キスする星昴22カ所 #2【額】【額:祝福】
「ただいま帰りました」
「あぁ……やっと帰ってきてくださったんですね」
調理のために濡れていた手を、揃いで買ったエプロンで拭い、こちらも昴流とお揃いであるデザインのスリッパを、床に威勢よく打ち鳴らして。
いざ溌溂と、健康美を貴ぶ声の元へ、急ぎ駆けていく。
なにせ数日に及ぶ皇の仕事から、やっとのご帰還である。大きな仕事を任され、そつなくこなしてきた立派な若当主、こと愛する恋人を歓迎するのに、生半可な歓迎では男が廃る。
「昴流くん、お帰りなさい」
玄関口で昴流は、連泊の荷物を入れたバッグを引っ提げ、仕事終わりの実に晴れ晴れとした表情で立っていた。腕には馴染みの白コートがかかっている。それと同じく白い紙袋を手にしているのが伺えて、首を捻った。行きの格好には無かった荷物の中身はいったいぜんたいなんだろう。
「これ、星史郎さんにお土産です」
框にバッグとコートを置いて改まった昴流が、ずい、と。上部を三重ほどに折ってテープで留めた、小包にも見える紙袋を目の前に差し出してくる。少し重たそうな雰囲気が感じられるそれを丁重に受け取ると、予想通りのずっしりとした感触。
「開けてみても?」
「どうぞ。星史郎さんのために、選んだんですよ」
と言うより、全部選んだ、と言った方が正しいんですが。
などと付け足した昴流の顔は、照れと恥じらいに加え、どこか自信にみなぎっている。いつも礼儀正しい彼が、玄関先ですぐに中身を見てくれとせがむのだから。すわ高価な民芸品、貴重な物品かと身構えてしまう。テープを慎重に端から剥がし、折りたたまれた袋の口を展開した紙袋の中身は、果たして。
「すみません、竹皮に包まれていて、なにがなんだか……。ん、ちょっと待ってくださいね。甘い匂いがする」
竹皮に包まれて、ずっしり重く。甘い香りは、何種類かの味が混ざっている。それだけヒントがあって、それに紙袋をよく観察すると、和菓子屋の文字が目に入って合点がいく。
「さては、お団子ですね?」
不意の甘味にワクワクした心地で答えをせがむ。昴流は大きく頷いて、さすが星史郎さんです、と正解を祝った。
「ゴマとみたらし、あんこは粒もあったので、両方です」
「そんなに」
これはいますぐにでも、隣室で仕事に没頭する彼の姉も呼んでこねばなるまいと。お団子は柔らかいうちがなんといっても格別の食べごろであるからして、淹れるお茶の銘柄、茶器の合わせを頭のなか展開していく。料理は器によって、味が更に倍となるのは星史郎と、彼の姉、北都は充分知っている。
「それにしても、お団子をお土産にしてくれるなんて」
しみじみ呟いた言葉に昴流は、眉根を下げた。変化は、彼自身が一番に感じているのだろう。
東京で再会してからこちら、昴流は食への欲求がかなり薄い子なのだとみていた。加えて、幼少期の食べ物への無関心ぶりは、北都から聞いている。生活を共にすることになってもそれは健在で、あれば食べる、無ければ食べない。それが昴流だと思っていたのに。
他人のためとは言え、お土産として甘いもの、食べ物を買ってきてくれるようになるとは。なんたる進歩か、喜ばしい。
「とても美味しそうなお土産をありがとうございます。早速ですがお茶にしませんか? 北都ちゃんもお誘いして」
「はい。じゃあ僕、まずは荷解きを、」
「荷物は僕がお預かりします。それより、元気なお顔を、ぜひ北都ちゃんに見せて来てください」
むふうと鼻息高く、自信満々である青年の、なんとも愛らしい表情を独り占めは怒られてしまう。框に置いた荷物を引き寄せ、靴を履きっぱなしの昴流が行けば早いと諭せば。青年は素直で良い子なので、快く午後のティータイムに北都を誘う大役を、どんと請け負ってくれた。
「でもその前に」
独り占めは遠慮したが、なんといっても喜ばしい変化に一番乗りで立ち会えたのは、昴流の側から選んでくれた栄誉。こちらを喜ばそうと一心に、旅先の地で恋人を想い、好きな味をせっせと考えてくれた姿を想像すればするほど、愛しさ込み上げる。
「きみが、遠方の地で僕を思い描いてくれたこと。そして、僕のためにと興味のなかったものへ手を伸ばしてくれたこと」
最高に光栄です。
お団子たっぷりの紙袋を大事に抱え、空いていた片方の手で、青年の額にかかる短い前髪を掻き上げた。
「ありがとうございます」
そして、おめでとう。
額に口付け、進化した青年に祝福をささげた。