食後のお供は夕暮れベリーティー 人工の陽光が降り注ぐ洞天に魈は夕暮れの実をたくさん抱えて訪れた。
鮮やかなオレンジ色の木の実はすっかり熟して、甘い香りを放っている。いち、にい、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう。合計十個にもなるそれはころころとして今にも魈の腕からこぼれ落ちそうになって、慌てて抱え直すと足早に洞天でひと際存在感を放つ邸宅を目指した。
その洞天の管理人である仙獣に軽く挨拶をして、さっさと邸宅の中に入る。持ち主に似て澄んだ空気が満ちる室内は、以前まで持ち主の友人がひっきりなしに訪れていたものだが、最近は家主の容態に遠慮してか来客は少なくなった。家主の唯一無二の相棒も、気配に敏感な彼に気を使ってか、洞天にいるよりも璃月の街に繰り出していることのほうが多い。夜にはたくさんの食材を抱えて帰ってくる。だから、静かな邸内には魈以外に家主ひとりぶんの気配しかない。真っ直ぐに家主の――――――空の部屋に入れば、置かれたベッドの中心が丸く膨らんでいる。
「空」
「んぅ……あ、おかえり、魈」
柔らかな布団がもぞもぞと動いて、その端からひょっこりと金色の頭が現れる。普段の百戦錬磨の武人の姿はなりを潜め、どこかぽやぽやとしていた。以前にも増して色白い頬は薄っすらと赤く染まっている。布団からでる様子もなく、一見すれば風邪でも引いているように見えるだろう。
実際はそうではないことを、魈は知っているのだけれど。
「夕暮れの実を採ってきた。食べろ」
ベッド脇のサイドテーブルにたくさんの夕暮れの実を転がすと、空は腕を伸ばしてそのうちのひとつを手に取って甘い香りを存分に吸い込んだ。
「こんなにいっぱい!ありがとう、魈」
「そのままでは食べづらいだろう。切ってやる」
「ううん、いいよ。このまま齧り付いちゃお」
そう言うと、空は口を大きく開けてオレンジ色の果実に齧り付いた。口めいっぱいに齧り付いたはずなのに、果実が受けた傷はとても小さい。時に大胆な彼と反対に慎ましい口が可愛いと魈は思う。
「んー、おいひい!」
「ゆっくり、たくさん食べろ」
「あはは、食欲落ちちゃったもんね」
「自覚があるならもっと食べろ。身体を壊す」
「食べたほうがいいのはわかってるんだけど、この子たちのほうが気になっちゃうんだ」
空は、夕暮れの実を持っていないほうの手でゆっくりと布団をめくる。先ほどまで空のぬくもりに包まれていたであろうそれは、ほんのりと緑色を帯びた、まあるいふたつの卵だった。
産んだのは空で、孕ませたのは魈。
すなわち、空が懇切丁寧に――――――それこそ洞天から出ることもなく、極力ベッドから離れようともせず大事に大事に愛情をこめて育てているのは魈と、空の子供だった。
「空、卵が大事なのは分かるが、卵のためにお前が身体を壊してしまえば本末転倒だ。それに、仙人の子供は多少放っておいても死にはしないと何度も言っただろう。鍾離様のお墨付きでもある」
空が卵を産んだのは三か月前のことである。卵を孕んでいる間は危ないからと魈を含め色んな人に洞天で大人しくしているように言い含められ、外に出て動きたがっていた空だったが、卵を産んでからは卵から離れたがらず外にも出ようともしなかった。鳥で言う、抱卵に近い行動なのだろうと言ったのは鍾離だったが、本来仙人の子には必要のないことである。
仙人の成長期間や方法は様々だが、魈の子供の場合は卵が産まれるまでに一か月、産まれてから十月十日だ。既に三か月、卵が腹の中にあった期間も含めれば四か月空はろくにベッドの上から動いていない。空の友人たちが時々やってきては食事を持ってきたり、今日のように魈が食べさせるのだが、抱卵にあたって落ちた食欲では以前のようにたくさん食べることもできていない。魈は人間の生活にさほど詳しくないが、長い期間このような生活を続けていることがよくないことくらいは分かる。
しかし、空が卵を大事にしているのも分かるので、空の意思を尊重し続けていたら三か月も経ってしまった。流石にそろそろどうにかしなければならない。
「うう~、鍾離先生が言ってるのも分かるけど……でも……」
「分かるなら聞き分けろ」
「でも、俺が見てない間になにかあったら怖いんだよ……」
「……ならばお前が見ていない時は我が見ていればいいだろう」
「だって、魈にはやることがあるでしょ?」
「食事や多少の外出の時に見ているくらいならば支障はない。それに……」
「それに?」
空が、言い淀む魈を真っ直ぐみつめて首をかしげる。
「それに、我も親だ。空だけに子育てさせるわけにはいかぬ」
空は数度、ぱっちりと開いた目をぱちぱちと瞬いて、ふふっと笑う。
「うん、じゃあ魈にお願いしようかな!なんだかお腹空いてきちゃった!」
ふたつの卵をブランケットで包み込んで、魈の腕に預けると、空は卵の代わりにたくさんの夕暮れの実を抱えて立ち上がった。
まだ覚束ない手で、それでもなにより大切そうに卵を抱える魈を見て、今までの不安が晴れたような笑みを浮かべる。
「これは夕暮れベリーティーにして、それから満足サラダも作ろう。あとは……魈は何が食べたい?」
「空が作るものならなんでもよい」
「えー、それじゃ、モラミートでも?」
「む……」
苦手な食べ物を挙げられて、魈は顔をしかめた。
「あはは、冗談だよ。あとは、チ虎魚焼きも作ろっか」
空が、痩せて細くなった指で魈の衣装を引いて扉を開ける。
「部屋から出るのも久しぶりだ~!」
「ずっと引きこもっていただろう。すこしは外出したほうがいい」
「じゃあ、その時は魈と子供たちも一緒ね」
「卵も連れていくのか?」
「だめかな?」
「だめではない」
「それじゃあ決まりだ!」
腕いっぱいの夕暮れの実を危なげなくしっかり抱えて、空は厨房に向かって歩き出す。魈は慣れない手つきで卵を抱えてそれに続いた。そろそろパイモンも食材を抱えて帰ってくるころだろう。その中に魚肉があるといい。
「満足サラダに夕暮れの実を入れたら美味しいかな?」
「リンゴが入っているのだから、美味しいのではないか?」
「じゃあ、半分はサラダに入れようかな」
「四つも入れるのか?」
「だって、この夕暮れの実すっかり熟してるから、早く食べちゃわなきゃね」
「そうか」
「そうだよ」