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    harumaki_eat

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    #星昴
    starPleiades

    キスする星昴22カ所 #6【喉】【喉:欲求】
     
    一大事とは得てして突然やってくるもの。聖人君子と評されるまで己に厳しく、他人にはおしなべて平等、真っ当に生きている昴流にも、一大事は予告なしにやってきた。
     くさい。毒々しいほどの、女性ものの香水が匂う。
    普段は清楚な物腰に、優しい言葉づかいである昴流が。汚らしい言葉で思うとなればそれだけで、彼に訪れた衝撃がいかほどのものかをご承知いただけるであろう。
    夜の仕事を終え、お疲れのご様子である星史郎を迎えた玄関。常の生活ではまず嗅ぎ慣れない邪な匂いが、昴流の鼻を鋭敏に突いた。ぴくりと動いたのは柳の眉頭、すらり一直線の鼻先。
    「ただいま、昴流くん」
    「……おかえりなさい、星史郎さん」
     む、と端正な昴流の唇が曲がるのを星史郎は、自分の帰り時間が遅いことへのお叱りと受け取ったようで。しなくともよい弁明をすらすらと披露していく。が、それではもちろん、急降下する昴流の機嫌の速度は変わらず。下落の一途をたどる。
    「なにか、あったのでしょうか」
    「いえ、とくには。星史郎さんの方はいかがです?」
    「僕? ですか……いえ、僕も、なにもありませんよ?」
    「そうですか」
    確実な証拠、もとい匂いが漂っていて惚けられる。いつもの星史郎だったら、電車で隣り合った女性の香水がきつくて、などと言ってくれたはず。それが無いのをみるに、浮気の影が、おぼろげながら表れてしまった。
    胸の内がどうしようもなく寂しい。なにせ、一緒に居たいと切に望む彼が心変わりしたとして、自分には星史郎を引き留められるだけの魅力や財産といったものなどからっきし。
     昴流の脳内にありありと、グラマラスな美女の腰を抱き、颯爽と夜の街を歩く星史郎の姿が想像される。彼に本来似合いなのは貧相な体つきをした男より、彼の仕事を嬉々として受け入れ支援してくれるような、そんな人間なのではないか。彼の家業を納得はすれど、己の正義感に燃えて本心から応援できない自分には、とうとう嫌気がさしたとでも言われたら。
    「僕は、それでも……星史郎さんが、好き、なんです」
    「昴流くん? どうしました?」
     自分にだけ聞かせる声に、星史郎は首を傾げた。玄関で棒立ち状態のせいで、あちらも靴を履いたまま突っ立っている。大人になっても健在の身長差は、それですっかり平行に。昴流はこれまで星史郎がくれた素直な愛を思い出し、自分もそうあろうとがむしゃらな前進を決意した。つまりは、スーツをぴっしり着込んだ彼の喉に近づいて。
    「星史郎さんっ」
    「昴流くん、いったいなに、を……ッつ」
     昴流の糸切り歯は、とびぬけて尖ることはなくも、毎日の歯磨きで充分に研磨されており。星史郎は首の柔らかい皮膚に走ったぴりりと鋭いそれに、優雅な眉の曲線を歪めた。次いで、くふふと喉奥で吐息を弾ませるのを、唇と歯とで太い首に齧り付いていた昴流が気づく。
    「なにを、笑っていらっしゃるんですか」
    「いえ、なに。ずいぶん熱烈なお迎えを頂けたものですから」
     浮気相手への挑戦状とばかり噛みつき、ふわんと柔らかな赤さを残した首筋より退去する。星史郎はその場所を見ずとも痛覚で認知し、指の腹で数度、ちいさく撫でて見せた。
    「今日の仕事相手、なんですがね……」
     星史郎はその状態で、うっそりと昴流を見遣った。サングラスは胸ポケットにあったが、それをかけていると仮定して、グラスの上縁から視線を注ぐよう顎を引いてじっくりと。昴流はその視線に思わず背筋を震わせる。桜塚護の気配を察したのだ。
    「お仕事が終わって、まだ片付けが済んでいないところに他人が通りがかってしまいまして。僕の顔が分からないよう、彼女……今回の相手ですが、それで少し身を隠したんです」
     社交ダンスを想わす手つきで星史郎は、人ひとりぶんの空洞を持った腕の輪を作り、ずい…と持ち上げる。昴流の瞳にはいないはずの、ぐったりと力を失った人間の重たさが見え。おどろおどろしい光景にはつい、視線を逸らしてしまった。
    「それで移った匂いを消したくて、お気に入りを振ったんですが残念、混ざってこんなことに」
     女の匂いが移り匂うのをわかっていて、素知らぬ顔で帰ってきました。なにより昴流くんに嫉妬してみせてほしくて。と、昴流にはそう聴こえた。けれど星史郎のことだから、もしかしたら、桜塚護の仕事に一過言ある自分を考えて惚けてくれていたのではとも過信してしまう。無理に暴いたのはこちらだ。
     意地悪なのだか、優しい人なのだか。表裏一体が絶妙に混じる男は昴流のつけた赤らみをまたもや撫で、今日の報酬は格別だ、と仕事による疲れを一瞬のうちに散らした。
     そして翌日、昼の仕事に出かけるのに星史郎は、首元の空いた服で喉首に残った赤さを見せびらかし。昴流は慌ててその着こなしを叱るのだが、それはまた別のお話しである。
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