40代になってから口説き始めたロナくんの30年後ロド午後8時。
完全に日が沈み夜に支配された部屋で、一人の人間と一人の吸血鬼が生まれたままの姿で揃って寝息を立てていた。
人間の方は筋骨隆々な体をしており、反対に吸血鬼は風が吹けば飛んで行ってしまいそうなほど痩せていた。
「ん……」
先に目を覚ましたのは吸血鬼の方だった。
「おや、まだ寝ていたのか」
体を起こした吸血鬼は隣で眠る人間を見下ろすとその短い髪をそっと撫でる。
「休みとはいえお寝坊さんだな、全く」
愛しいものを見るようにくすくす笑いながら頬を指で突いていると、う、と人間が身じろぐ。
「どらるく……?」
人間は吸血鬼の名を呼びながらゆっくりと目を開ける。
「おはようダーリン、いい夜だよ」
目を覚ました人間、ロナルドに合わせて吸血鬼、ドラルクは再びベッドに横になり、仰向けになっているロナルドの上に乗り上げた。
「もう8時だ。私も君も随分寝坊してしまったようだよ」
「あ"ーもうそんな時間か……確かに寝すぎたな……」
ロナルドは乗り上げてきたドラルクを抱きしめ顔中にキスをする。
「ふふ、なんだい急に」
「んー……なんもねえけど、俺の嫁さんは今日もすげーかわいいと思って」
「ふふ、当然だな」
ドラルクもロナルドからのキスや甘い言葉を当然のように享受し、嬉しそうに胸を張る。
「そういえばさぁ」
「ん?」
ドラルクが突然何かを思い出したように話始め、ロナルドは一度ドラルクへのキスを中断する。
「君が私を口説き始めたのって40代になってからじゃない?」
「そうだな」
「それより前から絶対私のこと好きだったのになんで40代になって急に口説き始めたの?」
「あー……それ聞く?」
ロナルドはドラルクの言葉にさっと視線をそらした。
「聞くねぇ。君が今微妙な顔したから余計聞きたくなってきた」
「……どうしても?」
「どうしても」
ロナルドの上で肘をつきわくわくした顔で見つめられ、ロナルドは観念したように両手を上げる。
「そんなに可愛い顔されちゃあ話さないわけにはいかないな」
「ふふ、そう来なくちゃ。愛してるよダーリン」
「俺も愛してるぜハニー」
ドラルクがロナルドの鼻先に口付け、ロナルドはお返しに少し体を起こしてドラルクの額に口付ける。
そして再び体を横にすると、ロナルドはゆっくりと話し始めた。
「俺がお前を好きになったのは、いや、お前を好きになっていたことに気付いたのは、確か30手前辺りだったな……」
うまい飯に明るい部屋、手入れのされた退治人服、その上シャワーしか浴びてこなかった風呂場には温かい湯船が用意されていて、加えて可愛いジョンとお前の言ってくれる「おかえり」があって、お前がうちに来てから俺の生活はみるみるうちに変わっていった。
そして気が付けばそれが当たり前になっていて、その全てが揃っていることを当たり前だと思っている自分に驚いた。
同時に、もう手放せないと思った。お前も、この生活も。
それでも俺は人間でお前は吸血鬼で、生きる時間が違いすぎた。
あの頃の俺はお前への気持ちを自覚したとはいえ、吸血鬼になる覚悟まではできていなかった。
だからせめてお前が飽きるまででいい。お前が俺やこの街に飽きてここを出ていくまででいいから、ここにいてほしいと祈るように思っていた。
「ほーーーん、随分とまぁ……いや、君らしいといえば君らしいか」
「怒んなよぉ……」
「怒ってない。呆れてるだけ」
「呆れんなよ……」
はぁ、と溜息を吐きながらドラルクに見下ろされ、ロナルドは涙目になる。
「それで、その考え方はいつ変わったのかな泣き虫ルドくん」
「まだ泣いてねぇし……」
「いいからほらほら」
ドラルクはロナルドの目から零れそうな涙を唇で拭いながら話の先を促す。
「あー……んと、40になった頃に、結構でかめな怪我しただろ、俺」
「……うん」
「しばらく意識失って、兄貴がずっとついててくれただろ」
「うん」
「んで目が覚めて兄貴と入れ違いで入ってきたお前がぼろぼろ泣き始めたのを見て、兄貴から病室に入れないのにずっと病院に居たって聞いてたのもあって、例えこの先お前が出ていくなんて言っても絶対に手放せないって確信したんだ」
ロナルドはその時は懐かしむように目を細める。
「……だから、口説き始めたの?」
「おう。誰にも渡したくなかったし渡すつもりもなかったからな」
「その前までずっと何もしてこなかったくせに」
「う、しょうがねえだろ……あの時のお前を見るまでは吸血鬼になる覚悟もなかったしあの頃はお前を想うだけで幸せだったんだよ」
「へえ、それは素敵な自己満足ですこと」
「怖え顔すんなって、可愛い顔が台無しだぜ?」
「うるさいバカ」
ドラルクはそういうと顔を伏せてしまった。
ロナルドはそんなドラルクを優しく抱きしめ、昔に比べると随分伸びた髪の毛を撫でるように指先で梳く。
「でもまぁ、怪我のお陰でお前への気持ちが抑えられなくなってこうして結婚できたようなもんだし、怪我の功名ってやつか?」
「はあああ??ふざけるなばかルドあんな怪我もう二度とごめんだからな!」
「わーってるって、もうあんなへましねえよ」
怒って顔を上げたドラルクの頬を両手で包み込み、ロナルドは口付けるぎりぎりまで顔を寄せる。
「あの時は心配かけてごめんな。でも俺のために泣いてくれて嬉しかった」
「……ばか」
「ん、馬鹿だよな、俺もそう思う……だからもう二度と同じ理由で泣かせたりしない」
「……本当に?」
「本当に」
「……約束だからな」
「ああ、約束する」
「もう、動かないきみをジョンやお兄さんと一緒に見るのは絶対に嫌だからな」
「ん、怖い思いさせてごめんな」
「全くだ……あの時私に心配かけたり怖い思いさせた分、これからも存分に私を愛して甘やかすように」
少しいつもの調子に戻ってきたドラルクに、ロナルドはふはっと笑う。
「仰せのままに、俺の愛しい吸血鬼」
ロナルドはそう囁くと、ドラルクにそっと口付けた。
そして少し長いキスを終えた後、二人は顔を見合わせて幸せそうに笑い合った。
ハッピーエンヌ♡