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    takanawa33

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    転生年齢逆転の悠七④

    「見つかりましたけど、沖縄でなく東京の学生さんだったみたいですね」
     個人情報の取り扱いに『これを他人に流したり悪用したりしません』と書いてあるのにその情報は簡単にユウジの元までやってきた。
     灰原雄、一六歳、高校一年生、東京都某高校所属。住所に携帯番号まで記入された手書きのコピーをユウジはジっと見つめる。彼は「友達」と言っていた
    学友だろうか、それとも全然関係ない幼馴染。電話をかけて確認するのが一番早いけれどそうすると個人情報の取り扱いについてひと悶着あるだろう。それは面倒だ。
    「次の撮影の合間にこの高校いっていい?」
     ならば自分から接触しにいくのが一番手早い。下校時間を狙って様子を見たい。
    「いいですけど台本のことも忘れないでくださいね」
    「うん」
     大河ドラマの準主役に抜擢されたのはもうすでに報道されている。来年から始まる時代劇は分からない単語も言い回しも多くて事前に叩き上げの台本をもらって勉強しているところなのだ。付箋と蛍光ペンでボロボロになった新品の台本を広げ、悠仁は放課後の時間帯になるのを待った。



    「そういえば昨日のテレビ番組に僕が出たんだよ」
    「へえ、すごいですね」
     シャツにカーディガンを羽織った七海はカフェオレに刺さったストローを口に含んだ。
    「沖縄で取材受けてさぁ、妹も少し映ってた。かわいいからスカウトされたらどうしよう!」
    「確かに灰原の妹さんは可愛いですけど大丈夫じゃないですか」
     それってどういう意味、と面倒な絡みをしてくる学友を片手で制しながらカフェオレをズズズと飲み込んだ。
    「そういえば七海ってかに座だよね」
    「そうですけど」
    「かに座の今日の運勢は『意外な人との出会い』だって」
    「それどこ情報ですか」
    「占い師の理子ちゃん」
     朝の情報番組の占いコーナーを毎朝妹と見ているらしい。七海のカフェオレの容器から『ズゴゴ』と空気を吸い上げる音がした。

     じゃあね、とクラスの前で灰原と別れる。図書館に返す本があるし入荷待ちしていた一冊も入ったと連絡がきたのだ。頼めばこうして学校の金で本が読めるのだから学費を払っている分有効に使わねばなるまい。七海は学校名が印字された新しい本を抱えながら校門を出た。
     ふと、視線を感じて周囲を見回す。
     周囲にいるのは下校している生徒と道にとまった車だけ。
     呪術師をやっていた以前ならそういった気配を鋭敏に感じ取ることができたが今の七海は普通の高校生。名残でしか能力を使えない。けれど不穏な空気を感じ取ったのは事実、足早に駅まで向かった。
     各駅しか止まらない小さな駅までの道のりは実に簡素で、ぽつぽつと建つ住宅の合間に自動販売機がにぎやかしに置かれている程度だ。駅前のコンビニが唯一の花でそれ以外は灰色の道が続くだけ。七海はその道で気配を殺しながら歩く。

    「下手になったね」

     突然の声に驚く間もなく、いきなり出てきた腕に裏路地に引きずり込まれる。
     大きな手、掴む力は強い。高校生で、しかも何も鍛錬をしていない七海の腕なんて容易くとらえられてしまう。
    「誰です……か」
     光の届かない狭い道とはいえ日中の時間なら十分に顔を判断できた。
     七海は知っている。前世から知っている。正確には前世では十代の彼しか見たことがないが、夏休みの間、狂ったように見た顔が目の前にある。
    「前なら俺に捕まるとかありえないじゃん、覚えてる?」
     花びらのような優しい髪色、琥珀色の瞳。目の前にいるのは虎杖悠仁、その人に違いない。
     瞬間、身体を反転させ考えもせず駆けだした。
    「――え、待って」
     背後でかけられる言葉が遠ざかっていく。なぜ逃げたのか、分からない。分からないが顔を合わせることができない。学生の行列を横切り、住宅街を走る、走る。
     途中で気付いた。逃げたら記憶がありますと言っているようなものじゃないか。あの時「どなたですか?」としらを切ったほうがよっぽどよかったのになんでこんな直情的に動いてしまったのか、自分のことながらまったく理解しかねる。そもそも逃げる理由もない。彼は七海のことが前世から好き、七海は彼のことを前世でも今世でも恋愛対象として見ていない、それで終わりのはずなのに。
    「ねー、待ってよナナミン」
     後ろを追いかけてくるユウジこと虎杖悠仁は前世ほど身体能力が化け物なわけではないらしい。けれどやはり常人よりは恵まれている。ここらをよく知る七海の方が地の利があるはずなのに全く距離を開けることができない。むしろこの貧弱な肉体では追い込まれる一方。
    「ね、待って、って!」

    『意外な人との出会い』

    灰原の言葉がリフレインする中、再び腕を掴まれる。人気のない路地に押し付けられる身体。未熟な高校生の肉体な成熟した悠仁の前では赤子のようだった。
    「だ、だれ、ですか、あなた」
     ぜぇ、はぁ、乱れた呼吸でしらを切るも悠仁は呆れた様子で七海を見下ろした。
    「いや、バレバレだからねナナミン。記憶あるでしょ」
    「なんのことやらわかりません」
    「じゃあなんで逃げたの」
    「いきなり知らない大人に腕を掴まれて裏路地に引き込まれたら普通の高校生は逃げます」
     悠仁は頭をかく。
    「それはごめん、嬉しくて何も考えられなかった。気づいたら手が出てた。一応、初対面の人にする態度じゃなかった、ごめんなさい」
     頭を下げる姿に胸の奥が『キュン』と疼く。いや、なんだキュンって。七海は自分の感情に蓋をして「フー」と息を吐き出し、目の前の整った顔立ちを正面から見据える。
    「それで、なんの用ですか」
    「えー、前世ぶりに会った人間にそういう態度とる?」
    「君、そういうの五条さんに似てます。私がいなくなった後あの人に何か仕込まれたんですか」
    「いや全然、ナナミンいなくなった後はひたすらに生き延びただけ」
    「それは……すいません」
    「いいよ、大丈夫」
     また会えたから、と笑う悠仁に七海はそっと微笑む、が、すぐに表情筋を戻した。
    「で、個人情報保護法を無視してこんなところに待ち伏せまでしてなんの用ですか」
    「うん、俺ね、ずっと言いたかったんだ」
     掴まれていた腕が外される。七海はこの後に続く言葉が分かっていた。そしてそれに対する答えも用意してある。
     言われたらきっと悠仁は悲しむだろう。そうか、だから逃げたかったのだ。ようやく自分の行動に納得がいった。けれど悠仁の唇は止まらない。

    「好きです、七海建人さんのことが」

     ああ、言われてしまった。
     七海は「はい」と一拍置いてから用意していた言葉をスルリと吐き出した。
    「申し訳ないのですが前世でも今世でも虎杖くんのことを恋愛対象として見たことはないんです。きっとこれからもないと思います」
     ユウジとして活動する悠仁を知った時から登下校中、勉強中、風呂の中、何度も口の中で反芻させた言葉はつかえることなく出てきた。これを言う機会が訪れませんように、そう願っていたのにやはり神は存在しない。
     七海はすいません、と頭を下げたまま上げられなかった。あのキラキラと輝く瞳が曇る姿を見たくないのだ。このままフラリとどこかに行ってくれないかなぁ、そんな逃避めいたことを考えていると降ってきたのは全く予想外の明るい声だった。
    「うん! だろうね、でも俺は諦めないから」
     ケラケラと笑い声が聞こえそうなほどきっぱりと言い切る台詞に釣られて顔を上げると七海を虜にした琥珀色の瞳は輝きを失うことなく、むしろ前よりも美しく輝いている。
    「あの、話聞いてました? これからもないって言いました」
    「でも分からないじゃん、本当にイヤでイヤでしょうがなくて目の前から消えてほしいって言うならそうするけど、ナナミン俺のことそこまで嫌いじゃないでしょ? 嫌いじゃないってことは好かれる可能性はあるじゃん。可能性があるなら俺は絶対に諦めない」
     ニッコリ、お得意のユウジスマイルを近距離被弾して七海は口を引き結ぶ。
    「とりあえず連絡先教えてくれる? イヤなら今度は学校の前で待つけどナナミンって目立つの嫌いでしょ」
    「私のことを好きだという割に嫌われるようなこともするんですね」
    「だってナナミンはこれくらいのことじゃヒトを嫌いにならないもん」
     眉をこれでもかと顰める。けれど前世ほど濃くならない眉間の皺、苦労なく育った環境のおかげで威圧スキルを失っていた。次いで深く深くため息。
    「……私、返信は気まぐれですよ」
    「返信してくれる気があるんだ、やっぱりナナミンは優しいね、好き」
    「色眼鏡をかけすぎでは?」
     スマホを取り出し「どうぞ」とコードを晒す。
     これでもかと笑顔を保ったまま悠仁はそれを読み込むと手馴れた様子で「悠仁です、よろしくね、大好き」送ってくる。
    「ねえ、ナナミンって今度の日曜日空いてる? 俺午後から収録なんだけど午前は暇なの。デートしよ」
    「距離感って言葉知ってます?」
     そもそもデートという言葉にも御幣がある。突っ込みが追い付かない現状に一歩引きながら、それすらも詰めてくる悠仁に息を呑んだ。
    「だって好きなんだもん、やっと会えたのになんで我慢しなきゃいけないんだよ」
     恋愛感情なんて微塵もないはずなのにストレートかつ真摯な物言いに耳が赤くなった。そう、七海はユウジのファンなのだ。恋慕を否定する前世からの自分とユウジを純粋に好きな自分との板挟み。
    「ね、お願い、デートしよ」
     ぎゅう、と握られる両手の熱さに七海の方が茹ってしまいそう。
     ジイと見つめてくる真っすぐな視線にとうとう負けた。視線を逸らし、唇を尖らせ。
    「……ランチ、くらいなら」
     承諾してしまう。瞬間、花が咲くように笑う悠仁が「いいお店押さえておくね」と強く手を握り直し、そして「ごめん、次の仕事あるから」と走り去っていく。パタパタとアスファルトを蹴るスニーカー、遠ざかっていく足音がとうとう消えた時、七海はコンクリートの壁に背をもたれさせながら深い深呼吸を繰り返すのだった。



    「そろそろ時間ですけど」
    「ごめん、あと少し待って」
     下校時間に黒塗の車から通学路からあふれ出てくる学生たちを見送る。もう何年も出たことのない緊張の汗で手のひらがヌルリと滑った。伊地知の仕事時間を知らせる声がカウントダウンのように悠仁の心臓を早くさせる。もう、諦めるしかないのか、腹を括り、こんな不毛な行為をやめた方がいいのか。合わせた手の形は祈りにも似ていて。
    「……ごめん、伊地知さん、もう行こうかな」
     マネージャーがハザードを切った時、悠仁は門から出てくる金色の髪を見つけた。
     瞳孔が収縮する。獲物を見つけた野生動物のように小さな人影をジっと見つめ、観測する。
    「やっぱ、もうちょい待って」
     歩くたびにふわふわと揺れる金色の髪、海のような瞳、薄い唇。
    「――ナナミン!」
     気づいたら車から出て表通りと並行する裏路地を走っていた。まだ理性があってよかった。校門の前で芸能人に抱き疲れたらいくら七海でも悠仁を許さないかもしれない。いや、その前に記憶がなかったら不審者として通報されても文句は言えない。
     悠仁はとにかく走り、走って、七海の腕を捕まえた。
     記憶がなかったらどうしよう、なんて言い訳をしよう。ああ、でも嬉しい、嬉しくて心臓が爆ぜそうだ。白い手首、細い、華奢な肉体。悠仁の知っている七海とは違うけれど魂が叫ぶ、これこそが俺の求めていた七海建人その人だ!
     こちらを見つめる七海の見開いた青の瞳に悠仁は確信する。
    (覚えてる!)
     狂気にも似た喜びが血流を巡っていくのが分かった。その後すぐに逃げられたけれど裏を返せば覚えていることへの決定打だし幸いこの時代の七海はそこまで身体能力は高くなかった。むしろ本ばかり読んでもやしっ子なのか、地の利を活かしても追い込まれ、また捕まってしまった。
     こうして見事七海を見つけ、前世からの想いを伝えた悠仁は連絡先まで交換することができたのだ。神様ありがとう、車内で携帯を天にかかげ瞳を閉じる担当俳優の奇行をバックミラーで見ていた伊地知はそっと心の中で「おめでとうございます」と呟くのだった。
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