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    よもぎもちもち

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    よもぎもちもち

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    ほまれのトモコレ妄想話(モブ+ほまれ)

    むだい…何事も努力でどうにかなるという言葉を吐くのは、決まってその努力が報われた人間達でそういう人種は皆元々努力する才能を持ち合わせている。
    だから、努力出来ない人間を怠惰だと見下し容易く存在を否定してくるんだ。
    自分達が、どれだけ自分が恵まれているかも自覚せずに他人を自分の天秤に乗せる。
    努力する才能も、上手に努力する器用さを持ち合わせず生まれた人間の事なんてきっとこれっぽっちも考えていない。
    けれど、嗚呼、忌々しい事に世界はそういう奴らばかりで回っているんだ。
    だからきっと俺は、こんな真っ昼間からビール缶片手に公園のベンチに座っているんだ。


    「…はぁ」

    6月6日、初夏にしては涼しく心地の良い風が頬を撫でる麗らかな昼下がりの青空が恨めしい。
    深いため息を吐き温くなったビールを流し込めばただ苦いだけの温い液体に成り下がったそれの不味さに俺は顔を歪める。
    目の前では暇そうな専業主婦達が井戸端会議を繰り広げほっとかれた子供達は寂れた遊具で無邪気に遊んでいる。
    …半年程勤めた職場をクビになった。
    もうこれで何回目だろうと俺は酒臭いため息を吐く。一体何がいけなかったのだろう、と俺はうざったい程によく晴れた晴天を見上げて考える。
    いつだってそうだ。どこに行ってもそう。
    俺は、俺なりに頑張って仕事をしていた。それなのに、気付けば周りからの疎ましげな視線は増えていき陰では仕事が出来ない奴だと嘲笑される。
    そうしてどんどんどんどん居場所を追われ、気付けば俺に対する嫌悪感を少しも隠す素振りを見せない上司から解雇を告げられた。
    役立たず、もう何度言われた台詞だったろうか?
    視界が滲み俺はここが外である事を思い出した俺は慌てて涙を拭う。

    『お前はスルメを裂く仕事の方が向いてるんじゃないか?』
    いつだったか、誰が言ったかは忘れてしまったけれど言われた事があった。
    嘲笑しながら言われたその言葉の意味が最初は分からなくて、ネットで調べて初めて意味を知った俺は悔しさと情けなさに泣いた。
    別に天才にしてくれとは言わない。ただ普通に皆と同じように生きたい。
    そんなささやかな願いさえも神様は聞いてはくれない。
    空になったビール缶を潰しながら項垂れ俺はぽつりと呟く。


    「俺だって頑張ってるのによぉ…」

    「でもその頑張りは誰にも必要とされていない。だからお前はここで項垂れているんだろう?」

    不意に頭上から聞こえたその声に弾かれるように顔を上げる。
    いつの間に居たのだろうか?太陽の光を遮る様に俺の目の前に立ちベンチに座る俺を見下ろすその人物のあまりの距離の近さに俺は思わず引き攣った悲鳴を上げる。
    その人物の顔は最初太陽からの逆光で見えなかったけれど、よいしょとそいつが俺の隣に腰掛けた事でその顔が露わになりその顔を見た瞬間思わず息を呑んだ。


    「思うんだけど、頑張り所を間違えているんじゃないか?パティシエが魚の目利きを鍛えても何の意味も無いだろう?」

    そう言って人懐こそうな、まるで友達に向ける様な笑みを浮かべるそいつは…なんというか、ダウナー系というのだろうか?首元がくたびれたタンクトップに着崩された若干のヴィンテージ感を感じさせる不思議な色合いのつなぎ。
    掘りが深い顔立ちなのに厚みのある唇と濃いメイクで彩られた女性的な目元のせいで性別が酷く曖昧になっている。
    男にしては澄んでいるが女にしては低いその声は余計にこちらに与える性別という情報を曖昧にさせる。
    タンクトップのおかげで露出されている筋肉質な肩と隆起した喉仏が無ければきっと男だと気付けなかっただろうそいつの、気怠げに伏せられた目蓋の縁には瞳が影に隠れる程長い睫毛がびっしりと生えていて、爪楊枝が乗せられそうだなんて馬鹿みたいな事を俺は考えてしまう。
    ウェーブの掛かった毛先にグラデーションカラーが入った金髪を指先で遊びながらそいつは俺の顔を覗き込みながら笑う。
    まるで玉虫のような、よく見れば様々な色が混じり合った不思議な緑色の虹彩に俺の姿が映っている。
    それは、そいつの軽はずみなその発言さえも腹立たしく思わない位どうしようもなく引き込まれる瞳だった。

    「…いきなりなんなんだよ、あんた」

    漸く出た言葉は自分でも情けなくなる位声が上擦っていて…けれど目の前のそいつはそれを嘲笑する事もなくじっと俺の顔を見ている。
    負け犬を見下すような勝者のそれでも、恋人を見守るような優しい目でもない。
    あえて形容するのであれば、道端で偶然遭遇したそれほど深い仲ではない知人を見るようなそんな目でそいつは俺を見ながら口を開く。

    「なぁお前さ、俺の頼みを聞いてくれないか?」

    「頼み…?」

    「ああ勿論タダとは言わないぞ?」

    そいつの言葉を鸚鵡返しで返した俺にそいつは笑ってポケットから何かを取り出す。
    くしゃくしゃの皺だらけになったその紙は、普通の人間だったらテレビ位でしか見ないような代物だった。
    ひらひらと俺の目の前で見られたそれは、印が押された小切手だった。
    脳がそれが何かを認識し記入された金額を確認した瞬間俺はぶわりと顔が熱くなるのを感じる。
    小切手に記入されている普通に生きていれば宝くじでも当たらない限り一生お目にかかる事の無いその金額に俺の心臓は跳ね上がる。
    俺の反応を嗤う事も哀れむ事もせず、ただただ観察するようにじっと見ていた男は小切手の皺を伸ばしながら淡々と語る。

    「流石にここで札束出す訳にはいかないからさ…お前が俺の頼みを聞いてくれるならこれをあげるよ。銀行に持っていけば直ぐに金に変えてくれると思うから」


    「…頼みってなんだよ」

    興奮で舌が乾き上手く喋れないながらもどうにか言葉を紡げばそいつは再び人懐こそうな笑みを浮かべると子供のように落ち着きの無い様子で足をばたつかせながら頼み事の説明を始めた。


    「別に難しい事じゃないさ、ただあんたの家にオレを泊めてほしいんだ。」

    「…は?俺の家?」

    「うん、あんたの家。家に泊めてくれるだけでいいよ。後は自分でやるから。」

    予想外だったそいつの頼み事の内容に一瞬俺は拍子抜けしかけるが脳裏を無数の嫌な予感が過りそれを晴らすために俺はそいつにいくつかの質問を投げ掛けた。


    「…犯罪の仲介に使ったりしないだろうな?」
    「なんだそりゃ?あんたテレビの見過ぎじゃない?」
    「最近よくあるだろ、その…闇バイトとか、そういうのに関わるのは勘弁だぞ?」
    「あんたは何もしなくていいしオレ以外は誰も家に入れなくていい」

    俺の質問に対してそいつは呆れたように笑うと俺の心配事を一つずつ潰していき、最終的な要望を纏めていく。

    「あんたの家にオレを泊めてくれるだけでいい。オレが他の人間を招く事は絶対にしないしあんたもオレに気を遣わなくていい。食事も入浴も寝床もオレが自分で用意する。あんたはただオレを招き入れてくれるだけでいい」

    もし犯罪に紐付けられるような行動をオレがしたらその時は通報でもなんでもしてくれ。
    そう言って親しげに笑ったそいつに俺は生唾を飲む。
    明らかに怪しい頼み事だったけれど、それを怪しいからの跳ね除けるには提示された金額はあまりにも魅力的過ぎて…一抹の不安を抱えながらも俺はそいつの頼み事に首を縦に振る以外の選択肢を持たなかった…




    「うーん、散らかってるな〜」

    「文句があるなら出てけよ」

    公園のベンチで何億という金の取引を交わした後、俺はそいつを自宅へと招き入れる。
    片付ける気力も湧かずゴミや物が散乱した部屋を見ながらしみじみと言うそいつに俺は舌打ちをしながらも着ていたジャケットを適当にその辺に放り投げるとベッドに腰掛ける。


    「そういやあんた名前はなんて言うんだ?」

    「名前?ああ、オレの?」

    「あんた以外この場に他に誰がいるんだよ」

    俺の言葉にそいつは確かに!と軽く笑うと少し考える素振りを見せてから口を開く。

    「みかどほまれ。三角はさんかくでみかど、ほまれは…えーっと、名誉のよの方だ」

    「いや、漢字は別にどうでもいいわ」


    俺の言葉にそいつ…基三角はひどいなぁなんて笑う。
    そういえば、今更ながら俺は違和感を覚える。どうしてこいつの笑顔はこんなにも抵抗なくするりと受け入れられてしまうのだろう?
    苛立ちも嫌悪感も湧かない、まるでこれが目の前の男の常のように容易く受け入れられてしまう。
    先程会ったばかりの筈の男相手に、気付けば俺の本能は疑惑を放棄していた。


    「じゃあとりあえず…俺は何をすればいいんだ?」

    「普通にしていてくれればいいよ。オレに気を遣わないでくれ」

    他人が家にいる状態で普通になんて出来るわけないだろうという言葉が喉元まで出掛かり俺はそれをどうにか飲み込み抑えるとため息を吐いてポケットにしまいっぱなしだったスマートフォンを取り出す。
    そして、右上に表示された15%の充電残量を見てふとある提案が思い浮かび三角に早速その思い浮かんだ提案を伝える。


    「なぁ、あの報酬金だけどよ…分割して先に貰ったり出来ねぇ?恥ずかしい話なんだが俺今結構生活苦しくてさ…」

    ダメ元での提案ではあったけれど、よくよく考えてみればあれだけの大金をコイツがきちんと支払うという確証は無い。
    暫く住まわせてやったらある日いきなりドロンなんて事だってあり得るのだから本来であれば何もおかしな提案ではないのだ。
    さぁ目の前の男はこの要望になんて応えるか…と俺が身構えれば三角は俺の警戒とは裏腹にきょとんとした幼い表情を浮かべると何かを思い出す様に小首を傾げるとポケットの中を漁り苦笑しながら俺に言う。


    「悪いけど現金持ち歩いてないんだよな」

    下ろしてきていいか?
    そう言って笑った三角に俺は呆気に取られる。どうやら目の前の男は本当に金を出すつもりでいるようだ。
    俺が了承すれば三角は緩慢な動作で立ち上がると直ぐに戻るとだけ告げて部屋を出る。
    三角の姿が見えなくなると俺は脱力したかのように深いため息を吐いた。
    壁に掛けられた時計を見てみれば短い針は2を指しており、俺は腰を上げると髪を結い直すと少し遅い昼食の為に視界の端に映るキッチンへと移動した。



    「ほら、これ位で良かったか?」

    ドラッグストアで安売りされていた為買い溜めしておいたカップラーメンの一つに湯を注ぎ待っていれば玄関のドアが開かれる。
    1Kの家では寝室から玄関ドアが丸見えで、カップラーメンが出来るのを待っていた俺の前に腰掛けると三角はスーパーの袋らしき白い袋から札束を五つ取り出すと適当に簡易テーブルの上に置かれていたカップラーメンの蓋の上へと積み上げる。
    そのあまりにも非現実的な光景に俺は思わず息を呑む。
    それが本当なんて信じられなくて恐る恐る札束を一つ手に取ってみればそれは適度な重みがあり特有のざらつきもある。
    何よりも、素人目で見ても分かる特徴的な印刷にそれが偽物でないと判断した瞬間俺は漸く深く息を吐く。
    先程まで無一文の無職がたった数十分で札束を手にしているだなんて、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだと俺は感心する。
    乗せられた札束を俺は慌ててベッドの下へと隠せば三角はそんな事しなくても盗らないって、と笑う。
    …本当に、目の前のこいつは一体何者なのだろうか?
    金に関心が無いのもそうだけれど、会った時から俺は言い表せない違和感を感じていた。
    ただの大富豪で片付けるには、こいつはあまりにも特別感が無かった。
    まるで道を歩いていればすれ違う他人のように、その特殊な容姿を除けばあまりにも目の前の三角誉という男は普通過ぎた。
    思考を巡らせていた俺に、三角は食べないのか?と放置されていたカップラーメンを指差す。
    三角に言われてやっとその存在を思い出した俺は慌ててカップラーメンの蓋を開ける。
    蓋を開ければ湿度の高い湯気が立ち上り芳しいその香りが食欲を唆る。
    3分以上経っていたせいで若干伸びた麺を割り箸で掬い啜り上げていれば不意に感じる視線。
    顔を上げて見てみれば、三角が無表情のままこちらをじっと見ていた。

    「なんだよ」

    食べたいならキッチンの流しの下に予備があるから勝手に作れよと言えば三角は俺の事は気にしないでくれと言葉を返してくる。
    お前を気遣っているんじゃない、そんなに凝視されたらこちらの気分が害されるんだと素直に伝えれば三角は初めて若干不服そうな表情をその顔に浮かべると渋々と目を逸らす。
    俺はそんな三角にため息を吐くと再び麺を啜る。
    三角が目を逸らした後も、誰かの目線は消える事は無かった。



    …違和感を覚えたのはいつからだっただろう?
    初めは、ほんの些細な事がきっかけだった。
    自分の事は何もしなくていいと最初に言った三角はその言葉通り何も要求してこなかった。
    あいつは、気付いたらいつの間にか衣食の問題を一人で解決していた。
    衣服はいつもあのつなぎだったけれど俺の見ぬ間に洗濯にでも行っているのだろう常に清潔で、食事もどこかで済ませている様だった。
    だからそこについては金が掛からなくて良いなと思った位で俺は特に気にしていなかった。
    けれど、上記でも述べた通り俺は些細な出来事をきっかけに三角に、ではなく俺自身の生活に徐々に違和感を抱く様になった。


    (ん?)

    それは、明日のゴミの回収日の為にゴミを纏めていた時の事だった。
    ゴミ袋の中に放り込まれたボディーソープの詰め替え用のパッケージに気付いた俺は首を傾げる。
    俺の記憶が正しければボディーソープは先週変えたばかりで、ゴミも先週捨てた筈…何故ここにあるのだろうか?と俺は眉を顰める。
    記憶を手繰り寄せてみるがやはり覚えている限りでは補充した記憶は無い。
    けれど、今更対して高くもない、むしろ安価な大衆向けのボディーソープを余分に補充したとしても対した事ではないだろうと俺は自分に言い聞かせてゴミ袋の口を縛る。
    懐に余裕があるとこんな些細な事などどうでも良くなるものだと俺は笑い、そうして僅かに感じた違和感に蓋をした。



    「…何してんだよ」

    それは、特に予定も無く暇を持て余していた夜の事だった。
    コンビニで買った大量の酒とつまみを消費しながら同じくコンビニで買った分厚い少年誌を読んでいた時、俺は視界に入った三角が奇妙な動きをしている事に気付いた。


    「…ん?」

    薄いクッションを敷いた床の上に腰掛け仕切りに目元に触れては首の皮膚を摘んでいる。
    そんな落ち着きのない様子に違和感を覚えながらも一々問うのが面倒だった俺はその行動には触れず目元を触れていた指で少年誌のページを捲る。


    「ねぇ、いい加減仕事探したらぁ?」
    「金あるなら働く必要無くね?」
    「行動の無い日々は脳を衰えさせますよ」


    …ああ、また始まった。
    俺は深いため息を吐くと手持ち無沙汰になっていた為首に触れていた指で苛立ちを逃すようにがりがりと頭部を掻き身体を起こすと読んでいた分厚い少年誌を苛立ちと共に目の前で1人でべらべらと喋っている三角に向かって投げつけた。


    「毎日毎日うるせぇなぁ!!それやめろつってんだろ!!」

    そう怒声を上げたのとほぼ同時に俺の視界を遮ったのは、たった数秒前に俺が投げたばかりの少年誌。
    俺が投げて自身の顔面にクリティカルヒットしたそれを瞬時に手に取った三角は怒る俺に向かって同じように投げ付けたのだと理解した時には俺の顔面に分厚い少年誌が激突していた。


    「ッテメェ!!」

    少年誌がぶつかり赤くなった鼻もそのままに俺は俺と同じように鼻を赤くした三角へと掴み掛かる。
    もう散々見慣れたその光景、体格は俺の方が良い筈なのにいつもいつも決着が着かずに体力が底を付き息を切らし崩れる羽目になる。
    ただ、まるで自分自身に掴み掛かっているかのように動作が同じこいつが俺は不気味で仕方がなかった。
    俺は息を切らしながら身体を起こすとベッドに腰掛けながら同じように息を切らす三角を睨み舌打ちをする。


    「なんなんだよマジで、お前本当頭おかしいんじゃねぇの?頭の病院行けよ」

    「だから最初に言ったじゃないか。詳細に説明したのにどうしてそんなに怒っているんだ?」

    三角はこちらの反応に対して全くもって意味が分からないといった様子で眉を持ち上げ困惑した表情を見せる。
    俺は舌打ちをしやり場の無い怒りを逃すようにガリガリと頭部を掻き舌打ちをして言葉を続けようとするが、三角から僅かに聞こえた小さな舌打ちに俺の怒りはまた一気に沸点を超える。

    「何舌打ちしてんだ馬鹿にしてんのかテメェ!!」

    無駄だと分かっていても俺は再び三角に掴み掛かる。
    柔らかなウェーブの掛かったその長い髪を掴み顔を殴れば三角は俺の髪を掴み俺の顔面を殴り返す。
    けれど、その目は少しも揺らぐ事無くただ静かにじっと俺を見ていて俺はまるで一人相撲をとっているような虚しい気分になった。
    結局、俺の心は満たされないまま一人相撲のような殴り合いは俺の体力切れで膜を下ろす。
    俺は三角に殴られ赤くなった頬をまだ冷たい酒の缶で冷やしながらもため息を吐く。
    そうして、同じように酒の缶で頬を冷やしながらため息を吐いている三角にテメェはため息吐く資格ねぇだろと内心で悪態を吐きながらも顔を冷やしていた酒の缶を開け中身を一気に飲み干し乱暴に缶をテーブルに置く。
    苛立ちを紛らわすようにガリガリと頭部を掻いていれば直ぐ近くでぱき、とプルタブを折る音が聞こえて見てみれば三角は自分の頬を冷やしていた酒の缶を空けその中身を一気に飲み干していた。
    一瞬でその顔を真っ赤に紅潮させながら三角は乱暴に缶をテーブルに置く。
    据わった双眸でゆらゆらと揺れる三角。見えている部分の肌は瞬く間に赤く色付いていく。
    どうやら目の前のこいつはアルコールに弱い体質みたいで、こうなったらあと数分で潰れるだろう。
    いつもそうだ。俺がキレて殴り合いになった後三角はいつも何故か強くも無い癖に酒を呷る。
    学ばねぇなぁなんて少しの優越感にアルコールが混じり気分が良くなった俺は今にも潰れそうな三角を肴に2本目の缶を開ける。
    すると、肌を紅潮させゆらゆらと揺れていた三角は覚束無い動作でテーブルに無造作に置かれていた酒の缶に手を伸ばす。


    「おい、止めろって馬鹿」

    俺は慌てて手に持っていた缶を置き三角から酒の缶を遠ざける。
    三角はそんな俺を相変わらず据わった目で、紅潮した顔で見ている。
    ふらふらゆらゆらと揺れているその姿はもう見慣れた光景で、どうせまた暫くしたらトイレ駆け込んで便器にしがみつくんだろうお前?なんて思っていれば案の定三角は口を押さえるとふらふらと覚束無い足取りでトイレへと這っていく。
    三角と同棲するようになってもう見飽きたその光景に俺はここまで学ばない奴も珍しいなと飲みかけの酒の缶に手を付ける。
    きっと三角はどこかのボンボンで、俺と違って何をしても許されてきたんだろう。思わずそう思ってしまう位三角誉という男は客観的に見てだらしない男だった。
    俺は三角が閉じ籠っているであろう閉ざされたトイレのドアを眺めていた時、ふと台所に置かれた剥き出しのゴミ袋へと目線を移す。
    燃えるゴミと赤い字がプリントされたゴミ袋はカップラーメンと酒の空き缶がはち切れんばかりに詰め込まれ今にも破れそうになっている。
    面倒くさいがそろそろゴミの日に出さなければと思いつつもやはりそれが面倒だった俺は三角がトイレから出てきたら三角にやらせようと心に決めて飲み干した酒の空き缶を溢れ返っているゴミ袋目掛けて放り投げると3本目の缶を開けた。





    「ふざけんな何するんだ止めろ!!!」
    「ちょっとこれマジで犯罪だって!!」
    「あらあらあら〜どうしてこんな酷い事するのかしらねぇ」



    8回目の不採用通知に顔を歪めスマートフォンを壁へと叩きつけた時、まるで木霊のようにほんの少しだけ遅れて響いた打音と何かが壊れる音が響き何事かと思い目線を動かして音のした方を見てみればまるで人じゃ無い何かを見るような目と視線が重なる。
    ああ間違えたと、自分の行動を後悔するよりもこちらを馬鹿にしているようなその目線にいつも以上に虫の何所が悪かった俺は頭の奥で何かがぶちりと切れる音がして、気付けば俺は立ち上がり引っ越してきた時に出た段ボールを縛る為に使ったきり押入れで眠っていたビニール紐を手に取ると暴れるその身体を縛り上げ、俺の行動に対して喚く喧しいその口に布テープを貼り付けていた。
    布テープを貼り付けられても尚くぐもった声を漏らしながら芋虫のように暴れるその姿に俺は思わず笑みを溢す。
    ああ、もっと早くこうすれば良かったんだ。いや、正直言ってしまうとだいぶ前から嫌気はさしていたけれど行動する勇気が出なかったんだ。
    ガリガリと頭部を掻きながら俺は俺の足元で蠢くその姿を見ながら大丈夫だ、縛っただけだしちゃんと呼吸出来るように口にしかテープは貼っていない。大丈夫、死にはしないさと俺は自分に言い聞かせる。
    だって、仕方ないだろう?こいつが悪いんだから。
    ストレスの一部が無くなりスッキリした俺は背中に伝う嫌な汗を流す為に浴室へと向かう。
    脱衣室が無いから台所で服を脱ぎ捨てて狭い浴室へと足を踏み入れ水栓を捻り少し待てばシャワーから流れる水が温まってくる。
    汗を流し髪を濡らし、シャンプーのポンプを押せばその軽さに俺はそろそろシャンプーが無くなりそうな事に気付く。
    ああまた買い足さないとな…俺はそんな事をぼんやりと考えながらも濡れた髪をシャンプーで泡立てた。





    「なぁ、頼むって。何か気に障ったなら謝るから…本当に俺が悪かったって…」


    あの諍いから数日後、いつものようにアルコールを一缶呷り酩酊していた時、縛られたまま部屋の隅に転がされていたそいつは懇願するように俺に話しかける。
    口に貼ったテープはとっくに粘着力を失い剥がれ落ち、自由になった口は謝罪と罵倒を吐き散らかすだけだった。


    「なんなんだよこれ…なんでこんな事するんだよ…なぁ、オイって、なんか言えよ!!」


    喚くそいつを無視して俺は時間をかけて飲み干した酒の缶をだいぶすっきりしたゴミ袋目掛けて放り投げる。
    あーそうだ、履歴書の予備がもう無いから買ってこねぇとな…
    金はあっても変わらない嫌な現実に俺はため息を吐きガリガリと頭部を掻きながら立ち上がる。
    コンビニで履歴書を買ってきて、酒を飲みながら履歴書を書いて…ったく、不採用なら履歴書返してくれよなマジで…
    俺は愚痴を溢しながらもまだ喚いてるそいつを背に薄っぺらいベッドに寝転んだ…








    「…はぁ」

    8月20日、真夏の燦々とした強い陽射しが恨めしい。
    暑さのせいで苦いだけの温い液体に成り下がったそれの不味さに俺は顔を歪める。
    目の前では暇そうな専業主婦達が井戸端会議を繰り広げほっとかれた子供達は寂れた遊具で無邪気に遊んでいる。

    届いた不採用通知の紙を握り潰し丸めながらもうこれで何回目だろうと俺は酒臭いため息を吐く。一体何がいけなかったのだろう、と俺はうざったい程によく晴れた晴天を見上げて考える。
    いつだってそうだ。どこに行ってもそう。
    クビになった時もそうだった。俺は、俺なりに頑張って仕事をしていた。それなのに、気付けば周りからの疎ましげな視線は増えていき陰では仕事が出来ない奴だと嘲笑される。
    そうしてどんどんどんどん居場所を追われ、気付けば俺に対する嫌悪感を少しも隠す素振りを見せない上司から解雇を告げられた。

    役立たず、もう何度言われた台詞だったろうか?
    頑張れば頑張る程言動が空回りして周りの歯車と噛み合わなくなる。
    そんな現実に視界が滲み俺はここが外である事を思い出した俺は慌てて涙を拭う。

    『お前はスルメを裂く仕事の方が向いてるんじゃないか?』
    いつだったか、誰が言ったかは忘れてしまったけれど言われた事があった。
    嘲笑しながら言われたその言葉の意味が最初は分からなくて、ネットで調べて初めて意味を知った俺は悔しさと情けなさに泣いた。
    別に天才にしてくれとは言わない。ただ普通に皆と同じように生きたい。
    そんなささやかな願いさえも神様は聞いてはくれない。
    空になったビール缶を潰しながら項垂れ俺はぽつりと呟く。


    「俺だって頑張ってるのによぉ…」

    『でもその頑張りは誰にも必要とされていない。だからお前はここで項垂れているんだろう?』


    いつだったか言われた言葉を思い出しその言葉を思い出した瞬間…俺は漸く理解する。
    世の中には必要とされない努力があるという事を、そして、俺はその努力をずっと続けてきたのだと理解する。
    じゃあ、やり方を変えれば良かったんだ。がむしゃらに努力するのでは無くて努力の方向性を考えれば良かったんだ…!
    ああ、なんでこんな簡単な事に俺は気付けなかったのだろうか?
    先程までただただ憎らしかった陽射しが途端に輝いて見える。
    気付いた俺はまだ中身が残ったビールの缶をゴミ箱に投げ捨てると来た時よりもずっと軽い足取りで帰路に着いた。






    1kの小さな我が家に帰宅しドアを開ければ蒸し暑さと共に咽せ返るようなアンモニア臭が鼻をつき部屋のドアを開けた俺はその匂いに思わず顔を顰める。
    見てみれば、部屋の隅の窓のカーテンレールにビニールテープを結び作った簡素な輪っかを頸に掛け、見慣れた男が首を吊って死んでいた。
    汚れたスウェットの股間部分は変色していて床には黄色い液体が広がっている。
    この匂いの正体はこれか、と俺はため息を吐く。
    ポケットから自分のスマートフォンを取り出すと着信履歴を開きいつものように一番上の番号をタップする。
    無機質な呼び出し音が1回なり直ぐに通話に切り替わる。
    夏場は直ぐに匂いが出てくるから早く連絡しろって、いつか言われたのを俺は思い出しながらポケットの奥に突っ込んだままぐしゃぐしゃになっていた紙の綴りの残数を数えながら口を開く。


    「ああ、もしもし。また頼みたいんだけど…住所はーー」



    通話しながら窓を開ければ外には夏の晴天が広がっている。
    こんな日は皆でピクニックとかしたら楽しいだろうなぁ。
    お菓子とか持ってみんなでレジャーシート敷いて…そういえば土屋田が作ってくれたサンドイッチ美味かったな。また食べたいな。
    そうだ、明日土屋田も呼んで皆でピクニックにでも出掛けないか?


    「俺はパス、明日は面接が一件ある」
    「どうせまた不採用なんだから良いじゃん」
    「うるせぇ勝手に決めんな!!」
    「あらあらそんな事言っちゃダメよぉ〜」


    賑やかな部屋の中で俺は窓の外の晴天を眺めて朗らかな気持ちで笑う。
    明日もこんな風に晴れるといいなぁ
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