31ひたすらに暗い空、灰のように鈍った色の地面。
魔物以外、生き物の気配が感じられない世界。
どういうことだ? ゾーマは倒した。アレフガルドには光が戻ったんじゃなかったのか? 魔物もいなくなったはずだろう。
ここは、どこだ? オレは、ラダトーム付近にいたはずなのに…。
全く見覚えのない世界に戸惑いながらも、オレはあたりをフラフラと彷徨った。
変な場所だ。一面乾いた灰の地面、赤く煮立ったマグマに守られた要塞、氷と共存する砂漠、山に囲まれた毒沼。これらが集まって構成されている。こんな場所、やはりアレフガルドにはなかった。
突然、背後からピンク色のサソリに襲われる。目にも止まらぬ速さで剣を抜き、オレはそれを叩き切った。キュルルル、と変な声をたて、その魔物は消滅した。
こんな魔物も、見たことがない。
…まさかとは思うが、別の世界に迷い込んだ?
次々に襲いかかってくる魔物を倒しながら、オレは奥へと進んでいく。目まぐるしく変わる景色に混乱しながらも、とにかく進む。
どれだけ進めば元の世界に戻れるだろうか。誰かに話を聞きたい。どこか、人がいる場所はないのか。
立ち並ぶ枯れた木々の中をくぐり抜け、ボロボロになったテントのそばを通る。
ここに、人はいないのだろうか。そんな気持ちが胸の中をじわじわと侵食する。
どれくらい進んだだろうか。枯れた森を通り抜けた頃、突然、そびえ立つ巨大な建造物を見つけた。
幅の広い階段、繊細な彫刻がなされた柱、煌々と燃える篝火。そして、赤く立派な鋼の扉。
城だろうか。もしかしたら、人がいるかもしれない。
そう思い、オレはそこに向かって走り出した。
「しかし、趣味の悪い城だなぁ」
近づいてみて、俺はボソリと呟いた。
思わず呟くほど、その城は不気味な気配に包まれていた。
柱の装飾は、ドラゴンの頭を模したものだ。壁は恐ろしく固く、暗い色をしている。
そしてなにより、中の気配がおかしい。生きている人間のものとは思えない。
だが、魔物とも、ましてや魔王のものとも違う。ここは一体…。
入り口に立ち、キョロキョロと辺りを見渡す。
ふと目に入ったのは、木でできた立て札だった。
城の装飾と、雰囲気が全く違う。なんでこんなミスマッチな。が、逆にそれが興味をそそった。オレは顔を近づけ、その字を読み上げる。
「セカイノ ハンブン」
変な言葉だ。この城が世界の半分というわけでもないだろうに。
疑問に思いつつも、オレは階段を登り、重い扉に手をかけた。
「お邪魔するぜ…」
瞬間、オレの喉元に剣が突きつけられた。ギリギリのところでその剣を払い落とし、横へ逃げる。
そして目に入ったのは、奇妙な出立ちの一人の男だった。
赤いマントを頭から被り、目玉だけがギョロリと覗いている。金に赤い石のはまった、輝く王冠をその上から乗せている。なぜか半裸で、青い手袋と、短いズボンしか付けていない。
右手に剣を握り、左手で盾を構えている。首からは、金色のネックレスをかけていた。
「客人にいきなり剣を向けるのはどうかと思うぜ! まずはこんにちはだろ」
「この世界は、オレさまのモノだあ! オレは王様だぞ、ぶれいものぉおおおおおーーーーッ!」
耳が壊れんばかりの声で叫ぶや否や、彼は再びオレに向かって大きく振りかぶる。剣の間合いから避けた次の瞬間、ドンっと大きな衝撃音がして、剣が床に突き刺さった。床にヒビが入っている。
あんな攻撃を喰らったら、あっという間にミンチになってしまう。
「世界がお前のものなのはわかったから! 一度攻撃を…!」
「ぐひゃはははははははッ!」
醜い笑い声と共に、彼の剣がオレの元へ飛んでくる。
抜剣、間一髪のところで彼の剣を受ける。
会話が通じない。こちらの声など、聞こえていないようだ。
ぎょろぎょろとした目玉に小さな瞳。見ればわかる、正気ではない。
できることなら人間と戦いたくはない。が、明確な敵意を向けられている。話が通じるわけもない。
「…倒すしかないか」
剣に力をこめ、彼の剣を彼ごと吹き飛ばす。
盛大な音を立て、彼は反対側の壁に激突した。
壁が一部崩れ、破片がパラパラと落ちる。
先程の攻撃をものともしない様子で彼は立ち上がり、再びオレに向かって剣を振る。
素早く脇に避け、それを躱す。
威力こそ高いものの、動きは遅く、単純だ。躱すのは容易い。
剣を振り下ろしたその隙を狙い、オレは叫んだ。
「ライデイン!」
バチバチと音が鳴り、次の瞬間、青白い閃光が彼に襲いかかった。
「ギャァァアアッ!」
耳障りな苦悶の叫び。勇者しにか使えない雷系統呪文は、一撃でもかなり痛いはずだ。
…それにも関わらず、なんと彼はもう一度立ち上がり、頭上で剣を構えた。
そして、勢いよく剣を振り回した。バチバチと音を立て、剣の軌跡に閃光が残る。まるで、雷のような。
ひらりと飛び上がり、オレは彼の剣から逃げる。そして、頭上から、思いっきり剣を振り下ろした。
たしかな手応え。グゥウウ…という唸り声が彼の喉から漏れる。
ひらりと着地し、オレは彼を見る。剣は、飛んでこない。
戦闘終了かと安堵したその瞬間だった。
素早く振られた剣が、オレの腹を切り裂いた。
油断していたせいで反応が遅れた。
急所こそ免れたものの、かなり痛手であることに変わりはない。手をかざし、ベホマを唱えた。瞬時に傷が癒える。
一方の彼は、急所である頭に全力を叩き込んだはずなのに、まだ普通に立ち上がっている。
「どんだけタフなんだよ!」
思わずこぼす。その隙に、彼の剣が入り込む。しかし、もう油断はしなかった。
その剣を弾き上げるや否や、彼の懐に入り込み、腹に深く刃を突き刺す。
鎧を装備していない体に刃を通すのは、容易かった。
刃の隙間から血が溢れ出す。ずるりと剣を抜くと、彼の体はドサリと倒れた。
…終わったか。
一つ息を吐き、オレは彼を見下ろした。
…そして、我が目を疑った。
青と金の装飾が施された剣。刃の中心に、金色の線が一本入った珍しい形だ。特徴的な鍔のカタチをしている。
盾は、青色に金の模様。特徴的なその模様は、剣のつばに飾られたものと同じ形をしている。
鳥が翼を広げたような、唯一無二の模様。
それは、オレの持つ盾と剣に瓜二つだった。
そこまで考えてから、オレの頭に彼の攻撃がフラッシュバックする。
…剣を振り回して攻撃した時。彼の刃には、雷のような力が宿っていた。
勇者にしか使えない、雷系統の魔法。
「まさか、お前は、勇者なのか…?」
…クライ。サムい。カラダが、いタい。なんで、どうして、こんなに寒いんだ? オレは…私は、何をしていたのだろう?
彼の体がピクリと動いた。そして、ゆっくりと、薄く、瞼が開く。焦点があっていない目で、ぼんやりと辺りを見ている。
そして、その目が、オレを捉えた。
視線が彷徨う。彼の目が、オレを見、オレの服を見、そして、オレの剣を見た。
次の瞬間、彼の目が血走った。
「そうだ、お前…お前が、初代の、ロトだな? お前がいたから…私は…!」
ギリッという嫌な音。それほどまでに彼は剣を強く握りしめた。
死に体のはずなのに、彼はゆらりと立ち上がり、鬼のような形相でオレを睨みつけた。
「お前がいたから、私はこんなことになった! お前さえ、お前さえいなければ、私がこんな姿になることも! こんなになるまで苦しむこともなかった! 末代まで続く呪いを、かけたのは、お前だな!!」
そう言うや否や、彼はオレに向けて、思いっきり剣を振り上げた。
振り下ろされる剣を受け流し、オレの刃が、彼の首を、はね飛ばした。
ベチャッと音を立て、彼の首が無機質に転がる。
しかしそれも、胴体とともに青い炎に包まれて、ふっと消えた。
静寂が、場を包む。
不意に、腕にわずかな痛みを感じた。見れば、二の腕が薄く切れている。
「ホイミ」
小さな声ですら、この部屋の中ではよく響く。
塞がった傷を眺めて、オレはゆっくりと、城を後にした。
ひたすら暗い空、灰のように鈍った色の地面。
この世界を創り上げたのは、誰だったのだろう。