キスする星昴22カ所 #7【首筋】【首筋:執着】
「ちょっと、待ってください。だめです、ぁ、こら」
指の長細さが一番の魅力である、筋張った手の平が、星史郎の胸をぎゅうぎゅうと遠慮なしに押しやる。それを厚い胸の筋肉でもって、むっちり受け入れてやって首を伸ばした。
伸ばした先で目標とするのは、手と同様に筋をはっきり浮かばせる昴流の首筋。耳の下から鎖骨にかけて、すらりと芯が通っているそこは、少年と呼ぶべき頃なら、女の子と見紛うお淑やかな肌身であった。青年となればかくも艶やか、筋の張った筋肉を清楚に謳って美しい。
どの年代の昴流も大好きであり、いつでも、いまが一番だ。
「昨日のお返しですよ、昴流くん」
「せいしろうさん」
叱られた子犬が出す、情けない甘え声に似た音色。星史郎は助けを求めるようなそれにもなんのそのと、美味しそうに浮いた筋へ唇をつけて。口唇の合間より覗かせた、清雅な白い前歯を薄い首筋の皮膚に当てると、じゅうっと勢いよく吸い込んだ。
「ンッ……ぃ、ぃたい、です、星史郎さん」
「痛いの、お好きでしょう?」
首筋に唇をつけたまま喋られ、くすぐったいのか昴流の抵抗は少しばかり弱くなり、好きに抱き締めることが出来た。胸と胸との間にある、青年の折りたたまれた腕や手の平には構わず密着を強固に、温度を分け合う状況を楽しむ。
「もう……なんでこんな意地悪をなさるんですか。昨日だって、そうですよ」
「あれは僕なりの気遣いであって、意地悪なんてしたつもりはございません。いまだって、単なるお返しですから」
昨日のことと言うのは、女性ものの香水を匂わせて帰った星史郎の、惚けた言動の話しだ。昴流は頬を膨らませて怒る。
「またそうやって、はぐらかすんですか、ら……ふ、ふふ」
赤く痕を残した部分へ舌を伸ばし、執拗に舐めると。彼は堪えきれない笑いを零して身を捩る。くねくね腰を左右に振る、その可愛さに免じて素直になってやろう。
「いつも聞き分けの良いきみが、駄々を捏ねてまで離れられないと思うのは誰なのか。それが僕だと知りたかったんです」
だからわざわざ、きつい香水の匂うまま帰って来たのだ。二人にだけ聞こえる囁きで正直に伝えた。初めからそう言ってくれたらいいのに、と昴流は不満げに返してくれる。
「とかなんとかおっしゃって。嬉しいのはわかってますよ」
特に目尻の赤らみ具合で。と、こちらも真実を伝えた。
「そういうところが意地悪なんです」
「へぇ、そう」
不毛な争い、はたまた、ただのいちゃつきに。どちらからともなく鼻先をツンと合わせ、穏やかな時間を存分に味わう。
今日は互いに、陽が沈むまでには仕事から帰ってくる予定だ。ご飯を早々に食べたのち、美味しいケーキと紅茶をお共に、映画を観る約束がある。ケーキを買ってくるのは昴流の役目。紅茶は星史郎が担当。仕事など好きでも嫌いでもなく、ただこなしているだけの自分にとって、そうした仕事後の予定は、その日一日を彩る格別の喜びだ。
「あっと……そろそろ、すみません。お着替えしたいので」
つれない理由、そっけない態度で距離を取られた。面白くないのは星史郎だ。出かける準備が万端だったから、こうして二人愉しく密着したはずなのに。これ以上、なにを着替えるのか。
その思いは態度にまざまざ現れていたと見え、昴流はほそい頬に空気を含んでぷっくり溜め、目尻をきつく上げる。
「星史郎さんが首に痕をつけてくださったおかげで、お着換えしないと丸見えなんです。これでは仕事に行けません」
「せっかく綺麗なのに、なぜ隠すんです?」
「むしろ星史郎さんは、なんで隠さないんですか」
装飾品めいたものを一切もたない昴流に、丁度良いお返しだと思ったのだけれど。やはり彼は、生粋の恥ずかしがり屋さんであるらしく、いそいそと首元が広くあいた服からハイネックに着替えてしまう。星史郎は喉に、昴流は首筋に、赤い桜の花びら然とした痕をそれぞれ揃いでつけているのが良かったのに。
「もしかしてですけど。僕が首のあいた服を着るのが嫌で、キ……キス、マーク……を、つけた、とか言いませんよね」
すぽんとハイネックの首から頭を出した昴流の、頬が真っ赤で胸の奥が疼いた。やれやれ、とわざとらしく首を振ると。その赤らみは余計に増して耳にまで到達する。
「きみの観察眼やら推察が年々、力を増していて僕は末恐ろしい気持ちになります」
首元の隠れる服が大変お似合いの、大好きな彼氏くんへ。またもや首に、布越しであろうが唇を落としてやる。
「あ、もう、星史郎さんってば」
「そろそろ仕事に参りましょう。一分一秒でも早く、僕が昴流くんの元へ帰ってこられるように」
玄関に向かう傍ら、肩越しにウインクを送る。昴流は真っ赤な状態で溜息ひとつ、困ったようにあとを追って来てくれた。