ワンライネタルシファーは研究に没頭すると寝る間を惜しんでのめり込んでしまう。
のめり込む、というより不必要なものを切り捨てているとすら言えるだろう。
食事も水分すらも取らずに研究をしていたときは肉体が持たずに倒れてしまい、余計な時間が掛かってしまったために仕方なく食事は取っていたがそれすら惜しいほどだったのだ。
抱えていた案件が完了したのは、目覚めてから五日が経過した夜だった。通常業務を遂行しようにもまともに頭が働きそうもなく、流石のルシファーも次の日は休暇を入れていた。
自室のベッドに潜り込んだルシファーはまるで気絶するかのように訪れた眠気に身を委ねたのだった。
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「んん…………っ……ん?」
ルシファーは降り注ぐ太陽の光を浴びてぼんやりと目を開ける。部屋には大きな窓があるために、それはいつもと変わらない。
しかし、ベッドに寝ているにしてはあまりにも硬すぎる感触が背中から伝わってくる上にじりじりと肌を焦がすような熱まで感じるような気がしていた。
そして薫ってくる覚えのない磯の香り……流石に何かがおかしいと勢い良く起き上がったルシファーの目の前にあったのは空の色のような蒼色をした大きな水溜まりに白い砂、寝転がっているのは白く硬い寝転がるのに特化したようなイス……夢でも見ているのかと思ったが身に感じるこの熱さが夢ではないと思わされた。
「ファーさんオハヨウ。起きたんだ?」
ここまで突拍子のないものは夢にも見ようがないだろうと思っていたところで、目の前に一人の男が現れた。
「ベリアル……なんだその……浮かれた格好は」
ルシファーの前に来たベリアルは膝丈の黒いパンツ姿に、派手な柄のシャツを身に付けて前を全部開けていた。
「ああ……研究所のリラックスルームのような施設を外にも用意しようかと思ってね。福利厚生ってやつ?ファーさんにも体感して貰いたくてねぇ、寝てる間に連れてきちゃった」
「全くもってくだらん……なんの必要があってこんな施設を」
全く悪びれた様子もなく言い放つベリアルにルシファーは深いため息を漏らす。いくら徹夜を繰り返していたからといえどもここまで起きなかった自分自身にも呆れてしまった。
ベリアルに抱えられてここまで連れられてきたのなら道もわからないために1人で歩いて帰るのも非効率的だろう。
自分の体を見下ろしてみると、ベリアルと揃いの黒いパンツにパーカーを着せられていてベリアルと変わらないくらい浮かれた姿にされている。
「ウフフ、リフレッシュは大切だぜ?ほら……こんなところで寝てたから喉渇いただろ?これ飲んで」
誰のせいだと思っているんだと口に出して罵るのも面倒だと思ったルシファーは差し出されたドリンクを受け取る。
透明なグラスの中が氷で満たされ、青色の液体が注がれている。
グラスの縁には赤色の花とカットされたフルーツで飾られてストローが2本刺さっている。
「ストロー2本あるから一緒に飲めるよ、ファーさん」
「食べられないもので無駄に飾るな。邪魔だ」
ルシファーは花とストローの片割れを取りさって砂浜へ捨てると、残ったストローに口をつけて中身を吸った。
「ファーさん、料理は見た目からも味わうもんだぜ?」
「味は変わらんのだから余計なことはしなくていい。味は悪くない、他にもあるなら持って来い」
「うん、いっぱいあるから楽しんでよ」
ベリアルに渡される、色とりどりのドリンクを片っ端からルシファーは飲んでいた。ずっと働かせていた脳に甘いドリンクの糖分が染み渡っていくようでここちよかった。
ベリアルがルシファーのために設えたスペースはイスの上に日差しを遮る大きな傘のようなものも用意されていて、連れて来られたばかりのころは気になっていた焼け付くような太陽の熱と眩しさも気にならなくなってきて徹夜の疲れが抜けていなかったルシファーはいつの間にかうとうとと眠っていてしまったようで次に目を覚ましたのは太陽が地平線へ沈んでいく頃だった。
空を映したように真っ青だった大きな水溜まりが太陽のように真っ赤に染まっていていつの間にか隣のイスに腰掛けていたベリアルと共にそれを眺めた。
ベリアルは手を伸ばしてルシファーの顔を上げさせるとちゅっと軽い口付けをしてきた。
「どう?ファーさん、少しはリラックスできた?研究所から離れて羽を伸ばすことを……バカンスって名付けようと思うんだけどどうだい?」
「ふん、くだらん」
ルシファーはベリアルの肩を押して離れると水溜まりに沈んでいく太陽をじっと眺めていたルシファーだったがちらりとベリアルの方へと視線を向けた。
「ところでベリアル」
「フフ……なぁに、ファーさん。ジュースもっと欲しくなった?」
ルシファーはすっと目を細めるとベリアルの高い鼻を摘まんだ。
「今日お前には検体の捕獲を命じていたはずだが、それについてはどうなっている?」
「……ウフフ。………えへへ」
「かわいこぶるな気味の悪い。今からでも出来るだろ、早く行けベリアル」
誤魔化すように笑ってみせる様子を見てルシファーは舌打ちをしながら睨み付ける。
「はいはい、わかってるって。ちゃちゃっと終わらせてくるから夕日を見ながら待っててね」
ベリアルは立ち上がり背中の羽根を広げると、ルシファーに笑いかけながら飛び上がった。
「……おい、そんな浮かれた格好で現場にいくな!」
他の研究員がいる現場ではないが仕事をふざけた服装でやられるのは本意では無い。
ルシファーの声が聞こえているのかいないのかベリアルは空の向こうへと消えていくのだった。