はぴして オズ+フィガロ 新作展示『ステンドグラス』「…………」
オズが無言で立っていた。見上げ、赤い瞳を煌めかせている。
「初めて見たの?」
こくん。長い髪を揺らめかせて、その小ぶりな頭を振る。きっと、こんなにたくさんの色を見たこと自体が初めてなのだろう。こいつのいたところは、雪、岩、枯れ木、そんな色ばかりだっただろうから。
「おいで、近くで見せてあげる」
静かに箒を出現させ、柄に腰掛ける。手を差し出せば、一瞬の躊躇ののち、手を取るオズ。随分と大人しくなったものだ。出会い頭に雷ぶっぱなしてたのが懐かしい。
俺はオズを抱いてゆっくりと飛び上がる。
「これは赤。おまえの瞳の色だね。こっちは青。ちょっと違うけど俺の髪の色。この沢山使われてるのは黄色。双子様の眼の色だ」
一つずつ、近くに寄って見せてやる。北の弱い太陽光がステンドグラスを照らし、俺とオズに色とりどりの影を落とす。あまり表情は変わっていないものの、常より目を見開いて、その沢山の色を視界に収めようとしている姿は、随分と可愛らしいものに見えた。
早く石にしてしまえ、と思っていた対象に、「可愛らしい」なんて感情を抱いたことに、素直に驚く。自我を獲得したころには神様という役を与えられていたせいか、無垢なものへの感情はやはり「庇護」というものに収束していくところが、自分にはあるなと自覚する。それで不都合を被ったことは今のところないが、いつかオズが己の脅威になった時に、きっと足枷となるだろうという予感は少なからずあった。
そんなことをぐるぐると頭の中で考えていれば、腕の中のオズが振り返り、俺を見上げてくる。
「これは」
指差し、言葉を発する。色を聞いているのだろう。ふは、と吹き出し笑ってやれば、何がおかしいのかと首をかしげている。双子が俺のことを猫可愛がりするときも、このような心境なのだろうか。
「これはね、紫って言うんだよ。赤と青を混ぜるとできる色だ。夕焼けと夜空の境目の色。見たことあるだろ?」
「…………」
こくん。再び首を縦に振るオズ。よほど気に入ったのか、ステンドグラスに手を伸ばし、ぺたぺたと表面をなぞり、その感触を確かめている。
そういえば、子どもはきらきらしたものが好きだったかもしれないな。なんてことを、ふんわりと思い出す。村に生まれた赤子を連れて挨拶に来た夫婦。腕に抱かれた小さな小さな赤子が、そのくりくりとした瞳をこちらに向けて、小さな手を懸命に伸ばしていた。きっと俺のつけていた耳飾りに興味があったのだろう。
俺にも、そんな幼少期はあっただろうか。朧げな記憶を掘り起こす。たしかに、貢物の中でも光物を好んでいた時があったかもしれない。
「このステンドグラスは双子様が作ったんだよ」
オズは驚いたように、くるりと振り返り、再び俺を見上げる。はは、最近おまえの表情が少しずつだけど読めるようになってきたぞ。
「今夜感想を言って差し上げるといい。きっとお二人、喜ぶから」
「…………」
こくん。再度頷いて、前に向き直る。
いつでも見れるというのに、オズはその光景を目に焼き付けるように、じっと静かにステンドグラスを見つめている。
俺たちは長い時間、その空間に二人浮かんでいた。