「寒いですね」
筋肉の引き締まった大きな腕が、僕をギュウと抱きしめる。僕はその懐にあっさりと納まって、彼の煙草の香りがするシャツに顔を押し付けて、くぐもった声を出した。
「君、僕と住まないか」
「エ」
彼が驚くような提案をしてきたから、僕は顔を見上げようとしたが、さらに抱きしめる力は強くなった。きっと、顔を見られたくないのだろう。
「下宿先には上手く言ってお膳を立てるから、君は気にせず、僕の家へ来てくれないか」
「この本たちはどうしましょう」
彼は薄く溜め息をついた。
「僕も考えていたよ。この書物は君のいのちだからね。倉庫でも借りるか、選んで下宿に持ち込むか、きっと何か方法を考えるよ」
「僕は離れたくありません」
僕がキッパリと言い放つと、瞬間、彼の身体は少し震えた。開け放しの座敷の寒さと、僕の言葉の重みを同時に表していた。彼の声は普段より険しくなった。
「君は僕より本を選ぶのかい」
「そんな、イジワルしないで下さい。ただ僕は、ここから離れて、君と生きることは高望みではないかと思うのです」
「心配などするな」
「怖いのです。本に依存することで、君に明言を避けています。僕は狡い男です」
僕は彼の身体からソッと離れて、半纏を掻き集めて縮こまった。彼の顔が見れなかった。きっと失望しているだろう。
「僕は諦めないよ、明智君。君を愛しているんだ。君はこんな所で埋もれるような人じゃない。僕が世話してやる。もっと金を稼いで、生活が成り立ったら、真っ先に君を迎えに来る。それならいいかい」
彼の優しさが切なくて、下を向いて頷いた。僕を放ってくれた方が、彼は幸せになれるのに。僕はその優しさに付け込んでいる。狡さが露見している。自分は、恥ずべき男だ。
「明智君、また抱き合おう」
彼が手を伸ばしたので、僕は一目散に彼に飛びついた。彼が好きだった。刹那的な恋だった。彼も同じように感じて、同じようにここから動けなかった。
僕は、二人の身体が凍えて氷になり固まるところを想像した。それはとても、魅惑的だった。