Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    soseki1_1

    @soseki1_1の進捗置き場 センシティブもある

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 94

    soseki1_1

    ☆quiet follow

    ノワ🔮の好きな珈琲の話(大ノワ傭占)

     僕は多くのことを知り得ていたのに、自分のことは殆ど知らなかった。正しくは、知らないようにしていた。
    「お前の目は驚くほどに多くのものを見つけ出す」
    いつだったか、僕の片方の目を見詰めながら兄さまは言った。
    「お前の目に映るのは広く大きな世界だ。そんな世界において、個人などという小さなものに囚われるべきではない」
     その個人には僕自身も入っていたので、僕は僕を見つけ出すことを忘れていた。
    「お前は、なんにだってなれるんだ」
     あなたが望むなら何にだってなりたかった。

     そうやって無謀に投げ出した僕を見つけたのは彼だった。
    「趣向は個人を識別する為の重要な指標だ。仕事はあまり当てにならない。まずは、お前の趣向を知るべきだ」
     まずという割に、この趣向を知るのに多くの時間が費やされた。僕は珈琲が好きか嫌いかも、別の何かが、例えば紅茶や水が好きなのかも含め、何も知らなかった。告げられる飲料の名称を前に、ただひたすらに沈黙を選ぶしかなかった。するとその後から毎日違う飲み物が出され、それが一週間と少し続いた。苦い珈琲、甘い珈琲。ストレートティーニミルクティー。眠る前は決まってハーブティーが湯気を立てていた。
     最初は彼が手づから淹れていたそれらは後々になるにつれて僕が淹れるようになる。メロディー家の教育の賜物により、珈琲も紅茶も手際よく淹れられた。鞭を打たれなくなってからというもの、この淹れ方について僕に指示を出す人は誰もいなかった。のに、彼は時々指示を出した。「砂糖をもう少し入れてみなさい」だとか、かと思えば「そのまま飲んでみるといい」だとか、気まぐれにも思える指定が入った。鞭を伴わない指示は初めてで、告げる声は何処か柔らかい。
     奇妙な命令に僕は従順と従った。この奇妙の皮の下にあった真実を、僕は一週間後に知ることとなる。
     ある昼間、彼はマグカップを差し出した。僕の監視を命じられているために自宅待機が多くなった男の体に軍服はなく、白シャツとスラックスを纏った普通の男がいた。ただ傷跡のある手だけはシャツにもスラックスにも隠せなくて、あらゆる悲惨さを感じさせるその皮膚がどうしてもマグカップにそぐわなかった。
    「観察と試行の結果だ。飲んでみなさい」
     彼はそう言って対面に座った。マグカップと彼に向かい合いながら、僕は瞬いた。観察と試行。「君の好みだ」なんの? そう思った僕を察した彼は続けて言った。僕の好み。
    「そんなものは無い」
     正しくは、あってはならない。事実を言ったのに、彼は僕に眼差しを返してこうも言う。
    「そのままの珈琲を口にしたとき、左側の眉尻が僅かに下がる」
    「は?」
    「砂糖を入れると元通りに戻る。ミルクを追加すると微かだが頬の強張りが解ける」
     僕は黙った。並べ立てられたのは、何度も消そうとして消した表情達だった。美しいお皿と食事の前に鏡を置かれて、自分の顔を見ながら食べていた。うんと前のあの頃に、僕は恥ずかしさと悲しさと苦しさを一緒に飲み込んでみせた。だから消えていたはずなのに。
    「どれも極僅かな呼応だったため、確信が持てない。出来れば君の感想が欲しい」
     カップからは白くて暖かな湯気が立っていた。たぶん、それを持って口に運んだんだと思う。慰めみたいな言葉と同じ、甘くて暖かくて柔らかな味で味蕾が包まれていた。目のすぐ下に殆どカフェオレになっている珈琲が見えていた。僕は、何も言えなかった。美味しいというべきなのか、不味いというべきなのか解らなかった。なんの指示も任務もないからだ。感想なんて少しも言えなかった。
    「もう少し甘くしてみよう」
     言いながら、彼は席を立って台所に行った。何が見えたのかとても気になった。僕がどんなふうに見えていたのか。どの感情を消せばいいのか気がかりだった。これは今も教えて貰っていない。ただ、あのマグカップの熱さと甘さは覚えている。
     ミルクと砂糖の入った甘い珈琲。あれはきっと、たぶん、僕の為だけに作られたものだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    soseki1_1

    PROGRESS大佐🤕と喧嘩して家出した🔮を匿う副官🧲2
    /現パロ大占傭占
    「ああ、いるよ」
     携帯電話から届く声が誰なのかは判別がつかない。ただキャンベルさんの口ぶりと目線で彼だと解った。彼は眇めたような流し目で僕を見た。
    「僕の家に居る」
     裏切られたと思った。立ち尽くした足が後ろにたたらを踏んで、この家から逃げようとする。だけど裏切られたという衝撃が体の動きを固くしていた。そのうちに、彼は言った。
    「なんで? あげないよ。送り届けてなんてやらない」
     踵を返して走り出そうとした足が止まる。息を止めたままキャンベルさんを見ると、彼はもう僕の方を見てはいなかった。ただ、唇を歪めて厭に微笑んでいた。
    「飽きたんだろ?貰ってあげるよ。常々美味しいんだって聞いてたし」
     怒鳴られてる。とは、漏れ出る音で解った。そういう空気の振動があった。それに構うことなく、キャンベルさんは鬱陶しそうに電話を耳から離すと、液晶に指を滑らせて電話を切った。四方形のそれをソファに投げて息を吐く。僕の、何とも言い難い視線に気付いたのだろう。彼はもう一度目線だけで僕を見た。それが問い掛けの代わりの視線だと解ったから、逃げ出すより前に口を開いた。
    744

    soseki1_1

    PROGRESS求愛してる白鷹とそれに気づかない夜行梟/鷹梟/傭占
     そもそもの始まりは食事からだった。と、夜行梟は呟き始める。狩りのやり方を教えた頃から、やたらと獲物を取ってきたがると思っていたのだ。覚えたての狩りが楽しいのだろうと微笑ましく思えていたのは一、二年ほどで、そのうちどこからか料理を覚えて振舞うようになった。あれはそういうことだったのだ。給餌だ。求愛行動のひとつだったという訳だ。夜行梟はその真意に全く気付かず、私の料理美味しくなかったかな、悪いことしたな、なんてひとり反省していた。
     夜行梟の誕生日に三段の素晴らしいケーキが出された辺りから、つまりは今年のハロウィーンを終えた辺りから、いとし子は本領を発揮し始めた。まず、夜行梟の寝台に潜り込んだ。今思えばこのときに気付いてもよかった。よかったのに、夜行梟は布団の隙間を縫うように身を潜らせたいとし子に「怖い夢をみたのかい?」なんて昔と同じように声を掛けた。もうとっくに子供じゃなくなっていた白鷹は、このときは未だ我慢していた。「そんなものだ」とだけ言って隣に潜り込み、足を絡ませて寝た。今思い返すと完全に求愛だった。鷹族の習性だ。鳥型の鷹は空中で足を絡め合い、互いの愛情を深めるのだ。鷹族の遠い親戚からきちんと聞き及んだ話だった。のに、思い当たらなかった。まだ甘えん坊さんだな、なんて嬉しく思っていた。
    877

    recommended works