隙間から細いオレンジ色の空が見える。じんわりと背中が暖かいものに包まれるような感覚。地面に広がっていくオレの血。ははっ…と乾いた笑い声が小さく響いて消える。ここじゃそう簡単に助けは来ないし来たところで多分もう助からない。腹の激痛は熱さに変わりそれは徐々に冷めていく。それと同時にオレは死んでいく…。未練なんて無いと思ってたけどオレの本心はそうでも無いみたいだ。オレが死んだらどんな顔するんだろうな…ディノ、ジェイ、ルーキー共、そしてブラッド―アイツの、顔が、姿が鮮明に思い浮かぶ。今にもお小言が飛んできそうだ。
…きっとオレはブラッドが好きだったんだ
だから―
―嫌だ、死にたくない。
こんな時にようやく自覚を持った淡い思いはここで儚い夢のように消えていく…と思われたのだが――
ボヤけた視界が最期に黒い影を捉えた。助けが来たのか…。でも遅せぇよ…。オレの視界は暗い闇の底へ落ちていった。
◆
―一時間前…
非番で珍しく街に繰り出していたらイクリプスが現れた。数も多く周りに多くの市民。ヒーローはオレしかいない。市民が逃がしつつイクリプスを引き付ける。気づくと市民の避難は済んだようだが俺の周りを取り囲むイクリプス達の数は数えきれないほどになっていた。それに対し市民を守りながら戦っていた際に何度かまともに攻撃を受けてしまったこっちは既に満身創痍。ついでにインカムも壊れてしまった。何度も場数を踏んできたから言える。
―これはマズい。
路地裏に後退し背を取られないよう戦い続ける。他の事をを考えたら終わりだと自分に言い聞かせひたすらに攻撃を繰り返す。最後の敵を殲滅した時には腹は抉られ、背は大きく切り付けられ、右腕にもちぎれそうなくらい深い傷を負っていた。体はとっくに限界を超えておりプツリとなにかが切れたかのように地面に倒れこんだ。
◆
目を覚ますとさっきの路地裏にいた。
―アレ?オレ死んだんじゃ…
さっきまであったはずの腹の大穴は何事もなかったかのようにふさがっていて、右手も普通に動く。痛みはどこにもない。
さっきのは夢か何かか?それともやっぱり俺はもう死んだのか。
「…やっとお目覚めか。早く起きろ。もう時間かあまり無い。」
黒いローブにフードを深めに被った男が目の前に立っていた。
…誰?
自然と零れた言葉に男は
「死神…だったというのが正しいか。もうじき消えるが」
「…は?言ってる意味が分からない。」
―何を言っているんだ。
しかしあれだけの傷が跡形もなく治っている。あのとき死んだと思ったが生きている?それともこの路地裏が死後の世界なのか。それとも酔って幻覚でも見ているのかもしれない。
唸るオレを前に男は続ける。
「活きのいい死にかけの奴を見つけるのは大変だった。老人や病人ならいくらでもいるがそんなことしてたら死神の行く末が不安だ。」
男は、まあそんなこと気にする柄じゃないんだがな、ははっ…と乾いた笑い声を上げる。理解が追いつかずただただ男を見つめていた。
「伝えるのが遅くなって悪いが…お前は一度死んで死神になった。俺の代わりにな。」
やっぱりオレ死んでた?それでもこの男が言っていることも目の前で起きたことも信じられない。
ー信じたくない。
男は続ける。
「最低限、伝えなければならないことがあるからよく聞け。まず…」
一つ、体は完全に死んでおり死神という不可思議なものに変わってしまっているということ。体温が無く、怪我をしても直ぐに傷が塞がり跡形もなく治る。そして不老不死。
―いや待て待て待て
とツッコミを入れるが元死神?の男は容赦なく話を続ける。
二つ、死神であるということを他人に知られてはいけない。これを知られてしまった場合、その相手を殺さねばならない。殺さなかった場合も半日後には死ぬ。
「…は?」
「これは決まりだ。それに老いない以上今の環境で暮らし続けることは不可能だ。まあおまえくらいの歳なら五年くらいは今のまま暮らせるのではないかと思うが?」
―いやいや、というかちょっと待て。
「そんなこと言われても信じられるわけないだろ。第一、オレに今の世界を捨てろってことか?」
「そうだ。今すぐとは言わないがいずれにしろ近い将来すべてを捨ててこの世界を放浪することになるだろう。まあ好きな奴でもいるならずっと霊体化して傍に居るのもアリなんじゃないか?まあほぼ確実に相手の方が先に死ぬがな。何を言ったってお前が死神になったという事実は変わらない。」
呆然とするオレを横目に男は
「続けて三つ目。死神としての仕事がある。目を閉じて胸に手を当てろ。」
頭の中が真っ白になった。さっさとしろと男はキースの手をつかみ胸に押し当てた。心臓がある場所に手を当てるともう動いていないという事実が本当に死んでしまったということを実感させられる。何なんだよ…と問いかけようとした瞬間ドクンと体に振動がした。気がつくと白い手袋をはめた手には大鎌が握られていて、目の前の男と同じ黒いローブを着ていた。
「ヒーローには早着替えは珍しくないかもな。」
「…そうだな」
「人間は死ぬと魂と体が切り離される…のだが強い未練があると体から離れずこの世に留まる。寿命を迎えた老人なんかは何も無く冥界まで飛んでいくことが多いのだが若者などはそうはいかない。」
男が俺の持つ大鎌に触れる。
「それをこの大鎌で死んだ体と魂の糸を切れ。これがお前の仕事だ。まあお前以外にも死神はたくさんいる。そんなに気張らなくてもいいさ。」
「むしろ俺たちは例外。遠い昔の死神のエゴによって俺たちのような半端者が生まれたってワケだ。この姿の時は人間には見えない。霊体化しているから浮遊、すり抜けも可能だ。」
「…そうか」
「あと、その鎌がお前を死神だということをたらしめるモノだ。もし死神をやめてこの世か消える覚悟ができたらこの鎌を誰かに押し付けるんだな。まあ死にかけの人間というクソ厳しい条件付きだが。」
「…この世から消える覚悟、か」
男の指先がサラリと砂のように溶け消えていく。
「そろそろ時間だ。面倒臭い役押し付けて悪かったな。」
「…ああ、まったく、だ。」
男の体がさらさらと空間に溶ける。
「じゃあな…っ、あと一つだけ。……体温バレるからしないとは思うがセックスはするな。それだけだ。」
「…は?」
男は消えた。最後のはどのような意味なのか全く分からず。今の話だって受け入れがたい…いやそもそも信じがたい、信じたくない話ばかりであったが心臓が動いていないことや血管が脈を打っていないことが事実だと裏付けるようだ。
気が付くと服装はインカムを使う前来ていた私服に戻っており鎌もどこかへと消えた。(アイツの言う分にはオレの中にあるらしいが…信じがたい)
とりあえずタワー戻るかと足を踏み出した。もしかしたらこれは夢かもしれないなんて希望が少しはあったのかもしれない。
◆
タワーに戻ると入って目の前にブラッドの姿があった。
「…キース!」
すぐさまオレに気づき少し苦しそうなかといえば安心したかのような優しい目をしたブラッドに名前を呼ばれた。
「…!ブラッド…何かあったのか?」
「何があったのか?ではない…あまり心配をかけるな…怪我はないのか?」
「…大丈夫だ」
何が大丈夫だ、だ。一回死んだくせに。と心では思う。
そしてブラッドから各地でイクリプスが同時に現れたことで救援が遅れていたことや、俺からの通信がインカムを起動したときを最後に途切れており今まで安否不明だったことを知らされた。
「…悪かったな。」
「…ほんとにな。でも無事でよかった。」
ブラッドが少し微笑んだのを見てここに帰ってこれたことへの嬉しさと素直に心配してくれたにも関わらず本当のことが言えない苦しさで胸がいっぱいになった。
なんだかいたたまれない気持ちになって
「部屋戻るわ。報告書なら後で書くから。じゃあな。」
とオレは背を向け歩き出す。
待て―と手を掴むブラッド。
あ、―と思った時には時すでに遅し。体温の無いオレの手を不思議に思ったのか
「…少し冷たくないか…?」
なんて言うからアイツの手を急いで振り解いて
「ッ、さっきまで外いたんだからそんくらいにはなるんだって…!じゃあな!」
足早に部屋へ向かいその場を去る。
―上手く誤魔化せたか…?
わからない、がこれでオレが死んだとか死神になったとかそういう思考にはならないはずだ。いやなるわけが無い。それよりも体温がないだとか脈が無いことがバレるのが一番マズイ。コレ思ったより深刻なんじゃ…
―近い将来すべてを捨ててこの世界を放浪することになるだろう。
あの男の言葉はどうやら本当らしい。事実は胸に深々と突き刺さり心を蝕む。