Cutie magic 2「今日からパーティの日までは服も着替えてメイクもして過ごしてもらうわ」
騎士団本部の二階。リサやジンが使う休憩室で、空とアルベドはにこやかに宣言してくる図書司書に無言のまま頷いた。
彼女は両手にそれぞれ色違いの紙袋を提げて、「こっちは可愛い子ちゃんの」「こっちはアルベドの」と二人に向かって差し出すと、「ひとまず中身を広げてみてちょうだい」と長机の方を指した。
目配せしあった空とアルベドはリサに言われるまま、紙袋から取りだしたアイテムを一つずつテーブルの上にのせていく。
どちらにも共通して入っていたのは、透明度の高い水まんじゅうのような、手のひらサイズのぐにぐにとした球体が二つ。よく見ると、空の物はアルベドの物よりも一回り大きいサイズだった。
その球体を隠すように覆っていたのはブラジャーで、セットであるショーツが迷子にならないよう、ストラップ部分にリボンで結ばれている。
「…………」
「…………」
黙ったまま更に袋の中身を探ると、空の方からは膝下丈のワンピース、アルベドの方からはテーパードパンツとチュニックブラウスが顔を覗かせた。
一番下には長方形の箱が大小二つあり、開いてみると大きな箱には靴が、小さな箱にはブレスレットとリングが行儀良く収まっていた。
長机の上の光景は、おそらくファッション好きな誰かであれば瞳を輝かせていたのかもしれない。どのアイテムにもまるで安物感がなく、むしろある一定の価格はしそうだということは男である空にもなんとなく伝わっていた。
取り出したワンピースは室内の照明を浴びると上品に光を反射して、落ち着いたブルーグレーを明るく見せている。丸襟の裏側からのぞく繊細なレースは首元を華奢に見せるだろうし、五分丈の袖は末広がりのドレープがかかっているため、肘から指先までやわらかに演出してくれそうだった。
隣のアルベドが広げたチュニックブラウスは淑やかなカーキ色をしていて、腰よりもやや上の部分がウエストマークになるよう絞りが入っている。空とは違った立襟はどこかスマートな雰囲気を纏って、衣装を手に取るアルベドに期待の眼差しを向けているようだった。
女装をすると聞いていたのだし、この準備は想定していた。しかしひとつ、さすがに確認を取らなければならない物がある。それはアルベドも同様だったのか、彼が先に口を開いてくれた。
「リサ。……こっちの、おそらくスライムで作ったものと下着は、胸を作る用途で?」
「ご明察。理解が早くて助かるわ」
「(やっぱり……)あの、上はまだわかります。ないものをあるように見せないといけないので。ですが……」
言い淀むとリサは小さく微笑んで「下はいらないんじゃないか、と言いたいのかしら?」と空と目線を合わせるように腰を折る。浮かべていた問いを先回りして拾われた空はこくりと首を縦に振った。
「確かに、見られる場所ではないし履かなくてもいいと思ったのよ、最初はね? だけど、こういうことは見えない部分も気を抜いてはいけないような気がして……セットで買っておいたの」
「で、でも、あの」
「ふふ、そんなに怯えないで。最低限、上だけ形になればいいわ。でも……任務の成功率を完璧に近づけるためにも、一度試着はしてみて欲しいのよ」
「………………」
リサに圧され、言っていることが果たして正論なのかどうか判断がつかなくなってきた空に助け舟を出したのは、球体をつついたアルベドだった。
「リサ。空の服装だと、下半身が無防備になりすぎる。用意されたものを履くにしても、隠せる何かがあった方がいいと思う」
「あら、それもそうね。それなら、ペチコートを用意しておくわ。今日は間に合わないけれど、明日には手配するから。それならいいかしら?」
いいも悪いも、そもそも女性ものの下着を身につけることに抵抗があるということをわかって欲しいのだが、真面目そうに、けれどやはりどこか楽しそうな笑みを深くするリサを前に、空はもはや選択肢などどこにもないなと諦めて、「大丈夫です……」と天才魔女の全身コーディネート(下着含む)を受け入れた。
着替えと化粧のため、アルベドと空とで別々の部屋が用意された。同じ場所でいいのにと空は思ったが、完璧に仕上げてから顔を合わせた方が新鮮な驚きがあるからとリサに言われてしまい、そういうものなのかと半分無気力に受け入れていた。
ここで意見をしたところで、おそらく彼女のコントロールする方へ流れるだけだろう……アルベドも「ごめんね」とでも言いたげな眼差しを送っていたし、あの場でリサを止められる人間は誰もいなかったのだから仕方がなかった。
先に着替えを済ませてからメイクをすると言われ、空は着ていた衣服を脱いで、まずは下着から身につける。
「うわー……ぜんぜん心許ない……」
ふわふわした素材のショーツは純白で、腰のゴム部分にはフリルがあしらわれている。臍の下になる場所には可愛らしくリボンがつけられていて、ワンポイントの飾りになっていた。
一応臀部は覆うものの、股間に垂れるいまは小さな茎と二つの肉玉には、布面積が足りないせいか、変に食い込む感じがする。それに、普段より剥き出しになる股上がすかすかとしていて落ち着かない。女性はこんな心細いものを履いて過ごしているのか……と今後味わう事はないだろう着心地を知って、空は尊敬を含んだため息をついた。
しばしショーツの中で形を整えたあと、次に胸に膨らみをつけるための準備をする。
ブラジャーはフロントホックのタイプだった。着替えをしやすいようにという配慮らしい。その配慮はもっと別の方向に使ってほしいと思いつつ、空は説明されたようにストラップへ腕を通し、ホックを繋げてからやわらかな球体を詰めていく。カップからはみ出ないように上からぎゅっぎゅっと押さえつけると、正面から何者かに圧迫されているような、少しの息苦しさを感じた。
「んー、きつい……ええと、緩める時は……」
リサからの説明を思い出してホックの位置をひとつ寛げてみると、ちょうどいい具合になる。こんな感じかな、と軽く動いてきちんと固定されたか確かめたが、カップの中から球体が飛び出すことはなかった。
それからワンピースをかぶり、着替え終えたとリサを呼べばメイクが始まる。全部詰めたボックスを持ってきたの、とリサが抱えたメイク道具は、空からすると同じようなものばかり詰め込まれているように見えた。しかしこういうものは同じように見えて少しずつ違うのだと、今は遠い妹がかつて口を尖らせて説教してきたことを思い出す。
数あるブラシの中から一本を取り出して、リサが空の頬や額にパウダーを塗布していく。手の動きは迷いがなく、鏡に映る空の顔をどんどん塗り替えていった。
「あなたはアルベドとは違った雰囲気にするわね」
「ふうん……? どんな雰囲気?」
「彼はクールな仕上がりにしたから、あなたはキュートにするつもり」
「キュート……男なのに……?」
「そうね。でも、この衣装を着て、パーティが終わるまでは、可愛いあなたに変身してもらわなきゃ」
任務のためにもね、と美麗に微笑んだリサに、空は半分だけ苦笑を滲ませて頷いた。