「ケープ振り合うも多生の縁」トロ君家出する(心と体の乖離・逃走と容認)無防備に横たわる狂おしい海の星を気が付いたら腕に抱き込み、手を頬に這わし己が次に何をしようとしていたのか恐怖した。
名残惜しく、けれど慎重に腕から枕に戻してやる。
早く離れなければ、自分がまた正気を失う前に。
いつものように楽園の海に身を投じる、しかし流しても流しても身を焼く鈍い熱が収まらない。
その日から”家”に戻れなくなった。
日が昇り、また日が落ちる。
ずっと玄関でそれを見ていた。
途中からレディが隣によりそい、時折頬ずりしてくる。
何度目かのレディの小さな鳴き声に額をなでてやり、家に入る。
わかっていたじゃないか、それでいいと言い聞かせてきたじゃないか。
ふらついた足取りでソファに倒れこむ。
世界の色が消えていく、容赦のない過去が襲ってくる。
融合「ん-ーーー」
何とも言えない顔でうなる融合、はんなりが真似をして一緒にうなる。
湯豆腐「どうしたの?」
融合「いあさぁ、ここ最近あいつらみねーなぁって」
首をかしげる湯豆腐。
融合「…お前けっこうドライよな」
はんなりをだきしめて、ご自慢の弾力な海月ヘアに顔をうずめる。
湯豆腐「僕は君たちがいればいいからね」
はんなりの肉球で遊ぶ。
融合「俺もそれはそうなんだけどさぁ」
湯豆腐「嘘つき、おせっかい。無責任で優しいね。」
融合「え、ひどくない??というか、あいつらに関してはわりと責任とってるよね?!」
湯豆腐「じゃあ、とりにいけばいいじゃん。」
融合「何、俺なんかした??あたり強くない??」
湯豆腐「今日はふさまたち一日あいてるっていってた」
融合「すねるなよぉ、留守番していいからさぁ」
はんなり「お留守番?」
融合「湯豆腐がね」
はんなり「やー!!!カビ子と遊ぶの!!今日約束してる!!」
先ほどまで機嫌よくなされるがままだった、小さな猛獣があばれだす。
湯豆腐「ほら、こうなる。君だって一人になれないでしょう」
融合「あばばば、はんなりさんおちついて!削れちゃう、えぐれちゃうから!!」
はんなり「びあぁやああぁっ」
泣き暴れるはんなりの咆哮に黒い流星が落ちてくる。
カビ子「…じっ」
融合「ほーら、カビ子が迎えに来たよ。遊んできていいから!」
フユキ「なにやってんの」
融合「てへへ、ちょっと予定はいっちゃった。どっちかつれていこうとしてこれさ」
肩をすくめてはんなりの爪痕をなでる、カビ子のしっぽで高い高いしてもらい上機嫌のはんなりをみて湯豆腐に手を合わせる。
湯豆腐はやれやれと、外出の準備にむかう。
融合「というわけなのではんなりを宜しくお願いします。」
フユキ「はいよー、いってらっしゃい」
融合・湯豆腐「いってきまーす」
薬だけでは光の限界がきてしかたなく闇の花らを払いに行く。自分の責でフェリエルを消してはならない。
ずっと視界がゆがみ振動しない音を耳が拾い続ける。
レディの背につかまっているのも限界が近かった。
ぼんやりとレディの嘶きが聞こえた気がした、浮遊感と共に意識が途絶える。
レヴを乗せたレディ・エルに見覚えのない星の子がちょっかいを出してるのを歯ぎしりしながら耐え見る。
トロ「!!」
あいつ!エルの顔を蹴りやがった!!
驚いて体勢を崩したレディの背中からレヴが零れ落ちる。
無我夢中で落ちる星を抱きかかえ、レディに叫ぶ。
トロ「逃げろ!!」
大咆哮をあげ、レディが高く飛び逃げる。至近距離でそれをくらった星の子がふらふらと落ちていく。
それを後目に自分もレヴを連れて森のへ姿をくらます。
かなり距離を稼ぎ、そろそろいいだろうと気を緩める。
腕の中のレヴが身じろぎをし、その呻きが甘くコアに響く。
かおりが、熱が、焦がれてやまない光が再び手の中にあった。
どうにかなってしまいそうな情動がこみあげてくる、何とか食いしばりそっと木の幹にレヴ降ろす。
そのまま覆いかぶさるように木の幹を己の指先が欠けるほど掴み、耐えしのぐ。
しばらくしてレディが追い付いてきて、トロに額をなする。
蹴られてしまった所をなでてやり、具合を見る。ひどくないようで胸をなでおろす。
去ろうとするトロにレディが進路をふさぐが、さらりと抜けられてしまう。
悲しそうなレディの鳴き声が遠のく。
トロ「…これでいいんだ」
虚ろに歩い先にレディを蹴った星の子が舌打ちをしながら周囲を探していた。
怒りをむき出しに槍を握りこむ、紅く燃え上がる瞳が獲物を逃がしはしない。
融合「レディ、見せてごらん?」
いきなり現れた融合にレディが飛び上がる。
湯豆腐「驚かしてんじゃん」
融合「えー、だってまだ気配消しとかないとトロ気づくじゃん。俺とステラちゃんお手製の戦士よ?」
湯豆腐「はいはい、レディの傷は僕が診るからレヴ君診てあげなよ」
融合「へーい、レディちょっとレヴに触れるからな」
不服そうに尻尾を地面に軽く叩きつける。
湯豆腐「ひどい目にあったね、湿布を貼っていいかい?」
見慣れた湿布薬を掲げている湯豆腐にしょもしょもとしながら顔を突き出すレディ。
融合「…こりゃ相当こじれてんな、しばらく要注意だわ。とりあえず工房に運ぶか?うーんでも、トロそろそろ戻ってくるよなぁ」
湯豆腐「僕たち見たら余計こじれるんじゃない?」
融合「でっすよねぇ!!ずらかるぞ、レディがんばって!」
言われるまでもないわと尻尾で融合をベシベシと叩く。
融合「うんうん、その調子。どうしようもなくなったら俺かオリーブさんとこきな」
融合達がいなくなってほどなくレヴが目を覚ます。
ぐいぐいとレディが頭をおしやり、焦点の定まらないレヴを背中にのせる。
ゆっくりと離陸し工房をめざす。
その様子をちょうど茂みに戻って隠れたトロが見守り追跡する。
数日後、過去と現在の境界がどんどん曖昧になっているレヴがついにレディを頼ることをやめてしまった。
背に乗ることなく、おきざりにしようとするレヴを何度も何度も追いかける。昔に戻ったようだった。
レディをまき、一人で飛んでいる最中にレヴの意識が途絶え落下する。
その躯体が地に叩きつけられる前にトロが救い上げる。
この前のように近づいてきているレディにレヴを渡そうと、人目のつきにくい場所に降ろし身を隠す。
レディがレヴをみつけてすり寄る、しかしそのままどこかへ飛んで行ってしまう。
トロ「レディ!?」
どんどん遠のいてくレディの気配に慌てふためく。
追えない程遠くにいってしまい、放っておけなくレヴの隣による。
数日ぶりにしっかりと間近で見る、感じるそれに酔いそうになる。暴れる熱を抑え込めなくなりそうだった。
はらりと髪の合間に見える顔色が理性を引っ張ってくる、心と体の乖離にコアが悲鳴を上げる。
頭を掻きむしりどうにか切り替えようとする、それほどにレヴが弱っていた。
日が落ちてきて、レヴの体が震え出す。
トロ「っっ」
家に踏み入れたら歯止めが利かなくなりそうで、躊躇していたがもうそんなこと言ってられなかった。
ほんの数日、それでもとても長く離れてたと思えた場所に帰ってきた。
慣れた足取りで寝室へ入り、レヴを寝かしてそっと頬をなでる、指先が甘くしびれてコアが軋む。
ゆっくりとのけようとした腕にレヴの指が袖を掠るように捕まえる。
惹きつけてやまない海の瞳が瞼からのぞき、口をはくはくとさせていた。
それもつかぬ間にだらんと腕が寝台に戻る、しかし視線だけはしっかりとトロをみていた。
射貫かれて、吸い込まれそうになるそれに胸をかきむしりながら
トロ「レヴ兄、おやすみ」
そう言って、部屋を出るのが精一杯だった。
玄関の扉をあけると突然の衝撃が体を襲った、完全な不意打ちに尻もちをつく。
融合「…お前もまだまだだな」
衝撃の元の脚をおろす師匠がいた、蹴られるまで師匠の気配を感じていなかった事にも驚き俯く。
オリーブ「あまり人の子と言えないんじゃない?」
ぬっとあらわれたオリーブに、今度は融合がぎょっとする。
オリーブ「子犬ちゃん、今のあなたたちを物理的にどうにかしてあげる手段はあるわ。」
杖でトロの顎を持ち上げる。
頬をかき困惑顔の融合がしゃがみ視線をあわせてくる。
融合「まぁ、なんだ。お前たちの意思次第だ。ちゃんと向き合って来い、後の手助けはしてやるからよ」
コツンと杖でトロの頭をたたき翻すオリーブ、叩かれた頭をため息をつきながら雑に撫でてやる融合。
二人が夜の暗闇に消えていく。
隠れさせてた湯豆腐と合流するオリーブたち
湯豆腐「レディはふさま達がみてくれてるよ。そっちはうまくいったの?」
はんなり達が夕食を終え、ゆったりとしていた所に全速力のレディが襲来し事を知らせてきた。
レディは疲れ果ててしまい、融合達の拠点で介抱されている。
融合「ん-、まだこれからよ。これで逃げるようならあいつはもう駄目だ」
オリーブ「あら、可愛がってたのに捨て犬にするの?」
融合「オリーブさんこそ、トロの事どうでもいいと思ってるでしょう?あなたは今回レヴだけだ」
この人は一度だってトロの事を個と認識していない。
正解よと言わんばかりに揺蕩う暗闇がニィと笑っている。
オリーブ「狼を飼い犬にして捨てるなんて悪い子ね」
融合「いい猟犬になったと思ったんだけどなぁ、帰りたがる場所が違うというならそれまでですよ。」
湯豆腐「人の子と言えないよね、可愛がってると言っても鉢に植えた植物にしか思ってないでしょ。」
うまく育たなく枯れてしまえば躊躇なく捨てるくせに、どっちがドライなのかと続ける。
融合「俺はお前らで手一杯よ。園芸するぐらいはやれるけどさ」
意を決して寝室の扉を開く。
戻ってきたトロを見て虚ろだった目を見開き、泣きそうになるレヴ。
しかしもうその体力すら残っておらず、トロに手を伸ばそうとしても少し指先が動くだけだった。
トロ「レヴ兄、ごめんなさい」
レヴ「…うん」
ほとんど音にならない声が答える
膝をつき伸ばされた指先にをおずおずとふれ
トロ「オレ、ずっといっしょに居たい…でもひどいことしそうになるんだ」
レヴ「うん」
トロが顔をゆがめながら、壊さないように手を包む。
レヴ「…いいよ」
よわよわと手を握り返して、限界が来たレヴの瞼が落ちる。
手も心もまじわるそれにトロの感情が堰を切る。
声を殺し雄たけびにも似た嗚咽が部屋に響きわたった。
壊れた大事な宝物をかき集めるように、だけどこれ以上砕けない様に抱きしめる。