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    いちばんきれいな水飛沫「ニカさんの方に一頭行きました!」
    「おっとと……任せて~」

     呼びかけられたハンターは自分の得物である弓を携えて、こちらに向かってくる小型モンスターへと狙いを定めた。これが普段であったら声を掛けられたところで適当に泣き言を溢し、言い訳するくらいのタイミングであったが今日のニカは違う。それというのも本日のクエストの同行者がカムラの里の英雄、猛き炎、声のデカい教官の最愛の弟子、ショウだからだ。

     ニカは自分のかわいさと同じくらい、自分のどうしようもなさを理解している。朝早くに起きる?装備の準備をしてクエストに行く?己よりも遥かに大きな生き物を一人で討伐する?無理だ。やってられない。できることなら陽射しは肌に悪いので浴びたくないし、砂埃なんて舞うところに五分でもいたら自慢のキューティクルヘアーはごわごわになってしまう。かといって真っ当に働くなんてもっと無理だ。性欲と思考が直通なので人間関係を拗らせなかったことがない。感情を殺して毎日働くのと少々身体のお手入れを増やすことを天秤に乗せた時、僅かに後者に軍配があがったというだけでハンターをしている。
     なので普段は自分よりも手練のハンターとクエストに行き、適当に報酬を受け取り、これまた適当な人間と一つのベッドで寝て起きてを繰り返していた。それが今日はどうだ。「任せて」?そう、任せろと言ったのだ。ニカのよく手入れのされた唇は。

     矢を放ち最後の小型モンスターを討伐し終えた瞬間に、少し遠くにいた同行者であるショウがニカのもとに駆け寄ってくる。
    「やりましたねニカさん!クエスト達成です!」
    「やぁっと終わった~!ショウちゃん私疲れたよーー」
     こちらに走ってきた年下のハンターに躊躇なく抱きついたニカは、自分の体重を預けても尚体幹が揺らぐことのない小さな背中に腕を回す。どこに行っても成人を疑われる程度には小柄で幼なげな顔をしたショウだが、これでも腕は確かなのでしっかりとニカの体を支えられている。

    「ショウちゃんの言う通り最近弓を少し軽いのにしたんだけどさぁ~ちゃんと当たるようになったよ~!ショウちゃんすごいねぇ」
    「本当ですか?よ、よかった~!これは私がすごいんじゃないですよ。ニカさんがその武器でいっぱい狩りをしたからです」
    「えぇ~そうかなぁ?…………フフッ、あっはは、そうなんだぁ!」

     クエストを達成したとはいえその内容はショウにとってかなり簡単なものだ。彼女の出身であるカムラの里から少し離れた商業が盛んな街の周辺に、特定の時期になると大量に発生する小型モンスター、その討伐が目的である。難易度で言えば、駆け出しのハンターがチームで狩りをすることに慣れるために打って付けのレベルだろう。そんなこと知らないかのように相変わらず二人は笑って話をしている。
     いつものニカであれば前述の通りクエストの達成感に浸ることもなければ、前回と比べて自分の動きが改善されたかなんて気にしない。報酬金を最低限受け取れればよかったから、疲れたというのに笑って会話することも相手からの信頼を受けとることもなかったはずだったのだ。しかしニカは最近、ショウと狩猟に行くようになってある天才的発見をした。


     一生懸命になって汗水流して狩猟をした後のほうが、酒が美味くなってセックスも楽しくなる。


    ーー

    「お疲れ様でした!事前にご説明した通り、獲得した素材を加工屋に持っていっていただければこの街の商業施設で使えるチケットに交換できます!食事処でも利用できますので狩りの後の宴にぜひご活用くださいね~」

     ギルドの受付嬢である快活な女性がにこやかにそう言うと、手元から街のミニマップを取り出して「ここのパブはお酒もお料理も最高ですよ!あ、あとここね!!!ここの海鮮料理!!」と聞いてもないのに紹介してくる。ニカは少し鼻息を荒くした受付嬢のおすすめを聞きながら、隣にいるかわい子ちゃんが自分の服の袖を緩く掴んでいることに気づいた。最近一緒にクエストに行くことが増えたからなんとなく分かるが、これは何かに怯えているわけではないらしい。この小さな英雄はほぼ無意識に人の袖や指に触れているのだ。(以前どうかしたのかと尋ねたところ、自分の行動に気づいてない様子で何がですか?と返された。)それが何とも可愛くって愛おしくってつい適当に理由を作っては狩猟に誘っていたのだ。
     だというのに今となってはすっかり手段と目的が逆転している。ショウを誘ったほうが楽しくクエストができるしそのあとは体調もエッチも最高なのだ。ミイラ取りがまんまとミイラになってしまったというか、むしろミイラよりずっと健康且つ元気になっている。今日のクエストだって正直ニカにすら素材的旨味はなかったのだ。必要最低限だった彼女の装備は以前よりも遊び心に溢れ、使い手に寄り添った武具になっている。けれどもこの小さいながらも賑やかな花束みたいな女の子を誘えば一緒に狩猟に行けるだけでなく、美味しい食事も共にできるというから誘ったのだ。

    ーー

     大通りに面したお店の木の扉を押すと熱気と食欲を誘う料理の香りが二人を包んでいく。店の壁際に半円状のカウンター席が並び、その周囲に丸テーブルが所狭しと並べられていた。
     丸テーブルの方がお互いの顔を見て会話できるなとニカは思ったが、同じくクエスト終わりなのだろうハンターのグループが多く、どうにも喧しそうだ。仕方ないかぁとカウンター席に足を進める。赤ら顔の男がカウンターの奥にいる店主らしき男に何やら絡んでいるが、酒場ではよくある風景だ。カウンター席は得てして「大当たり」と「大外れ」の人間が多い気がする。今回はおそらく「大外れ」のパターンだろう。ケチそうな男だな……などとニカは思った。失礼極まりない。
    「ショウちゃん何食べる〜?いっぱいメニューあるねぇ」
    「うぅん……聞いたことない料理がたくさん…どうしようかな。ニカさんは飲み物決めましたか?」
    「うん!決めたよぉ〜。あんまり度数強くないやつだからショウちゃんも同じのにしてみる?」
     ショウは少し考えてから「甘いですか?」とニカに尋ねる。
    「甘くはないかなぁ。でも爽やかだから飲みやすいと思うよぉ」
    「じゃあそれにします。あ、あとこれ、美味しそうなので半分こしませんか…?」
    「しよしよ〜〜!私が頼むやつもさ、一緒に食べてみよ!」
     
     た……たのし〜〜〜〜〜〜〜〜!!!あぁ神様、私のとてもナイスな顔面はこのかわい子ちゃんと一日を共にするために授けてくれたんですよね!?そうじゃなきゃなんだっていうわけ!?ありがとう名もしらぬカミサマ……できることならこの小さな花束ちゃんが私のことを踏みつけて、調教して、ゴミを見るような目で見下しながら命令してくれますように……。そのためなら地におでこを着けて一回くらい祈りを捧げるのだって厭いませんから……。

     隣に座ったニカが突然120%の笑顔を見せてきたので、壁際の席に座ったショウもよく分からないがにっこりしておいた。大好きな人が嬉しそうにしていると嬉しいので。
     頼むものを決めてカウンターの向こうの男に声をかけようとした時、ニカの隣に座っていた赤ら顔の男が先手を打ったかのように声をかけてきた。先ほど「大外れ」などと失礼な判断を下した男である。

    「おいおい嬢ちゃん!酒場はハジメテかァ!?ノリ悪ぃ酒の頼み方しようとしやがってよお!ヒック俺が教えてやるよ酒の飲み方ってのをよォ」

     赤ら顔の男は吃逆をしながら、酒気を帯びた息を吐き出してそう言ってきた。その男曰く「女っていうのは酒場では男に酒を注ぐのが仕事」だとか、「ガキ連れて店に来んな」だとか、まぁそのようなことを要領を得ない様子で宣っている。話を聞くに(聞きたくもなかったが)最近上位のハンターになったようで、ニカとショウのような女ハンターを見て己の実力を誇示したくなったようだった。
    「ヒック…だいたい、嬢ちゃんみたいな胸のデッケェやつはハンターに向いてねェんだよ!ハンターってのは俺みたいな体格も良くて強いやつが苦労の末になるんだ!!」

     最悪だ……とニカは思ったが、無論顔には出さなかった。このような偏見を煮詰めてできたクソの結晶みたいな男と真面目に対話をするのはこの世で何よりも無意味とされていることを知っているからだ。ニカはこれまで多種多様な人間と寝たり寝なかったりしてきたが、今目の前で口を開いてるような人間はどうせエッチも最悪だ。楽しくないし、上手くもない。自分もなかなかに性欲に正直で最低な人間の部類なのは理解しているが、人並みに他人を尊重することや思いやりを持つことの大切さを知っている。なのでこいつような、無神経で、無粋で、ノンデリなやつが、自分とショウとの楽しい楽しい時間をぶち壊したことが許せなかった。それと同時にこれまで自分を可愛がってくれた人間の顔を思い出していた。バーで隣に座って優しく話を聞いてくださったかっこいいおばさま…狩猟中にいつも会話を楽しくしてくれる少し年下の男の子……朝まで激しめのプレイをしてくれたダンディなおじさま……。なんならショウと共通の知り合いである少々頭のイカれた男のことすらも思い出していた。包容力など全くないが、あのイカれ男は無機質な肯定をくれるから。
     そうして脳内で中指をしっかり二本立てながらも当たり障りのない返事をしようと口を開こうとした、その、瞬間、


     赤ら顔の男の顔が水でびっしょり濡れていた。


    「は」
     言葉にもならない音はニカが発したのか、赤ら顔の男が発したのか分からなかった。しかしショウじゃないのは確かだった。なぜなら彼女はニカと男の間に体を乗り出し、カウンターに手をついてグラスを無神経な男に向けていたから。
     ショウの手にあるグラスから水滴が落ちる。水滴は木の床に染み込み、何も起こってなかったみたいに消えていった。そしてグラスを静かにカウンターに置いて店主に顔を向ける。
    「すみません。床と机、濡らしてしまって」
     店主は口元と肩をわざとらしく上げて、「構わんさ」とだけ返事をした。未だポカンとしているニカと男をよそにして、ショウはカウンター席から立ちニカの手を握った。普段のゆるゆるとした様子ではなく、しっかりと、それでいて優しく手を掬い取りニカを席から立たせる。
    「ニカさん」
    「あ、え、うん」
    「ご飯は別のところで食べましょうか。受付嬢の方がおすすめしてくれた、海鮮料理のお店。ね?」
    「そう、しよっか」
     ニカがそう返事した瞬間店がドッと騒がしくなる。それによってようやくさっきまで店内が静まり返っていたことに気づいた。「わっ」と普段となんら変わらない様子で、突然の大きな声にショウが驚いた。周囲の丸テーブルに座っていたハンターたちが揃って大きな声で笑っている。ハンターというのは常人より肺活量が多いから声が大きくて困る。
     声のでかいハンター共はニカの手を引いて歩くショウの肩をバシンバシンと叩き、何も頼まず店を後にする二人を祝福するみたいにドアまで歩かせる。さっきまでニカの目の前にいた男が何か叫んでいるような気がしたが、今は自分の手を握ってくれている女の子の表情の方が気になった。怒っている?呆れている?どちらにせよあまりしない表情だ。ショウという女の子はいつも眉を下げて少し困ったように笑うか、恥ずかしさから涙を流して顔を真っ赤にしているか、ご主人を見つけた子犬のようににっこりしているかしか見たことがない。言ってしまえば「小動物」のようで、何かに激昂しているところであったり他人に幻滅したりということはないのだ。少なくともニカと一緒にいる時はそうだった。
     だからニカは困っていた。自分と一緒にいたことで彼女を傷つけたりだとか、被害を被ったりなんてことがあったらもう一緒にいてくれないのではないかと。自分の手を握っている小さな手は人を傷つけることを好まないことを知っているから、他人に水飛沫を浴びせただなんて少し信じられなかった。ショウが店のドアに手を乗せ押し開けた瞬間、さっきまでの熱気が身体から解け去っていく感覚にニカは肩を振るわせた。
    「ショウちゃん」
     少し声が震える。私はなんて言われても気にしないけど、すぐに言い返さなかった私に幻滅しているだろうか。あぁいう手合いに慣れきってしまった私は目の前の小さな花束と一緒にいるべきじゃないのだろうか、とニカは思った。不安、というものを久しぶりに感じているのだ。

    「……ふふ、あはは!」
     ショウは笑っていた。怒るでも、呆れるでもなく、笑っていた。
    「ショ、ショウちゃん?」
    「はい、ショウです!ふふ、見ましたかさっきの!」
    「み、たけどぉ」
    「教官の真似っこしてみたんです…!正確には教官が怒らせてしまった女性の真似です。『私とお弟子さん、どっちが大切なのよ!!』って怒った女性が『もう我慢ならない!』って言って教官にお茶をかけたことがあって……あはは!ふ、ふふっ」
     振り返ったショウはおかしくて堪らないといった様子で笑っている。
    「あれは教官が悪いなぁって思ったから、教官も避けなかったし私もその女性を止めなかったんです。……だから私も我慢できずにやってしまいました」
    「怒ってないの……?」
    「怒ってます。とても。せっかくニカさんと楽しく狩猟して、楽しく一日を終われそうだったのに……」
    「……そっか。そうだよね、私もそう思ってたんだぁ」

     ショウはニカの両手を自身の両手で柔く包み込む。
    「だから、仕切り直しましょう。このまま嫌な日にして終わらせるのは…その、勿体無いですから」
    「うん!」
    「私、大きな海老が食べたいです」
    「いいねぇ〜私もいっぱいお酒飲んじゃお!!あ〜〜あ!嫌な男だった!!」
     
     なんだかニカも笑いが止まらなくなってショウの手を握りゆらゆらと揺らすことにした。あぁよかったショウちゃんがショウちゃんで、なんて思いながら歩みを進める足は先ほどの不安なんて忘れたように軽やかだった。


    ーー


    「ショウちゃんさぁ」
    「モグ…はい?」
    「やっぱり調教とかぁ、SMプレイとか興味なぁい?ぜぇったい気持ちいいと思うんだよなぁ〜〜おじさまはなんというか、上手だけどさぁ〜愛はなかったからぁ……さっきのショウちゃん王子様みたいだったし、そういう人に痛めつけられたいじゃんかぁ〜〜〜」
    「いた……うぅ〜ん…大好きな人のお願い事はできるだけ叶えたいし協力したいけど、それはヤ…です……すみません……」
    「そんなぁ〜」
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