おうるっくとディルガイ① その朝、ガイアは上機嫌だった。
天気はいいし、最近鹿狩りで売りはじめた人気のデニッシュも入手できた。
バターたっぷりに焼き上げたサクサクの生地に、練り込まれたレーズンが入っているのがたまらない一品。
数量限定だからすぐ売り切れる。朝は持ち場の見回りをしてから城門をくぐる騎士団員が味わえる確率は極めて低いのだ。
面倒な書類仕事は昨日のうちに終わらせたから、今日は残業もなし。
それに、なによりも。
手のなかの紙を大事に握りしめて、ガイアはふふんと鼻を鳴らした。今朝、エンジェルズシェアの前を通りかかった時にチャールズに呼び止められたのだ。
渡されたのはアカツキワイナリーの新商品のチラシ。不定期に発行されるこのチラシには、大抵いつもノンアルコール飲料なワイン、BARで飲めるカクテルなんかの新作が三、四種類ずつ掲載されている。
常に酒の味を旨くすることに余念がなく、革新的な商品を世に送り出しつづけているワイナリーが生み出す新作に、今までハズレがあったことは一度もない。
さて、今回はどんなのがあるだろうか。今日は早く引き上げて、新しいカクテルを酒場で試すってのも悪くない。
騎士団の執務室にたどり着いたガイアは、うきうきと折り畳まれたチラシをひらいた。
「は?????」
酒への期待が一気に衝撃に塗り変わる。
目に飛び込んできた水彩風のイラストに思わず一度我が目を疑い、とじてから恐る恐るもう一度見る。
紙面の四分の三を埋めるのは、いつもと同じ飲料の紹介だ。それはいい。うん。今回も力作揃いのようだ。あとでじっくり目を通そう。
問題はその下にある、でかでかと書かれたグッズという文字だった。
ちなみに。補足をしておくと、アカツキワイナリーが飲料だけじゃなくグッズの類いを売り出すのは、何も今回がはじめてじゃない。
現オーナーの顔のよさを重々承知している彼らは、季節ごとのブロマイドをはじめ、ディルックを全面的に押し出した商品を多く生み出していた。
なかには珍妙なものもある。たとえば生産者の顔写真つきラベルの限定ワインとか。
誰得だというのだ。そもディルックはあくまでワイナリーを経営するオーナーで、直接酒を作っているわけではないというのに。まあ、即完売したらしいしうちにもあるけど。
いや、そんなことはどうでもいい。つまりそう、今まではディルック自身の写真だとかサインだとかが商品になることがほとんどだったのに。
「なんだよこれ」
今回チラシに掲載されているのは、何故かぬいぐるみだった。
それも、あのすらりと均整のとれた体つきや整った顔立ちとは似ても似つかない、ちんちくりんの、変な丸っこい生命体だ。
まあ、ぬいぐるみだから正確には生きてるわけじゃないんだが。
やけに無垢な目に、ふにゃっとした意思のない口もと。誰かさんをほうふつとさせる特徴的な赤毛が覗いている。
両側にぴろぴろとした羽が生えているのを見るに、一応は鳥の一種らしい。
商品名の欄には「おうるっく」と書かれている。なるほど、鳥種としてはフクロウのようだ。オウルとディルックをかけてるのが絶妙に上手い、というか。
「いや、これが旦那様とか」
ありえないだろ……と思わずため息がこぼれる。
ワイナリーの従業員は一体なにを思ってこれを作ったんだ。目が節穴なのか?
もしもディルックがこんなふうに見えているというなら、一回眼科にかかることをオススメするぜ。
そう釈然としない思いを抱きながら説明を読んだガイアは、つづく文字列に唸った。
「本日よりモンド限定で発売。先着順、売り切れ次第終了だと?」
別に、全然、ちっとも欲しいわけじゃない。
だが仮にも義兄だったやつの、こんなちんちくりんな似姿が世間に広まるのはかわいそうじゃないか。
あとはまあ、普通にグッズのコンプリート欲もある。自慢するわけじゃないが、このガイア・アルベリヒ。これまでにワイナリーで出たグッズはすべて入手済みなのだ。
こんなものを自分のところで売り出すなんてナルシストなのかと旦那様をからかおうとして購入したのが、気がつけば単なる収集品になりはじめているのは認めたくないところだが。
「今日の十一時からか」
時計を確認する。今から急げば、すこし前にワイナリーに着けそうではある。
ガイアはぐっとこぶしを握った。こんな丸のためにわざわざ出かけるなんて我ながら正気を疑うが、家に帰ってコレクションを見るたび一つ足りないことを突きつけられるよりはマシだ。
買わない後悔なら買う後悔だと旅人も言っていた。チラシを丁寧に折りたたみしまってから、ガイアは覚悟を決めた顔で部屋の戸をあけた。
「少し出てくる。昼頃には戻るからよろしくな」
「え?! 隊長、今きたばっかじゃないですか」
「急用でな。ああ、書類は机のうえに仕上がってるから後でジンに渡してくれ」
たまたま近くにいた隊員にそう声をかけ、不自然に見えないよう堂々と本部を後にする。さすがに昼から職務を怠慢して酒を買いに行っていたと知られたら聞こえが悪い。
「待ってろよ、おうるっく」
どうか売り切れませんように。たまたま目に入った風神像に祈って、ガイアはダッシュでワイナリーに向かうのだった。
***
「それではこれより整理券を配布します」
到着したのは十一時になる十五分は前だ。
にもかかわらず、すでに多くの人がワイナリーの看板のまえにたむろしていた。
まあこれは仕方ないだろう。限定ワインのときは三時間は前から並んでようやく購入できたくらいだ。おとなしく列につき、整理券と共に改めて配布されたチラシをまじまじと見る。
このリンゴのブランデーというやつは美味そうだ。家用に二本買っておこう。
それから、蒲公英酒の苦味をより追求した大人のカクテルというやつも気になる。おすすめはロックか。次にエンジェルズシェアに行ったとき頼もう。
さっきはとても頭に入ってこなかった酒類の説明を読み、欲しいものに印をつけているうちに順番は近づいてくる。
ちらりと対応するスタッフの顔ぶれを見やって、ガイアはほっと息を吐いた。
古株はいないから余計な詮索はされないだろう。こういう場に今までディルック本人がいたことはないけれど、念のため周囲にも注意を払う。大丈夫。さっと買ってさっと帰ろう。
「はい、次の方」
ふたり前が呼ばれる。整理番号を見るに、自分はちょうど三十人目あたりだったらしい。どうかおうるっく、まだ残っていろよ。
あのやけにつぶらな瞳を思い出して胸のうちで語りかけながら、ガイアはドキドキと自分の番がくるのを待った。
「どうぞ、次の方ってガイアさんじゃないですか!」
驚いた顔をする従業員に、よっと手を上げる。よし、あの丸っこいのはまだあるな。
となれば、まずはもちろん酒の注文からだ。モンド人の例に漏れず酒好きなガイアのことはよく知られている。
上げた品名を手際よくメモして用意するスタッフが後ろを向いた瞬間を見計らって、さらりと言う。
「あと、あの、なんだったか。ほら、おうるっく? とかいうやつ」
「えっと、おうるっく。はい、ディルックさまのぬいぐるみですね! ガイアさんもお好きなんですか?」
「いや、クレーが興味を示してたんでな」
「ああ火花騎士のお嬢さんですね……! 従業員のあいだでも結構これ評判がいいんですよ。きっと喜ばれると思います」
だしにつかってすまない、クレー。無邪気なエルフ族の少女に、胸のうちで手を合わせる。
従業員はそうにこにこと笑いながら、酒の詰まった紙袋の一番上にちょこりとあの小さなディルックを置いた。というか評判いいのかよ。
「ありがとな。ああ、それと。悪いが今日ここに俺が来たことをオーナーには内緒で頼むぜ。ただでさえ騎士団嫌いの旦那に、酒場でまでぐちぐちと文句を言われたらたまんないからな」
そう片目をつぶれば、納得したように従業員は笑った。いたずらそうな目で、共犯者のようにうなずくのを確認して、ガイアはワイナリーを後にした。
釘も刺しておいたし、これで完璧なはずだ。
ひとまず抱えた紙袋を自分の部屋に置きに行く。時計を見ればまだ騎士団を出てから三十分も経ってはいなかった。
あまり早く帰っても変だろうし、少しだけ、あいつを触ってみるか。
瓶が割れないように丁寧に机のうえに袋を置き、ガイアは恐る恐るおうるっくを取り出した。
手にした瞬間、もふっとなんともいえない柔らかな感触がする。
思わず手でゆわく幾度も揉んでから、ハッとしてテーブルにのせる。
やっぱりディルックとはちっとも似てないじゃないか。その丸々しい体をつんつんと突つけば、あっけなくこてんと倒れる。
こちらを見上げる縫い糸の目が、何故だか悲しそうに見えていたたまれなく、ガイアは仕方なく起こしてやった。
「そんないじめられたみたいな顔するなよ」
今度は優しく指の腹で撫でてやりながらそう語りかけても、当然返事があるわけもない。
基本は寝て帰って酒を飲むくらいしかしていない、簡素な部屋のなかで異様な存在感を放っているぬいぐるみ。
そろそろ騎士団に戻るかと遠ざかったガイアに、連れていってくれないのかと淋しげな視線が突き刺さった。ような気がした。
「いやいや、ありえないだろ」
ワイナリーのチラシは、未成年を除くモンド城のほぼ全ての人間に配られているのだ。
ガイアがこんなものを持ち歩いているのを万が一にでも見られたら、妙な憶測を呼びかねない。
首を振って部屋の鍵をしめる。数歩進んでから、ぐっと息を吸い込んだ。
あの暗い室内のテーブルのうえで、おうるっくはずっと帰るまで待っているのか。
置き去りにしたようで、悪いことをした気になってくる。気がかりを抱えていちゃあ、任務にも差しさわる。
だから、仕方ないんだ。そうこれは任務をつつがなく熟すため。自分にそう言い聞かせて、ガイアは一度はしめたドアをふたたびあけた。
おうるっくは数分前と変わらず机のうえにいる。所在なさげにぽつんと影を伸ばすぬいぐるみをむんずと掴みあげて、近くにあった布の袋に放り込む。
それごと隊服のベルトに引っ掛けて、ガイアはようやく騎士団へと戻っていったのだった。
***
「最近調子がいいんじゃないか?」
「そうか?」
あなたたち、そろそろ休みなさいと図書館司書に強制的に取らされたティータイムで、コーヒーを片手にそう笑うジンに首をかしげる。
「ああ。書類仕事を山ほどこなしたあとでも、いつもより疲れが少なそうだ…いや、たくさん回してしまってるのは本当に申し訳ないのだが」
「それはお互いさまだろ」
確かに、あのどうでもいいことも大半な紙をさばき、署名をし、必要な対処を講じるという作業に伴うストレスが、すこし減っているような気がする。
「じゃ、ごちそうさま。俺は先に戻ってるぜ」
もし何か秘訣があるのなら教えてくれと目を輝かせるジンに首を振る。
仮に本当に疲れにくくする秘訣を知っていたとしても、この働きすぎな代理団長に教えるやつは誰もいないだろう。むしろ休み方のほうを学んでほしいくらいなのだ。
だから、ジンには心当たりはないなと返したが。嘘だ。本当はバリバリある。
執務室の扉を後ろ手にぱたんと閉めて、ガイアは机に歩み寄る。脇にある引き出しのひとつ。
そのなかには、クレーに与えるお菓子と一緒にあのぬいぐるみが入っていた。
「は〜〜〜いやされる……」
むんずとつまみあげて、もみもみとする。
愛らしい目がこちらを見てくるのがたまらない。ガイアはおうるっくごと机に突っ伏した。
「かわいい」
さすがはどんな商品にも手を抜くことをしないワイナリー製。
パンパンに綿のつまったボディも、それを覆う布地も、極上の手ざわりを体現している。
それにあの、ころころとした丸さといったら。
そのくせ倒れると自分では起き上がれない鈍臭さ。感情豊かな顔つき。そのすべてがもう可愛くってたまらない。
そう、わずかこのひと月ほどのあいだに、ガイアはすっかりおうるっくの虜になっていた。
書類の処理に疲れたら、こうして引き出しからこいつを出す。
しばらく揉んだり眺めたり突ついたりするだけで、驚くほどの癒し効果が得られるのだ。もうこいつなしじゃいられない。
「どうせならもう一個買えばよかったかもな」
別に個数制限はなかったのだし。
この調子で持ち歩きつづけていたら、くたびれてしまいそうだ。
ふとそう思い立ってつぶやくと、手のなかのぬいぐるみがやや哀愁をおびた、気がする。
もちろん気のせいだとは分かってる。それでも罪悪感に駆られて、ガイアは悪い悪いと謝った。
「俺にはお前だけだよ、おうるっく」
ちゅっとひたいにキスをして、名残りを惜しみつつも引き出しに仕舞おうとしたその瞬間。性急なノックと共にドアが急にひらかれた。
「失礼します隊長! って、どうされたんですか?」
「いや、なんでもない。気にするな。ペンのインクを取り替えようとしただけだ」
間一髪、隊服のポケットに放り込めた。
さりげなくもう一段上の引き出しを開けながら、ガイアはゆるりと首を振った。こういう時に備えて、あらかじめ机の上にはカスカスになったペンも用意済みだ。
「それより、緊急事態か?」
万年筆のカートリッジを外しながら尋ねれば、隊員は思い出したようにうなずいた。
「はい。囁きの森付近に、ヒルチャールの暴徒が複数現れまして。普段はあそこらではあまり見ないので、遊んでいた子どもたちが多くいたんです」
駆けつけた騎士団員はすぐに子どもや近隣住民の保護に尽力したが、人手不足で魔物を倒すほうまで手が回らないと。
「分かった。すぐ行こう」
「ありがとうございます! ではご案内しますね」
深く礼をしてドアの近くで待機する隊員に、困ったなとガイアは頬を掻いた。これでは引き出しにぬいぐるみを入れ直す隙がない。
汚れたりなくしたりするといけないので、これまで一度だって戦闘をともなう任務のときにおうるっくを連れていったことはないのだ。
「隊長?」
「ああ、すまない。書類についてジンに言づ、て」
「ん? どうかしたかガイア」
なんでこんなタイミングで部屋の前を通るのだ。
名前が聞こえたのか覗きこんだ代理団長に、隊員が状況を説明している。
なかなか仕事のできるやつらしいのは評価しよう。それが発揮されるのが今じゃなければ、なおよかったが。
「なるほどな。承知した。残りは私に任せてくれ」
「悪いな。急ぎのだけ机の右に束にしてある。帰ったらすぐまたやるから、とりあえずそれだけ頼めるか?」
あっさりと済んでしまった伝達に、もう腹をくくるしかないらしい。ポケットにおうるっくを入れたまま、ガイアは森へと向かうことにした。
***
「よし、こんなもんか」
無駄に固い盾持ちも複数いたが、水べりにおびきよせれば凍結で簡単に仕留められる。
目に見える範囲での敵はほぼ殲滅したと息をついたところで、ドドドと土埃の上がる嫌な音が聞こえた。
「おっと」
突進してきた暴徒をひらりと躱す。その瞬間、まるまるとした物体が宙を飛ぶのが見えた。
「しまっ、」
拾いに行こうとすれば、ヒルチャールもそちらに向かう。下手をすれば踏み荒らされるかもしれないと思えば、今は放っておくしかなかった。
おうるっくのほうに行かないよう気をつかっての戦闘はまだるっこしい。
仲間の姿に気づいたのか、ヒルチャールがどんどんと集まってくるので気が気じゃない。
とにかくさっさと片付けなければ。
そう思って後ずさったガイアは、つるりと足をすべらせた。派手な水音と共に尻もちをつく。どうやらまだ凍ったままの小石があったらしい。
これは好機と押し寄せる魔物に、氷を放とうとした瞬間。
ごおっと音を立てて、炎の鳥が一直線に飛んでくるのが見えた。
ガイアの目の前の魔物たちを一瞬にして灰にしたあと、スピンして空へと向かう。
まだチリチリとする熱気に呆気にとられていると、つかつかと近づいてきた男に見下ろされた。男っていうかまあ、ディルックなんだが。
「……ヒルチャールごときに何を遅れをとってるんだ」
「いや、その。……悪い。助かった」
さすがにこれは申し開きようもない。差し出された手を素直にとって、身を起こす。
髪も服もびしょ濡れだ。ぎゅっと水を絞りながら、不審がられない程度にガイアは周囲を見回した。おうるっくはどこだ。
「はあ。君が探しているのはこれか?」
ほらと目の前に吊り下げられたのは、間違いようもなく俺のおうるっくだ。ひくりと頬が引き攣った。
「あ、ああ。すまない。探し物を頼まれててな」
「君のポケットから飛んでいくのを見たが」
淡々と返されて、ガイアはうなだれた。そこから見てたんなら最初から手伝ってくれよ。
幸い、ぬいぐるみ自体はあまり水のないとこに落ちたらしい。目立った汚れや外傷もない。
もう二度と戦闘には連れてこないからなと、ディルックから受け取ったおうるっくをぎゅっと胸に一度抱いてからポケットにしまう。
「ずいぶんと大切にしているようだが、僕の記憶違いでなければそれはうちの商品なはずなんだが」
困惑したような顔でディルックは言う。
そりゃあかつての義理の弟が、自分を模したぬいぐるみを持ち歩いていたら驚くというものだろう。
「自分で買ったのか?」
「……はい」
ここで誤魔化しても、後で詮索されて結局撤回する羽目になりそうだ。恥が増えるくらいならここで素直に暴露したほうがいい。
そう判断したガイアに、ディルックはためらいがちにつづけた。
「個数制限あり。初日の一時間後には完売した商品だったと思うんだが……」
「あーっもう。そうだよ。発売十五分前には列にならんで整理券もらって自分のために買いました!」
「何故?」
「なぜって」
たちの悪いことに、義兄の好奇心は尽きるということを知らないらしい。半ばやけくそ気味にガイアはすべてを話した。
「チラシのこいつを見て、あんなかっこいい旦那様がこんなちんちくりんにされてかわいそうだと思ったんだよ。だから巷に出回るのを一つでも減らしてやろうと思って買ったら」
あまりの手ざわりの良さと妙に無垢で愛くるしく雄弁な顔つきに陥落しました……。
さすがにまっすぐに顔を見ては言えない。目を伏せながら正直に告げると、ディルックが息を飲む音がした。それから、不意に水辺に笑い声が響き渡る。
「あははっガイア、そんなにこれが気に入ったのか?」
まるで昔の、騎士団時代の兄のように、朗らかな邪気のない顔でディルックが笑う。そのまばゆさに思わず見惚れてから、ふとガイアは気がついた。
おうるっくのあの屈託のなさは、少し昔の義兄に似ているのかもしれないと。
「そんなに可愛がってもらえてるなら、何よりだ。ときに、ガイアさん?」
目尻に浮かんだ涙を指でぬぐいながら、ディルックはにやりと口もとに弧を描いた。
「それは君の言う巷でも大変人気でね。実は次の商品展開も考えられているのだけど」
「えっ!」
「さらにサイズを大きくしたのとか、クッションタイプとか、おうるっく型マグカップなんてのも考案されている」
「クッション……」
そんなの欲しすぎる。家に帰ったら包容力のある大きなおうるっくが待っているって考えてみろ。クオリティオブライフが爆上がりだ。
「今、ワイナリーに試作品がいくつか来ているが」
興味はあるかと聞く兄は楽しげだ。
目の前に人参をぶら下げられた馬のような気持ちになってくる。でも、そんな誘惑、逆らえるわけがないだろう。
「……見たいです」
「よろしい。おいで」
手招かれて近寄れば、何故かくしゃくしゃと頭を撫でられた。わけが分からず見上げれば、ディルックは何やら満足そうな顔をしている。
「開発を頼んでよかったな」
「うん?」
ぽそりと聞こえた声に首をかしげるも、さっさと兄は歩き出してしまった。追いかけようとしてから、ポケットのなかのおうるっくを上からそっと撫でる。
これは、たとえ他のもの欲しがったとてお前を忘れたわけではないぞという意思表明だ。
でかおうるっくにクッション、マグカップ。うきうきとディルックの後について行ったガイアは、その日たくさんのお土産を持って帰った。
殺風景だった部屋は今やおうるっくグッズの王国だ。あの最初のやつは当然、一等席でいつもガイアを待っている。
あんなことがあったのだ。罪悪感は覚えるが、やっぱり家が一番安全だから。
それから、運ぶのを手伝うという名目でついてきたディルックが何故か頻繁に居座るようになった。だいぶ謎だが、おうるっくグッズをくれるオーナー様だし、まあ好きなものに囲まれているというのは悪くない。
ご機嫌にふふんと鼻を鳴らしたガイアが、ブロマイドも全種集めていることを知られるのは、まだもう少しだけ先の話だった。