キスする星昴22カ所 #5【頬】【頬:親愛/厚意/満足感】
熱い温度で身体の輪郭がはっきりしていくのに、鼻の奥から満足感たっぷりの深い息が漏れだした。それはいま昴流の足の先にタオルを当てている、星史郎の形の良い耳へ届いたようで。
「気持ち良いですか?」
その声のほうが心地よい。いくら頑張って鍛えても、細さ変わらずの身で感じ取るには些か、濃厚すぎる快感に晒されて。疲弊しきっている心身に、撫でる声音はよく染みた。
「ほかに、拭って欲しいところは?」
ないですよ。ありがとうございます。
言おうとするのに声は随分とおくのほうにあった。かさついた喉がひっついて、どうも上手いこと機能しない。星史郎のとろんと眠たさが透ける美しい音色に、自分も同じ声でこそ応答したいのに悔しい。
「きみの声を枯らしてしまった原因は、僕にありますから」
眉をひそめて残念がっているだけで、星史郎は昴流の言いたいことを瞬時に理解してしまう。流石と言えばそれまで。本当に凄いことをされているのだと、本人に直接伝えてみたい。けれども言葉は空気を微かに震わせて終わる。
「あまり、ご無理なさらないで。僕の……いわば桜塚護のせいで明日の仕事に差し支えたら、皇として大変ですからねぇ」
節の目立つ手が、昴流の喉を指の背でひと撫で。労わりを確かに感じる手つきにうっとり浸り、陶酔のために瞼を閉じた。声がだしにくいと確かに、場を祓う祝詞に不備を被る可能性が現れるだろう。どうせ星史郎ならこちらの想いを正しく読み取ってくれるだろうとの信頼は厚く、安心して力を抜いた。
「明日もお仕事なのに、ご無理をさせてしまいました」
重くなり始めた瞼をうすく開けた先、星史郎はゆっくりとした瞬きを繰り返し昴流に送り、まことの愛を伝える。目を見れば心は明らか。なんだ、星史郎だけの特技だと思っていたのに、自分にだってできてしまうんだと自信がつく。
ご無理、といえば。声はものの見事に嗄れ、四肢は己の身体を拭うのも一苦労の有様、意識は霞がかかってぼんやりしている。けれど心は芯まで満たされる行為。徹頭徹尾の優しさに、ご無理と呼ばれるものを強いられた覚えは更々ない。
来て。
唇をなんとか動かし、意志を強く込めて見つめる視線に、星史郎は理解を深めて首を傾げる。なんでしょう。なんて声を発しながら顔を近寄らせて。
「ぼく……好き、ですよ、」
なにもかも、貴方と一緒の時間すべて。
その気持ちは同じでしょう、と実際言葉にして訊くのはなんだか憚られたので、唇をつけるだけの幼い口づけを、豊かな張りだしを持った白っぽい頬に落として尋ねてみた。
「もう……昴流くんはいつもそうやって、僕のことをすぐ持ち上げるんですから。あまり調子に乗せないでください」
「だって、ほんとう、の、こと、ですから」
「本当に? 僕を悦ばせるのに言っているのではなく?」
自意識過剰な発言だ。数瞬おいて、二人で吹き出してしまう。そうあってもらえるくらい星史郎には、昴流から好かれている自信があるのなら嬉しい。お互い相手が喜ぶことを言い合い、想い合える関係なら、それはまさしく幸せなこと。
「タオル、片付けてきますね。戻ったら僕のことを、ぎゅっと抱いて寝てくださいますか」
「はい、もちろん」
貴方を満足させるためならなんだって。こちらが埋めてもらえたように、彼の心も埋めてあげたいと真心が働く。それで、もう一度だけ星史郎の柔らかな頬に、今度は男の要望もあって口づけを送ると。足取り軽く洗面所に向かう彼である。
ご機嫌さんな男を待つあいだ、身体をもぞもぞ動かして。肩幅も上背もある星史郎が帰ってこられる場所を作っておく。狭い場所が好きで、且つ甘えん坊の気も充分にあるので、結局のところ広かろうが狭かろうが、引っ付いてくるのは目に見えているが。
「ただいま帰りました」
目にかかった髪を掻きあげる、悠然とした態度でベッドの端に乗り上げる彼は。昴流の作りだした隙間へ、いそいそと可愛らしい仕草で身体を収めにやってくる。こんなに男前なのに、甘えるのも上手であるとは、なんともやっかいな人だ。
「僕みたいな男を愛してくれるのは、きみくらいなものです」
「そうですね」
なだらかな眉と唇が同じ曲線を描き、昴流の自意識過剰を嬉しいと言い切った。声で応えるのには恥ずかしい言葉へ、すぐ傍の頬にまたもの口づけを落としてやって黙るのは、自身の喉を労わりたいからとの言い訳がつく状況で助かった。
「おやすみなさい、良い夢を」
「せいしろうさんも、いい夢、みられますように」
翌朝には恐らくと忘れている夢でだって、幸せであるように。いまが一番幸せと認めておきながら、なおそれ以上を願う、欲深い二人だった。