かさりと乾いた音に後ろを振り向けば小さな紙袋が目に入った。ケツポケットから煙草を取り出した際に落ちてしまったのだろう。
最近のおれを悩ませているその小さな紙袋。いっそのこと落としたことに気がつかずに、なくしてしまえたら良かった。
このまま風に攫われてしまったなら諦めもつくと言うのに、少し屈んで手を伸ばせば、簡単にそれは自分の元へと返ってきた。
くしゃくしゃになったソフトケースからこれまた少し草臥れた煙草を取り出して火を点ける。
深く吸い込めば全身へ駆け巡る充足感に、目を諌むと細く煙を紡ぐ。
(…どうしたもんか)
明日が誕生日だという愛し子に贈ろうと前回寄った島で購入した誕生日プレゼント。
再会してから初めての誕生日で、祝う事自体も初めてだ。以前の自分はどんな顔で祝っていたかと思ったが、そもそも祝っていなかった。なんの参考にもならない。役に立たない過去の己に辟易。美味いはずの煙も苦く感じる。
鬱々とした気分ごと吐き出すように煙を溢せば、煙が目に沁みて腹が立つ。
ハートの海賊団ではクルーの誕生日を祝う口実で頻繁に宴が開かれている。船長であるローの誕生日はそれはまた盛大に祝われることだろう。たくさんの人間に愛されているな、なんて嬉しい反面、少しだけ寂しさを感じてしまう。
(ローも大人になったんだな…)
大好きな人
食堂の前偶然聞いてしまったその言葉に思わず脚を止めた、中を覗けばローが古参の連中と酒を酌み交わしていた。少し酔っているのか、卓に肘を付き掌で傾く身体を支えている。初めてみた酔った姿に少しだけ思考を何かが掠っていったが知らない感覚に名前を付けることはやめてその場を後にした。楽しそうな雰囲気に年寄りが水を差すべきではないだろう。
生き別れたのか死に別れたのかはわからないが、どこか遠い目をしながら寂しそうに笑うローにその大好きな人とやらは今は近くにいないのだなと悟る。言葉の端々にその相手が心底愛おしいのだと滲んでいた。
(どんな相手なのだろう…)
顔も知らないローの大好きな人。おれの知らない数年間に出会ったのだろうか。偶然が重なった奇跡のもと再び一緒に旅をすることになって半年ばかり、おれの知らないローの顔を見るたびに胸が苦しくなる。どんなに悔やんでも時間を埋めることは叶わない。側にいなくてもなお、心を占める相手を想像しては胸を燻る正体不明の不快感に掻き毟りたくなる。気が狂ってしまいそうだ。
ニコチンの補充で冴えた頭は余計なことを考えてしまうからよくない。
なにもかも知らないままでいられたのならこいつも何でもないような顔でローの元へ行けただろうに。
煙草の煙のように勝手に空に昇って霧散してしまえばいいのだ。つまみ上げた紙袋へ煙を吹きかけてみるが、吹いて飛んで消えてしまうわけはなく紙袋は所在なさげ揺れている。
これを買った時はただローの誕生日を祝いたいだけだった筈なのに、おれもこいつも名前知らないナニかに臆してなにも出来ないなんて、これを渡したら分かるのだろうか、受け取ってもらえるのだろうか、明日変わってしまうだろう関係性が少し怖くてどうやら今夜は眠れそうにない。