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    ひかりせい

    降志中心です。
    主に短編やドラフト版を上げたり下げたり。

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    ひかりせい

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    🎄聖夜のふるしほ大忘年会2023🎄
    🌸5/6(月)まで公開
    【婚姻届を書く前に】
    「3万ドルの婚約指輪」の後日談。降志が婚姻届を書いてる最中のお話です。
    *前作未読でも短編としてお読みいただけます。

    #降志
    would-be
    #ふるしほぼーねんかい

    婚姻届を書く前に「もし私がお母さんの娘じゃなかったら……」

     降谷零は、恋人であり婚約者でもある宮野志保の呟きに、眉根を寄せた。
     ここは降谷と志保が同棲している家。そのリビングのソファに、ふたりは一時間程前から並んで座っていた。そして、目の前のローテーブルには書きかけの婚姻届。降谷が『夫となる』の欄に記載を終え、続いて志保が『妻となる』の欄に記載するところだったのだが。

    「もし、私がお母さんと縁もゆかりもない、ただのシェリーという組織の科学者だったら、私を助けようとは思わなかったでしょ?」

     降谷は志保の問いかけに大きくため息をついた。

    (またその話か……)

     もうこれで何度目だろう。事あるごとに志保は「私がお母さんの娘だからなのでは?」と尋ねてきた。思い起こせば降谷と志保の心理的距離が近づきはじめた頃からだっただろうか。そしてそれは、付き合うことになった時も、付き合い始めてしばらく経ってからも続いた。
     あまりにも繰り返されると、自分の気持ちが試されているようにも疑われているようにも思えてくるが、もちろん彼女にそんなつもりはない。ただただ自分に自信が持てず不安がっているだけだということは、降谷もよくわかっていた。だから、どれだけ愛を囁いても、唇を重ねても、お互いの熱を分け合っても、不器用な彼女には降谷から与えられる愛情を、そのまま全て自分のものとして受け止めることができないでいることも知っていた。
     結局、降谷はその都度丁寧に説明をしては彼女の優秀な頭に理解させるしかなかったわけだが、根気強く繰り返すうちに徐々に言わなくなっていった。
    ――はずなのに、結婚が決まってからというもの、再び同じことを尋ねてくるようになっていたのである。

    「もし君がエレーナ先生の娘じゃない、ただのシェリーだったら、僕は君を助けなかったかもしれないね」

     降谷はまず、彼女の質問を肯定で返した。
     実際その通りだったと思うからではあるが、それ以上に、このような場合において相手が求めているのは「同意」だと知っているからだ。肯定か否定か、初めのひと言で自分の話に耳を傾けてくれるのか探っていて、もしこのタイミングで「どうであれ君を助けたよ」とかいうおべんちゃらや、「タラレバを語っても過去は変えられないよ」などとド正論をかまそうものなら、彼女は途端に耳を塞いでしまうだろう。かといって肯定したまま会話を終わらせてもいけない。そうしようものなら「助けてくれないのね」と拗ねてしまうのだ。
     かつて、好きな人を厄介な難事件に例えた探偵もいたが、まさしくその通りで、相手の感情に寄り添いつつネガティブな思考は打ち消してあげる、なかなかのコミュニケーション能力を要求される場面なのである。

    「この場合、明美は君の姉っていう設定でいいのかな?」

     志保は小さく頷く。

    「もし君がただのシェリーだったとして、いずれ組織に反抗し、ガス室に閉じ込められ、例の薬を飲んで体が小さくなり、組織から逃げ出したと思うんだ」
    「……」
    「逃げた君は、工藤君や阿笠博士に出会って匿われることになり、組織の悪行を白日にさらそうと奮闘する工藤君に協力するようになる。違うかな?」
    「……たぶん」

     煮え切らない返事だが、それらは起こりうることとして彼女は納得したらしい。

    「一方、僕は先生を探すために警察官になっていて、組織にも潜入していただろう。そして、組織の命令で毛利先生を探るうちにコナン君たちと出会い、灰原哀という女の子の存在にも気が付いたはずだ。組織のコンピュータに登録されているシェリーの写真に似ている子がいるってね」
    「そうね」

     これはすんなりと受け入れたようだ。

    「組織がなくなった後のことは、さほど今と変わりはないんじゃないかな。君は解毒剤を飲んで宮野志保に戻り、正式に君の後見人となった阿笠博士と一緒に住むことになる。僕は公安の管理下に置かれた君の様子を確認する立場となり、阿笠邸を頻繁に出入りするようになる」
    「確かにあまり変わらないかも。でも気の持ちようは違うんじゃない? どこの馬の骨かもわからない女なわけだし」

     納得したのかと思いきや、ああいえばこういう。その彼女をどうやって納得させるのかは腕の見せ所だ。

    「僕は阿笠邸の雰囲気がとても好きだったんだ。君と博士は親子の様に互いを思い合っていて、少年探偵団の子どもたちともいつも楽しそうで。暖かくて優しくて居心地がよくて――もしそこに僕の居場所があったならどんなにいいだろうって」
    「あら、あなたも十分馴染んでいたじゃない。子どもたちはあなたが来るととても喜んでいたのよ」

     それならよかったと返事をしてから、ゴホンとひとつ咳ばらいをした。

    「いずれにせよ僕は、あの居心地のいい空間の中心にいる笑顔の素敵な子に惹かれたんだよ」
    「……そうなの?」

     志保が上目遣いで尋ねてくるから、降谷は静かに首を縦に振った。

    「志保はどうなんだい? 君はただのシェリーで、僕は君の家族の記憶を持たない男だったら?」
    「そうねえ。あなたへの警戒心が解けるのには今より時間がかかったと思うけれど……」

     志保はしばらく言葉を濁していたが、やがて聞き取れないくらい小さな声で言った。

    「私ね、博士とあなたと私とでお茶する時間が好きだったの。だからきっと……」
    「きっと?」

     続きを尋ねると、志保は顔を赤らめながらそっぽを向いた。


     ようやく納得して続きを書いてくれると思ったのに、志保は未だにペンを握ったまま固まっていた。

    「私、幸せになっていいのかな?」

     いうまでもなく、これも何回も繰り返し尋ねられていた。

    「うーん」

     降谷は腕を組むとソファの背もたれに寄り掛かった。

    「僕と一緒になったからっといって幸せになれるかはわからないよ。こういう仕事だから、会えないこともあるだろうし、心配もかけるだろうし」
    「身も蓋もないわね」

     志保が僕の二の腕に寄り掛かってきて、おでこを擦り付けてきた。

    「君を幸せにできるかわからないような男と一緒になるんだから、幸せになっていいか?なんて愚問だよ」
    「……ばか」

     降谷は志保を抱きしめた。

    「愛してるよ、志保」
    「私も」
    「『私も』、なに?」

     やはり最後まで言い切らない志保から続きの言葉を引き出そうとする。今までうまくいったためしはないのだが。
     すると腕の中の志保がふふっと笑った。

    「愛してるわ、零さん」

     降谷は驚いて腕を緩め志保の顔を覗き込むと、照れ隠しのように睨んできた。

    (不意打ち過ぎるだろう……)

     降谷は自分の額を彼女の額にこつんとくっつけると、そのまま唇を重ねた。啄むようなキスから少しずつキスを深めながら、降谷は徐々に志保に体重をかけてソファの座面に倒していこうとする。それに気づいた志保が、慌てて降谷の胸を押した。

    「わ、私、名前書かないと」

     今の今まで躊躇して一文字だって書こうとしていなかったのに、急にそんなことを言い始めた志保に、降谷は眉をひくつかせた。

    「保証人の名前を貰いに行くのは明日だから、それまでに記入すれば大丈夫だよ」

     降谷は志保の手の中にあるペンを抜き取り、ローテーブルに置いた。

    「え、でも、ちょっと、待って……、んっ……んん」

     志保の唇は再び降谷に塞がれて、抵抗もむなしくそのままソファへと沈められた。



    (暗転)
    (鳥のさえずり)



     翌日、ふたりで婚姻届を提出しに行き、無事に受理されましたとさ。
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    ひかりせい

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    🌸5/6(月)まで公開
    【婚姻届を書く前に】
    「3万ドルの婚約指輪」の後日談。降志が婚姻届を書いてる最中のお話です。
    *前作未読でも短編としてお読みいただけます。
    婚姻届を書く前に「もし私がお母さんの娘じゃなかったら……」

     降谷零は、恋人であり婚約者でもある宮野志保の呟きに、眉根を寄せた。
     ここは降谷と志保が同棲している家。そのリビングのソファに、ふたりは一時間程前から並んで座っていた。そして、目の前のローテーブルには書きかけの婚姻届。降谷が『夫となる』の欄に記載を終え、続いて志保が『妻となる』の欄に記載するところだったのだが。

    「もし、私がお母さんと縁もゆかりもない、ただのシェリーという組織の科学者だったら、私を助けようとは思わなかったでしょ?」

     降谷は志保の問いかけに大きくため息をついた。

    (またその話か……)

     もうこれで何度目だろう。事あるごとに志保は「私がお母さんの娘だからなのでは?」と尋ねてきた。思い起こせば降谷と志保の心理的距離が近づきはじめた頃からだっただろうか。そしてそれは、付き合うことになった時も、付き合い始めてしばらく経ってからも続いた。
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