狐の嫁入り①突き刺さる視線が痛い。軽蔑、嫌悪、好奇…その目の意味はそれぞれ違ったけれど、どれも心地のいいものではなかった。
人々は私の姿をみとめては、「悪魔」だの「化け物」だのと好き放題言ってくれる。
理由ははっきりしている。全てこの“瞳”がいけないんだ。この、“化け物みたいな瞳”が。
この色は決してカラコンのせいではない。私の目は生まれつき紫だった。
どうやら原因は遺伝子異常らしい。こんな忌々しい色は、家系を見ても私だけであった。
周囲とは色が違うというだけで、家族ですら私を邪険にしている。昔父親が交通事故で亡くなったが、それは全て化け物の子(私)が生まれたからだと、母親や父方の祖父母が私を責め立てた。
仕方なかったんだと思う。私を恨んで家族の気持ちが楽になるなら…。そう思って私はただ耐え続けた。
幸いにも学校には行かせてもらえたが、もちろん友達なんてできるわけが無い。
教師からのカラコン疑惑から始まり、同級生からの陰湿な嫌がらせはどれだけ年齢を重ねても変わらなかった。
仕方なかったんだと思う。だって、私は化け物の子だから。小学校中学年になる頃には、早くも全てを諦めていた。
ーー飽くことなく注がれる視線を受けながら、私はある場所に向かって歩いていた。
最初は人が多かったが、街を抜けてからはパタリと人が途絶え、刺さる視線もなくなり息がしやすくなる。
通りを真っ直ぐ歩いていれば、薄暗い裏山に入った。この山は誰も所有しておらず人も来ないため、手入れが全く行き届いていない。故に、完全に孤立した森だった。
今日は父親の命日。家族は特に、この日の私に厳しい。理由は言わずもがな。案の定家にいるわけにはいかなくなったので、どこか一人になれる場所を探していたのだ。
まだ齢10の娘がこんな所に一人でいたって、どうせ誰も心配しやしない。
うっそうと生い茂る雑木のせいで日当たりが悪い。足元も険しい道が続いていたが、歩みを止めることは無かった。
行くあてもなく森を散策していると、突然開けたところに出た。ここは何故か木の葉っぱで覆われていなくて、日当たりも抜群だ。不思議に思って当たりを見渡すと、ある建物が目に飛び込んだ。
「……お社…?」
それは随分と古びたお社だった。造りは大変立派だが、誰もここには来ないから建物が朽ちている。それでも、何故か神々しい雰囲気を感じた。
子供特有の好奇心に駆られ、ゆっくりとお社に近づいてみる。すると突然、ざっと木々が揺れたかと思えば雨が降り出した。
つい先程までは快晴だったし、傘なんて持っていない。山の天気が変わりやすいのは知っていたが、まさかこんなに急だとは思わなかった。
大慌てでお社の屋根の下に潜り込む。風邪をこじらせたら大変だ。肌寒さにぶるりと身震いし耐え忍んでいると、突然近くでがさりと音がして飛び退く。
恐る恐る顔を覗かせたら、そこには血だらけで横たわる同い年くらいの男の子がいた。
「!!だ、大丈夫…!?」
慌てて駆け寄り、傷の状態を確認した。幸い傷はあまり深くないようだが、本人の体力が限界なのか息が浅い。このままでは死んでしまうだろう。筋力のない細い腕で、なんとか屋根の下に運ぶ。
普段私も怪我をすることが多いので、いつも持ち歩くカバンの中には簡易的な救急セットが入っている。こんなところで役に立つとは思わなかったが、これ幸いにとカバンをひっくり返した。
皮肉にも傷の手当には慣れている。テキパキと止血や消毒等の処置を済ませた。
あとは彼の免疫力次第だ。
頭が痛くならないように、クッション代わりの膝枕で目覚めを待つ。
先程は焦っていたのでしっかりと姿を確認できていなかったが、彼は驚くほど綺麗な顔立ちをしていた。
日に照らされなくても黄金の髪はキラキラと輝き、風にそよがれてさらりと揺れる。
瞼の奥に隠された瞳はまだ見れていないけれど、きっと美しいんだろうな。
誘われるように手が伸びて、彼のさらさらの髪の毛にそっと触れる。無事に目が覚めますように、と祈りを込めながら、形の良いまろい頭を撫で続けるのだった。
どれくらい手を往復させただろうか。
雨は止んだが太陽は一向に姿を見せず、代わりに月がぼんやりとお社を照らしている。どうやらお天道様は既に沈んでしまったらしい。
名も知らない少年の体が冷えてしまわないよう、抱え込む格好でじっとしていたからか、節々が痛みだしている。彼の様子を見ようと顔を覗き込んだら、深い青色が私を射抜いていた。
「!?」
「おまえ、だれだ」
「え、ぁ、あの、」
「僕に何をした」
「て、手当っ、怪我いっぱいしてた、から、手当したの」
「怪我……?」
そういえば…と何か思い出したかのように、自身の体をじっくりと確認しだした。あちこちに目をやって満足したのか、視線が私に戻る。
「おまえがかんびょうしてくれたのか?」
「え、う、うん……といっても、簡単に処置しただけだから、看病なんて大層なことじゃないけど…」
「……じゃあ、あのぬくもりの正体もおまえか…」
「…え?ご、ごめん、なんて言ったか聞こえなかった」
「なんでもない。とにかく、助けてもらった礼を言う。ありがとう」
「ぁ、どういたしまして…」
少し上からの物言いは気になったものの、きちんとお礼を言ってくれたので悪い子ではないのだと思う。男の子はゆっくり体を起こすと、私の顔をまじまじと見る。
「……こんな夜更けにここにいていいのか」
「ぁ……うん、平気」
「親は?」
「……」
当然といえば当然の反応だった。誰が見たって幼い子供だし、人のいない山奥で夜遅くにひとりでいる方がおかしい。
それでも、私には人に言い難い事情というものがあるのだ。思わず黙り込んでしまえば、少年は大きなため息をついた。
「……どこで一晩明かすつもりなんだ」
「…も、森で…」
「正気か?言っておくが、この辺は野生動物が多い。それも夜行性だ。腹を空かせた奴らに食われてもいいのか?」
「ひぇ……」
その可能性は全く考えていなかった。野生動物なんていて当たり前なのに。
とはいえ、家に戻る訳にもいかない。どうにか出来ないか思案していると、少年が口を開いた。
「ここにいろ」
「えっ」
「ここなら動物は来ない。光がよく入るから周囲もよく見えるし、危なくない。それに、僕がいる」
「!」
「ここにいろ。いいな?」
有無を言わさぬ態度でそう言われては、頷く以外の選択肢がない。勢いのまま首を縦に振ると、安心したように少年が笑う。
少し強引だけど、やっぱり根はいい人みたいだ。それにしても……。
「ぁ、あの、」
「ん?」
「私の事、怖くないの…?」
「どうして?」
「目の色……皆と違う、から……。変な目してるって、よく言われるの…」
震える声でそう言うと、彼はおもむろに顔を近づけてきた。整った顔立ちが眼前に来て、思わず顔が赤らんでしまう。
「……何が変なんだ?」
「ぇ、」
「だから、皆と違う目だと何が変なんだ?」
「だ、だって、化け物、みたいで、」
「化け物の特徴は目の色なのか?」
「え、わ、わかんない」
怒涛の質問攻めにあった。混乱しながらも答えると、少年は納得したように頷く。
「じゃあおまえは化け物じゃないよな」
「……え」
「身体的特徴だけで化け物だなんだと言うやつは知識が足りていないだけだ。そもそも、見ず知らずの男を夜分遅くまで看病するお人好しが、化け物なわけないだろ」
事も無げにそう言った彼に、私は目を見張った。私の見た目で恐れるどころか、彼は私自身を見て判断してくれたのだ。
この短い人生では初めてのことだった。こんなに嬉しいことは無い。
「あり、がと……。」
呟くようにお礼をいえば、少年は優しく微笑む。
「自己紹介がまだだったな。僕は降谷零。おまえは?」
「つむぐ…。東雲紡、です」
「つむぐ…か。いい名前だな。よろしくな、紡」
こうして、謎の少年降谷零くんと、不思議な出会いを果たすのだった。