金に過ぎる なにかを忘れている。
忘却とは祝福だ。凡人は、限られた生と、限られた記憶力を、忘却という祝福をもって謳歌する。しかし、仙人に忘却の権能はない。すべて鮮明に思い出せる。己が囚われた時の絶望も、仲間とわかちあった喜びも、それを失った時のかなしみも、業障の苦しみも、全て覚えているというのに。
なにかを忘れてしまっている。そこにあったはずのなにかが消えてしまった空虚がある。なにか、とても尊く、うつくしいなにかが埋まっていたはずの虚しさを抱えている。
視界の端に飛ぶヤマガラを、陽の光を、山に生える石珀を見る度、忘れてしまった金色がチラついて離れないのに、それがなにかを思い出そうとすればするほどそれは追い求める己の手をすり抜けて遠くなっていく。
己の心がなくてはならないものだと渇望しているのに、思い出せないことがこんなに苦痛とは誰も教えてくれなかった。
己だけが忘れているのか、あるいは、もしかすれば、世界すら、忘れてしまっているのかもしれない。
なにが祝福だ。こんなものが祝福であるものか。こんなものまるでただの――――――
「業障よりもタチの悪い呪いだ…………」
旅の終点のその先で、世界から忘れられた旅人は。忘却の呪いに苦しめられるいとしいひとを抱きしめて、苦しそうに幸せそうに笑っていたのだけれど。
それを苦しむ仙人も、世界も知ることはできないのだ。