婚姻届を書く前に「もし私がお母さんの娘じゃなかったら……」
降谷零は、恋人であり婚約者でもある宮野志保の呟きに、眉根を寄せた。
ここは降谷と志保が同棲している家。そのリビングのソファに、ふたりは一時間程前から並んで座っていた。そして、目の前のローテーブルには書きかけの婚姻届。降谷が『夫となる』の欄に記載を終え、続いて志保が『妻となる』の欄に記載するところだったのだが。
「もし、私がお母さんと縁もゆかりもない、ただのシェリーという組織の科学者だったら、私を助けようとは思わなかったでしょ?」
降谷は志保の問いかけに大きくため息をついた。
(またその話か……)
もうこれで何度目だろう。事あるごとに志保は「私がお母さんの娘だからなのでは?」と尋ねてきた。思い起こせば降谷と志保の心理的距離が近づきはじめた頃からだっただろうか。そしてそれは、付き合うことになった時も、付き合い始めてしばらく経ってからも続いた。
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